第20話

文字数 676文字

 世の中がとかく物々しい時代ではあった。

 生き物が他の生命を殺戮(さつりく)する道具を持つとどの世界でも必ず起きる惨劇を、

 僕はその時代に嫌と云うほど見てきた。

 若き日に握っていた白刃はやがて火器に変わり、火器は蒸気に変わり、蒸気は軍艦に変わり大砲に変わり、一瞬のうちに多くの命を奪った。

 前世に生まれ出た時は、祖父も祖母も父も母も兄も姉も叔父も叔母もタロウもタマも、

 近所の朋輩も下僕も剣術の師も、皆朗らかに暮らしていた。

 それが先の道具によって急変する。

 これまでも新しい道具によって時代の変遷を見ることは何度もあったが、

 この時の激し方と慌ただしさはそれまでとは程度が異なっていた。

 多くの仲間がそれも同族が互いに争いに巻き込まれ、

 新しい時代が来るのを見ずにほとんどが散って行った。

 僕は幸か不幸か時代の転換期を(また)いで、征夷大将軍の治世が終わるのを見届け、

 天子様に大政奉還がなされ、しかし期待した尊王の徳世から程遠く、

 殿様から頂戴していた俸禄を召し上げられ、

 そうでなくても窮していた封建末期の士族は食うに食われず各地で蜂起を繰り返し、

 仕舞いにはこの(くに)の西南の地で新旧の軍人が激しく打つかり合い、

 もののふの時代は終焉(しゅうえん)を遂げた。

 僕はその終焉を遂げる者の一人だった。

 南洲翁が娑婆を去ったことを知ると、

 このもののふの象徴に祭り上げられていた彼を追うように僕も自らの命を絶った。

 時日としては二十七年と百五十八日。

 先のミヤマクワガタ雄の約二十九倍、風の命のおよそ四分の一、

 の時間を生きたことになる。

 長いか短いかは判別できない。

 する必要もない。
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