第4章 第2話
文字数 2,697文字
父ちゃんのクラブ。
10年前、アタシにゴルフを誘われて渋々揃えた、キャロウェーのクラブセット。
アタシに似て大柄で、日本モデルだとどうにも合わないと、良太さんの知り合いのゴルフ屋で揃えた、アメリカ仕様のゴルフセット。
揃えてから2週間後、ゴルフ練習場の帰りに交通事故に巻き込まれ、父ちゃんは天国に行った。けどコイツは傷一つ付かず残された。
当然のようにアタシが使うことになったが、当時はシャフトが硬すぎて使えなかった。高一の時も、ちょっとムリだった。でもこの四月、大多慶に入って試しに振ってみると、ビックリするぐらいピッタリだった。
10年前のモデルだから、古い。今ならもっと高性能でもっと簡単なクラブが山ほどある。
でも。コイツは父ちゃんの最期を看取ったんだ。父ちゃんが最後に触れたものだったんだ。そう思うと、コイツを手放そうとか乗り換えようとか、一瞬も考えた事はない。大事に使えば、あと10年は使えるってじーちゃんも言ってたし。
それが…
まさか…
交通事故に、会うなんて…
延岡まゆが、ウザい。
化粧が全部取れてるくらい泣きじゃくっている。
「いいよ…アンタのせいじゃない。てか、アンタじゃなくて、良かったよ」
そう言うと、声を張り上げて号泣しちまった。
節子ママも鼻をすすらせてる。
良太さんが走って来て、
「どうした、大丈夫か、怪我はない… ゲッ」
と言って、立ち尽くしてしまった。良太さんが父ちゃんのために選んだクラブの死に様に、吐きそうな顔をして突っ立っている…
それからの事は、あんまし覚えてない。
後で聞くと、必死で延岡まゆをなぐさめた後、寮に戻って次の朝まで部屋から出なかったって。次の日、朝起きて腹減ったから食堂行くと、皆が寄ってきてメチャクチャなぐさめてくれた。
へーき、へーき。と言いながらいつもみたいにお代わりしないで朝食を終え、部屋に戻ってスマホ見ると、ゆーだいさんからアホほどメッセージが来ていた。
一つ一つ読んで、その中に、
『新しいクラブが必要だよね。俺が買ってあげるから今週の夜空いている日を教えて欲しい』
ってあるのを読んで、それから涙が止まらなくなった。
多分、昼まで泣いてたんだろう。泣き疲れて一眠りして、時計見ると十二時過ぎてた。
食堂にフラフラ行くと、またしても皆になぐさめられる。
「支配人が、ここのレンタルクラブ、好きなの使えってさ」
「でも、まゆゆんが絶対弁償するって言ってたし。なんでも契約してるメーカーとー」
「佐藤さんが、使ってないゼクシオやるって言ってたよ」
「佐藤さんて、ああ、昨日観てた地主の…」
「それにトイショーもスポンサーに聞いてあげるって。確かダンロップだよな…」
皆の優しさに、また泣けてくる。もう、こんなアタシにみんなが… くそー、大声で思いっきし泣いてやる!
うわ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~―――――――――ん
すると健人、翔太、みうがギュッといつまでもいつまでも抱きしめてくれた。
メチャ、あったかかった。
次の日の朝。
ご飯3杯おかわりする。そんで仕事に取り掛かる。
昼飯も3杯おかわりをする。
午後から練習グリーンで、ゴルフ場のレンタルパターで転がす、転がす、無心に転がす。
夕飯後。
ゆーだいさんに、連絡する。
『もー大丈夫です。クラブはレンタル出来そーです』
即既読。電話がかかってくる。
「心配したよ、本当に大丈夫?」
優しい声にまた涙が込み上げてくる。ダメだなアタシ。
「レンタルクラブなんてダメでしょ。君はプロになるんだから。ちゃんとフィッティングしないと。市木さんに聞いたんだけど、市木さんの知り合いのゴルフショップでフィッティングから全部やってくれるって。今、11月だろ? あと4ヶ月しかないじゃない。早目に合わせておかないと、4月からの苦労が水の泡になるぞ。」
… なんか吹いてしまった。
「え? なに? 俺、何か変なこと言ってる?」
「ううん。違うの。」
「へ? どうした?」
「だって。みんなミョーにチョー優しいから」
「それは… それだけみなみちゃんが、周りに愛されてるからじゃない?」
ドキッとしてしまう。そして、
「え? それって、ゆーだいさんも?」
うわ… 彼女いる人になんて事お…
でも…
ウソは、つけないよ…
案の定、あれだけ一気にいっぱい喋ってたゆーだいさんは無言となる。
心の中で十数えてから、
「なーんて。うっそー」
と大笑いしてみる。頬に涙が零れ落ちる。
「ビックリした… あんまりこんなオッサンいじめないでくれよ…」
「えー、ゆーだいさんオッサンなの? 何それマジウケる」
今日から。悲しいのに笑うことの出来る女になりました。
「そんな事より。どお、明日の夜とか。お店は千葉市にあるんだって。車で迎えに行くから、寮の夕飯キャンセル出来る?」
この人、結構いつもこーだ。あっという間に予定をパパって決めちゃう。ホントにパパって呼んじゃうぞ。
「でも。メチャ金かかりますよ…」
「知ってる。だって俺夏にフルセット揃えたから」
「あー、実はドライバー、ちょっといいなーって思ってたんですよお。425。いーなあーってえー」
と延岡スキルを使ってみる。馬鹿じゃねアタシ。しかしー
「でしょ、でしょ? てかさ、こないだ出たじゃん、ニューモデルの430が。そっちにしなよ、飛距離15ヤードアップじゃね?」
マジでゴクリと唾を飲み込む。
飛距離。
欲しい。欲しい。マジ、欲しい。
「… じゃあ。プロになって、初めて賞金入ったら、返しますんで… その…」
ゆーだいさんが咳払いしながら。
「良いから。気にしないで。俺はみなみちゃんファンクラブ会員番号ゼロ番。ファンクラブ永久会長なんだからさ。ここは俺の顔を立てて、買わせてくれよ。な?」
今度こそ、本気で鳴き声をあげてしまった。おえつが止まらなかった。
どうしてこの人はこんなにも優しいんだろう。多分、アタシの好意に気づいてるはずなのに。クソ女とは言え、彼女持ちの自分に気があるとわかっているはずなのに。タイプじゃない年下に好かれて迷惑だろーに。電話口でこんなにワンワン泣いている面倒臭い女なのに…
どうしてこの人は、ここまでアタシを…
アタシの何を…
(身体じゃねーのは間違えない。)
アタシの…
「じゃ、明日5時に。ショップには連絡しておくから。今夜はゆっくり寝るんだぞ。おやすみ」
それからしばらくの間、スマホの画面に映る泣き腫らした目の女をじっと眺めていた。
そんで。よーやく気づいたことがある。
どーしょーもないくらい、あの人を好きなコトに…
10年前、アタシにゴルフを誘われて渋々揃えた、キャロウェーのクラブセット。
アタシに似て大柄で、日本モデルだとどうにも合わないと、良太さんの知り合いのゴルフ屋で揃えた、アメリカ仕様のゴルフセット。
揃えてから2週間後、ゴルフ練習場の帰りに交通事故に巻き込まれ、父ちゃんは天国に行った。けどコイツは傷一つ付かず残された。
当然のようにアタシが使うことになったが、当時はシャフトが硬すぎて使えなかった。高一の時も、ちょっとムリだった。でもこの四月、大多慶に入って試しに振ってみると、ビックリするぐらいピッタリだった。
10年前のモデルだから、古い。今ならもっと高性能でもっと簡単なクラブが山ほどある。
でも。コイツは父ちゃんの最期を看取ったんだ。父ちゃんが最後に触れたものだったんだ。そう思うと、コイツを手放そうとか乗り換えようとか、一瞬も考えた事はない。大事に使えば、あと10年は使えるってじーちゃんも言ってたし。
それが…
まさか…
交通事故に、会うなんて…
延岡まゆが、ウザい。
化粧が全部取れてるくらい泣きじゃくっている。
「いいよ…アンタのせいじゃない。てか、アンタじゃなくて、良かったよ」
そう言うと、声を張り上げて号泣しちまった。
節子ママも鼻をすすらせてる。
良太さんが走って来て、
「どうした、大丈夫か、怪我はない… ゲッ」
と言って、立ち尽くしてしまった。良太さんが父ちゃんのために選んだクラブの死に様に、吐きそうな顔をして突っ立っている…
それからの事は、あんまし覚えてない。
後で聞くと、必死で延岡まゆをなぐさめた後、寮に戻って次の朝まで部屋から出なかったって。次の日、朝起きて腹減ったから食堂行くと、皆が寄ってきてメチャクチャなぐさめてくれた。
へーき、へーき。と言いながらいつもみたいにお代わりしないで朝食を終え、部屋に戻ってスマホ見ると、ゆーだいさんからアホほどメッセージが来ていた。
一つ一つ読んで、その中に、
『新しいクラブが必要だよね。俺が買ってあげるから今週の夜空いている日を教えて欲しい』
ってあるのを読んで、それから涙が止まらなくなった。
多分、昼まで泣いてたんだろう。泣き疲れて一眠りして、時計見ると十二時過ぎてた。
食堂にフラフラ行くと、またしても皆になぐさめられる。
「支配人が、ここのレンタルクラブ、好きなの使えってさ」
「でも、まゆゆんが絶対弁償するって言ってたし。なんでも契約してるメーカーとー」
「佐藤さんが、使ってないゼクシオやるって言ってたよ」
「佐藤さんて、ああ、昨日観てた地主の…」
「それにトイショーもスポンサーに聞いてあげるって。確かダンロップだよな…」
皆の優しさに、また泣けてくる。もう、こんなアタシにみんなが… くそー、大声で思いっきし泣いてやる!
うわ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~―――――――――ん
すると健人、翔太、みうがギュッといつまでもいつまでも抱きしめてくれた。
メチャ、あったかかった。
次の日の朝。
ご飯3杯おかわりする。そんで仕事に取り掛かる。
昼飯も3杯おかわりをする。
午後から練習グリーンで、ゴルフ場のレンタルパターで転がす、転がす、無心に転がす。
夕飯後。
ゆーだいさんに、連絡する。
『もー大丈夫です。クラブはレンタル出来そーです』
即既読。電話がかかってくる。
「心配したよ、本当に大丈夫?」
優しい声にまた涙が込み上げてくる。ダメだなアタシ。
「レンタルクラブなんてダメでしょ。君はプロになるんだから。ちゃんとフィッティングしないと。市木さんに聞いたんだけど、市木さんの知り合いのゴルフショップでフィッティングから全部やってくれるって。今、11月だろ? あと4ヶ月しかないじゃない。早目に合わせておかないと、4月からの苦労が水の泡になるぞ。」
… なんか吹いてしまった。
「え? なに? 俺、何か変なこと言ってる?」
「ううん。違うの。」
「へ? どうした?」
「だって。みんなミョーにチョー優しいから」
「それは… それだけみなみちゃんが、周りに愛されてるからじゃない?」
ドキッとしてしまう。そして、
「え? それって、ゆーだいさんも?」
うわ… 彼女いる人になんて事お…
でも…
ウソは、つけないよ…
案の定、あれだけ一気にいっぱい喋ってたゆーだいさんは無言となる。
心の中で十数えてから、
「なーんて。うっそー」
と大笑いしてみる。頬に涙が零れ落ちる。
「ビックリした… あんまりこんなオッサンいじめないでくれよ…」
「えー、ゆーだいさんオッサンなの? 何それマジウケる」
今日から。悲しいのに笑うことの出来る女になりました。
「そんな事より。どお、明日の夜とか。お店は千葉市にあるんだって。車で迎えに行くから、寮の夕飯キャンセル出来る?」
この人、結構いつもこーだ。あっという間に予定をパパって決めちゃう。ホントにパパって呼んじゃうぞ。
「でも。メチャ金かかりますよ…」
「知ってる。だって俺夏にフルセット揃えたから」
「あー、実はドライバー、ちょっといいなーって思ってたんですよお。425。いーなあーってえー」
と延岡スキルを使ってみる。馬鹿じゃねアタシ。しかしー
「でしょ、でしょ? てかさ、こないだ出たじゃん、ニューモデルの430が。そっちにしなよ、飛距離15ヤードアップじゃね?」
マジでゴクリと唾を飲み込む。
飛距離。
欲しい。欲しい。マジ、欲しい。
「… じゃあ。プロになって、初めて賞金入ったら、返しますんで… その…」
ゆーだいさんが咳払いしながら。
「良いから。気にしないで。俺はみなみちゃんファンクラブ会員番号ゼロ番。ファンクラブ永久会長なんだからさ。ここは俺の顔を立てて、買わせてくれよ。な?」
今度こそ、本気で鳴き声をあげてしまった。おえつが止まらなかった。
どうしてこの人はこんなにも優しいんだろう。多分、アタシの好意に気づいてるはずなのに。クソ女とは言え、彼女持ちの自分に気があるとわかっているはずなのに。タイプじゃない年下に好かれて迷惑だろーに。電話口でこんなにワンワン泣いている面倒臭い女なのに…
どうしてこの人は、ここまでアタシを…
アタシの何を…
(身体じゃねーのは間違えない。)
アタシの…
「じゃ、明日5時に。ショップには連絡しておくから。今夜はゆっくり寝るんだぞ。おやすみ」
それからしばらくの間、スマホの画面に映る泣き腫らした目の女をじっと眺めていた。
そんで。よーやく気づいたことがある。
どーしょーもないくらい、あの人を好きなコトに…