第29話

文字数 505文字

 母の眠りが深いところへ着いた。

 受胎した僕に安らかな成長要素が緩々(ゆるゆる)と注がれてくる。

 母の安心が僕を健やかにする。

 母は明日の朝、二人分の朝食を用意してそしてまた父のお弁当を作って、父を見送った後、

 大急ぎで朝食のパンをかじり牛乳で流し込み、

 それから自転車を蹴って勤め先のパン屋さんに向かう。

 彼女の仕事は焼き上がったパンを店頭に並べることと、代金の徴収である。

 以前は大きなパン工場で働いていたけど、結婚して一旦退職した。

 父はそのパン工場で主任を務めていた。

 二人は職場で出逢い、職場結婚したが、訳あって二人ともこの仕事から離れた。

 父はいま大学で職員をしている。

 こうした二人の経緯も定めも胎児であるから僕は全部眺めることができる。

 それを知られる母も父も知れば嫌だろうけど、

 彼らだって胎児の頃は自分の母と父の経緯を見ていたはずなのだ。

 この前知(ぜんち)が何をや僕らの漂流にもたらしているのかはわからないけれど、

 自分の来歴や両親を知って出ていくことが、おそらく両親に似た自分を作っているんじゃないかと僕は考えている。

 だから僕はもっと母と父のことを知っておきたい。

 彼らに似た自分であって欲しいと思うから。
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