第88話
文字数 504文字
家族と何気ないおしゃべりにも興じるようになった。
お腹をさすったり
たまに外に出ては
「みてごらん、
と頬を緩ませた。
見えもしない僕が母の感情を読み取って、
「わぁ、まっか」
と既知の思念で返すと、母は、
「そうでしょう、あれがこの街の夕焼けよ」
と教えてくれる。
母と僕はこの時心で確かに会話できていた。
僕が、
「明日も見られるといいね」
と云うと、母は、
「どんなことがあったって、あなたと一緒に生きるわよ、あの大きくて赤い夕陽のように」
と上を向いて呟いた。
その時母に流れていたせせらぎが明らかに力を増し、大きな命の川になっていくことを僕は感じた。
僕たちに生きる希望を注ぎ込んでくる。
それは夕陽のせいなのか、母なのか、定めなのか、
いずれでもありそうでいずれにも傾斜しない。
大事なことは、どこからか義務に変わってしまっていた僕の誕生はその時から義務でなくなり、母と僕の元あった楽しみに戻りつつあることだ。