第84話

文字数 433文字

 母子の生死の(みぎわ)の事情にも通じている医師は、彼女の強い要望を受け入れざるを得なかった。

 母から血液を採取し後日結果を伝えると言い渡し浮かない表情の母を去らせた。

 結果は母にとって衝撃的だった。

「数値がすべてを決めるものではありません。しかしその可能性を否定できる、というものでもありませんでした」

 母の唇は震えていた。

「仰っている意味がわかりません」

 医師のその後の説明はとても丁寧だったが、母にはまるで聞こえていないようだった。

 母の狭い胎内で二人の会話を聞いていた僕にもそれが誰のことについて云っているのだかよくわからなかった。

 母はその日の帰り道のことも、実家で食べた魚の苦い味も、祖母から話しかけられた内容もまったく覚えていなかった。

 察した祖母が床を用意してくれて無理にも母を横にさせたが、母は何も語らなかった。

 その日からまた母は床の上の人となった。

 あの時と同じように天井を無為に見上げる日々に母は僕に何度も、

「ごめんね、(ゆう)ちゃん」と呟いては涙ぐんだ。
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