9.高校卒業後の進路

文字数 1,386文字

高校三年になって、進路指導の時期が来ました。私を担当したのは、あの理科の先生でした。当然の事ですが、私のお漏らし事件の後は、二人とも何事もなかったかのように振る舞っていました。でも、私は、先生がまだ私の体に少しは興味があるのでは、と期待して、何気なく、手を胸の辺りに当てたりしてみました。先生は、「えへん」と、咳ばらいをして、見ないふりをしながら言いました。
「青澄、君は、自然に対する興味と感性が凄く高いな。それは、これから君が何をするにしても大事な『土台』になるはずだ。問題は、その土台の上に、どんな建物を建てるかだ。もう三年生だから、そろそろ、高校卒業後の進路を考える時期だ。よく考えてご覧」

正直言って、大人になるのは、恐ろしくて、あまり考えないようにしていたのです。その頃までには、体ばかり発育して、頭の方はそれに追いついていませんでした。それでも、先生の言葉は、私の頭の中で徐々に渦巻いてきました。まず、父親の後を追って、漁師になるなぞという気は毛頭ありませんでした。卒業生の多くが携わる農業も嫌だし、下田で観光業につくつもりもありませんでした。そして、当然、私は自然が大好きでしたが、海に潜ったり、動物の絵を描いていても、仕事になるとは思いませんでした。では、何をするかと言えば、いい考えがある訳ではなかったのです。父親も婆ちゃんも、私の将来については一言も触れていませんでした。

さて、私が、自然に関連した仕事として、唯一思いついたものは、理科の教師です。他の職業を見聞きする機会も少なく、それ以外には何も思いつかなかったのです。まず、父親と婆ちゃんに、その事を相談しました。残念ながら、教師になるための大学に行くだけの資金はありません。今度は、理科の先生に相談しました。

「青澄、それはいい考えかもしれない。君には向いているかもしれない。さて~......、ん~......、君の生物と地学の成績は良いが、物理と化学は、いまいちだな。そして、受験に最も重要な英数国はちょっと、厳しいものがあるなぁ。ところで~、なんだ、美術の成績が一番いいじゃないか」
と言って私の方を向きました。その時、私は、先生が間違いなく私の描いた立小便の絵の事を思い出しているに違いないと思いました。そこで、何気なくスカートの裾をチラチラさせてみました。先生は急に目を反らして、神妙な顔つきで話を続けました。
「ところで、理科の教師になるには大学の教職課程を終えないとならない。入学試験に必要な全科目でそれなりの点数を取らなければならない。それに、ここから通える大学はないから、学費の他に生活費もかかる。まぁ、先生の知っている限りでは、この分校の卒業生で教師になった例はないかな。がっかりさせる様な事を言って悪いが、よっぽどしっかりと準備をしないとな。家族の意向はどうなんだ?」

これを聞いて、私は相当に気を落として家に帰ってきました。ところが、思いがけず、婆ちゃんから、嬉しい話を聞きました。東京に居る婆ちゃんのいとこが、無償で下宿させてくれると言うのです。それ以上の事が自分で出来るのなら、行って自分のしたいことをしてみなさいと言われたのです。このまま地元に残っていても、ロクな事はない。それで、憧れの東京に行こう、と決心しました。そして、私の王子様が待っているのでは、と期待したのでした。
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