第82話

文字数 332文字


 父がいなくても母も僕も誕生への道を日一日と確実に辿って行った。

 僕はもうすっかり人間の胎児であり時日を数えることもできていた。

 いまは朝、いまは昼、いまあれから何日目、そんな窮屈な過ごし方が僕にも根付きはじめていた。

 宿っている母の胎内が狭くなってきたこともそうした習性の獲得を急がせていたのかもしれない。

 僕の関心は父より祖母より祖父より、そして母ですら自分の生きることより優先されるものではなくなってきた。

 なぜなら僕には産まれることがすべてだったから。

 母に届ける意思は念じるより蹴りが早かったし、届けようと思わなくても僕の手脚は勝手に動いた。

 それに反応してくれる母の喜びが、僕の手脚を盛んにした。

 その度に母は、「もうすぐ逢えるね」と僕に囁いてくれた。
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