第61話

文字数 514文字

 母は素っ頓狂(すっとんきょう)な声の余った輪っかを僕の居るところまで響かせた。

「もしかしてだけど、ヒーローってこと?」

「そう、よくない?」

(いいわけない!)

 母の代わりにいち早く僕が胎内で叫んでいた。

 束の間の浮世の名前とはいえ、もしも本人の希望を聞いてくれるなら(誰が聞くかは別として)、僕からいくつか提案したい。

 これまで僕が人間の雄として生まれてきて、持ったことがない名前、或いはこれまでで比較的幸福だった名前がいいと思うのだ。

 八万六千七百三十二回の人間の命のうち(この数え方は手を地面に着けず生活するようになってから(所謂(いわゆる)二足歩行)でそれ以前の猿と人との区別が難しい時期は含めていない)、

 僕が性別、雄として生きたのはそのうちの四万二千三百五十五回だ。

 そのうち名前らしいものがあったのは一万九千二百三回で、此度(こたび)のように姓と名が分かれていたのは非常に稀で二百一回しかない。

 さらに国籍という狭義の概念で縛った名前となれば三十二回、母と父の生まれた国に限定すればたった十五回に過ぎない。

 この十五回の命で僕が持った名前を省くのは何ら難しいことではない。

 しかしそれは僕しか履歴を知り得ないので、除外リストは僕の中で用意する。
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