第46話

文字数 470文字

 母は産婦人科から駅に向かう道すがら、朗らかでありながら何か素敵な伝言を送ろうとしていた。

 勿論相手は夫へである。

 幸福に満たされる伝言を彼女は夫に届けたいと思った。

 待ちわびている夫を喜ばせたかった。

 父はきっと仕事の合間にも何度も母からの連絡が来ていないか確認していることだろう。

 母がこの時間に産婦人科に行っていることを知っているので、吉報をいまかいまかと待ちわびていることだろう。

 そこへ母の素敵な伝言が飛び込む。

 喜び勇んだ父は腕を振り上げるだろうか、柏手を打って神に感謝するだろうか、

 悦びの余り隣人と抱擁するだろうか、

 そんなことを想像して母も(あふ)れる幸福に満たされている。

 こんな母を間近に見て僕も気分は小躍りしている。

 一文字の記号で送れば「○」でもいい。

 文字にしたとしても「できていました」で済む。

 それを彼女は胸躍らせながらどう飾るか考えていた。

 父を喜ばすひときわ工夫の効いた伝言とはどんなものだろうかと。

 それを考えられる自分たちのいまのありがたい境遇を診療の時間を飛び越えた過去をも巻き戻して胸弾ませるのだった。
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