第78話

文字数 550文字

 しかし今度ばかりは途切れかかった母と僕の時空を繋ぎ留めたのだから、こと僕に至っては革新、そう呼ばなかったとしても望外の奇事(きじ)だと思いたい。

 人間の医術は望み少ない母の肉体に人工的に血を通わせ、あまつさえまだ生まれもしない僕の肉体をも蘇生させた。

 これも本来は自然の摂理に(もと)る不貞行為なのだろうが、人間の肉体に戻ろうとする直前の僕は、諦めかけていた命を前に、この者たちに感謝してしまうのだった。

 生かされた命を母はどう()ったか。

 生きていく境遇は何も変わっていない。

 だったら母はまた再び命を粗末にするだろうか。

 僕を流そうとするだろうか。

 そのことを僕は気にかけていた。

 実は僕には経験から見えていたから、母が“そう”変わることを予期していた。

 母が背負っていた絶望は、原因は父や叔母がもたらしたものであるが産み出したのは母自身である。

 だから母が自分で消すことだってできるのであるが、それをあの時の母に求めるのは酷というものだろう。

 母をはじめここの生き物はそこまでに達していない。

 だからあのまま母が命を絶っていたら絶望は母の輪廻にしぶとくこびり付き、彼女の流転は行先を変えたかもしれない。

 また母の中断の影響を余儀なくされた僕だって竹内産婦人科で化石となっていた声の仲間入りをしたかもしれない。
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