39.二人が見せたかったもの

文字数 1,463文字

凪砂さんからの手紙を読んで、私は、思わず叫んでしまいました。「えー! よりによって、あの二人が一緒になるとは!!」兎に角二人の様子を見たいと思って、早速、連絡を取って、次の週末に彼らのアパートを訪れました。そこで、もう一つ驚いたことは、なんと、二人には、すでに子供が居たのです。「すぐに出来てしまったので」と言う事でした。

黒迷君は、初めて凪砂さんと一緒に車に乗った時の事が忘れられないようで、私が着くとすぐにその事を話し始めました。
「いや~、医者になりそこないの、傲慢なお嬢様に誘惑された時はびっくりだったよ。車の中でさぁ、スカートの裾を~、おっと。とどのつまりは、一応、女には間違いないと言う事で、ついついドライバーを出しちゃったのが、間違いの始まりで......」
「ちょっとお! それ、随分な言い方ね!! 薄汚い恰好をして、彼女の一人も出来ないでいたくせに。その使い物になっていなかった、ドライバーだか何だか知らないけど、棒切れを暖かく受け入れてあげたのはどこの誰なの?!!!」
それ以上話が進んで、私の過去の話が出るのもまずいと思い、私は二人の事を少したしなめました。
「あの~、二人とも、のろけるのは、私が帰ってからにしてよね!」

私の言い方に、凪砂さんは少し驚いたようでした。
「あれっ? 先生は決して私たちにそういう言い方をしない人だったと思っていたけど」
「そうかしら? やっぱり、自分の子供が出来たら、そうは言ってられなくなってしまったのかも知れないわ。正直言って、自分の子供に比べたら、あなた達なんかは昼寝をしているコアラのようなものだったわよ」
「え~! それって、俺たちを褒めているつもり? じゃ、あの頃、もうちょっと暴れておいた方が良かったかな」
「先生、子育て、そんなに大変なの? 私の母は、簡単だと言っていたけど......。ねぇ、先生、先生の子供の話をして? 荒史、私たちにも参考になるよね!」
「あぁ、でも、俺は、先生の子供の事は心配してないよ。それに、もし、この先生に難しいんだったら、誰にでも難しいに決まってるさ。俺たちだって、覚悟しないと」

その時、凪砂さんが思いがけないことを言いました。
「そうだ! 肝心な事を忘れていました。この子の名前、『入絵』にしたんです!」
私は何も言えずに、「なんでまた」と思いました。
「構いませんよね? 先生のような自然な女性になって欲しいと願って」
「ちょっと、恥ずかしいわね。でも、あなた達の子供だから、頑張り屋で、優秀な人になるわね!」
これには、黒迷君が少し抵抗しました。
「それか~、もしかしたら、傲慢で、頭が悪い女かな?」

彼らのアパートを出てからも、耳の良い私には、開いている窓から漏れる二人の会話が聞こえていました。
「荒史、ほんとは先生をお嫁さんに貰って、先生の名前を『黒迷入絵』にしたかったんでしょ!」
「先生をお嫁さんにしたかったのは、本当だけど、名前の事なんか考えもしなかったよ。俺がそんなとこまで頭が回らないのは分かってるだろう? それに、もう先生の事でやきもち焼くなよ。手の届かない憧れの人じゃなくて~、暖かく受け入れてくれる元お嬢様がいいよ」

さて、この二人はどんな子供をそだてるのだろう? 私には皆目見当が付きませんでした。私には母親が居なかったし、黒迷君は母親が早くに亡くなってしまった。凪砂さんは、母親が居たにも関わらず、母子の関係は良くない。どっちにしても、母親の居るなしや、母親の考え方や行動が、後々まで子供に影響を及ぼすことは間違いないと思いました。
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