第53話

文字数 791文字

 二人の会話は、父が質問する。母が答える。それが収まりの良い定型になっていた。

「体調どう?」

「うん、いつもどおりよ」

「食べたいものある?」

「えっとね、焼肉と焼き鳥とカツ丼としゃぶしゃぶと大トロとチョコパフェとケンタッキーと、あとはね・・・」

 そう言って母は舌を出して照れ笑いしたが、5つめまでは本気だったこと、僕は知っている。

「きっと男の子だろうね?」

「どうかしら?」

 父は自分の想像の中に可愛い男の子を勝手に(こしら)えて僕の手を取る。

「安産祈願はどこがいい?」

「気が早いわね。まだ二ヶ月よ」

「だからさ。しっかり育ってもらいたいだろ?」

 二人の眼が僕に注がれている。

「宇都宮の上香宮神社がいいんだって」母が答える。

「じゃ、土曜日に、さっそく」父が提案する。

「決めるの早すぎ」

「行けるとこ、どこだって行くさ」

「いっぱい神様掛け持ちしちゃダメだよ。浮気者だって思われるじゃない」

「この子のことしか考えてないのに、浮気者だって思うかな神様?」

 こうした会話に僕の未来があちこち出てくるのを、僕は楽しく拝聴させていただいている。

 時間とともに未来像に肉付けがされ実体と期待が隣り合わせになっていくことを僕ら三人は、本当の未来と仮にずれていたとしてもいまは全部許せる気がする。

「両方考えておかない?」

 父が躊躇(ためら)いながら聞く。

「名前のこと?」

 母は(はや)る父を理解はしている。

「うん」

 だけれど母は乗り気でない。

「どっちかは使わなくなるんだよ」

「わかってる。だけどさ、、」

「もうちょっと待ちましょうよ。頭の中で考えておけばいいじゃない。いまはまだ、ね?」

 母は要らなくなる名前を気にしていたのだ。

 きっとあの産婦人科で僕が聞いた声を母も何かしら感じていたのかもしれない。

 だから捨てなければならない子供の名前なんてのを作りたくなかったのだと思う。

 僕だって可愛いらしい女の子の名前はつけて欲しくなかった。

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