第2章 第6話

文字数 3,151文字

 足音がしないので、後ろを振り返る。
 ゆーだいがぼんやりと17番ホールを眺めている。

「おーい。どうしたあー? 今の3パットを悔やんでんの?」
 ゆっくりと首を振り、
「景色。すっごい綺麗。こんな景色、東京では見れない」
 アタシも17番ホールを眺めてみる。
 夕焼け色に染まった両側の木々。
 緑色に光り輝くフェアウェー、そしてその奥にひっそりとグリーンが、ある。
「空気が。夕方の空気が美味しいんだよ」
 私も大きく息を吸ってみる。
 うーん。まあ、いつもの空気。
 この大多慶で生まれ育った私が毎日吸ってきた、大多慶の深い緑の匂い。

「みなみちゃんはずっとこの空気を吸ってきたんだね」
 あら。おんなじ事考えてたんだ。
「体の隅々まで、浄化される気がするよ」
「ジョウカ、って?」
「キレイになること」
「ふーん。」
 正直、なんでゆーだいが感動してんのか、よく分からん。それを言ってみると、
「俺はさ、ずっと東京で育ってきたから。こんな美味しい空気、滅多に吸った事ないんだ」
「ほーん。都会モノって自慢しちゃってんの?」
「ハハハ、違うって。ここの空気は本当に美味しいねって話。そう感じない?」
「知らんわ。生まれた時から今までずっとここだったからさ」
「そっか。羨ましいなあ」
「ハアー? こんなクソ田舎が? ラジオとテレビくらいしかねえド田舎があー?」
「ぷっ よく知ってんなそんな古い歌。ブヒャヒャヒャ」
「ああ、テツさんが良く歌ってっから」
「テツさん?」
「グリーンキーパーの。」
「ふーん。それにしても。キミはさ、ホントにここの人達に愛されてるよね」
 急にキモいことを言い出すので、
「ほれ、残り2ホールだぞ。頑張れば100切れんじゃね?」
「いやー、残り連続パーは取れないわ」
「はあ? やる前から何言ってんの! そんなんじゃ今年中に切れねえぞ! よし。今日切れ。今切れ!」
 ゆーだいは惚けた顔からキリッとした顔に氷(豹)変し、
「よし。その通りだ。残り、連続パーで上がる。」
 そしてゆっくりとティーグランドに向かった。

「いやあー。惜しかったなあ、あと1打。残り5センチ!」
 18ホールを痛恨のボギーで終え、100ちょうどで上がったゆーだいはマジで目に涙を浮かべて、
「…5センチ… 100切りの道って、こんなにも苦しく切ないものとは思わなかった…」
 なんて泣き言言っちゃってる。

 あれー。アタシが初めて100切ったのっていつだったっけ。全然覚えてねーわ。今度じーちゃんに聞いてみよう。
 それでもマスター室に着く頃には、
「来週。来週は絶対に、100を切る。絶対、だ」
 なんて大声で言うもんだから、
「宮崎さーん、何賭けますう? ギャハハ」
 なんて研修生仲間の健人にバカにされてるし。クッシーは
「大丈夫よお。来週こそ、ねえ宮崎さん いひ」
 と励ましてくれてんのに、
「この調子なら、来年クラチャン間違いなしじゃん」
 研修生仲間の翔太にもバカにされてるし。

 なのにコイツときたら、
「うん。頑張る。来週100切る。来年クラチャン取る。そんでキミらも全員プロになる!」
「「そーだー、やるぞおー」」
 … ヘタクソ同士は気が合うんだろう…
 
 健人と翔太は18ホールのグリーンでこれから転がすらしい。今日は中々傾斜のキツいとこに切ってあるからいい練習になるだろう。
「あれー、みうはー?」
 もう一人の研修生、美羽はどこに行ったんだろ。パッティングを見てあげる約束してたっけ。
「みなみが遅いからもう先に18番行っちゃったよ。」
「そっか、じゃ今から…」
 あっ すっかり忘れてたー 今夜はこの後、焼肉じゃん!
「やべ。おーい健人おー、みうに今日はムリー、明日って言っといてー」
「は? 自分で言えよ」
「は? オメーも坊主頭になりてえの?」
「い、いや大丈夫っす、間に合ってます…」
「んじゃ、ヨロ」
「わーったよ。てか、明日? 俺のも見てくれよな」
「あいよー」
 ま。ゆーだいよりは教えがいのある奴らだから。まいっか。
 従業員ロッカーに向かい、そーいえばこないだ高校のジャージ着て行ってウケたのを思い出す。

「いやいやいや。俺はそんな趣味ねーから」
「そ、そーなん? だって、チャラ男はスッゲー喜んでたじゃん」
「チャラ男? ぷっ リューさん、あの人、特殊だから」
「でも、アタシこんなんしか持ってきてねーし。てか、家帰ってもこんなんしかねーし」
 ゆーだいはショックを受けた顔で、
「そ、そうなのか。と、友達と出かけたり?」
「そんな暇あったら練習してるわ。それに服買う金なんてねーし。」
「じ、実家帰ったりするとき…」
「んー、このままジャージでチャリこいで帰ったわ先週―」
 呆れ顔で、
「ま、まあいい。ただ、予選会にジャージはまずいと思うぞ」
 マジか…って、そーだよなフツー
「ら、来年のお年玉で、服買イマス…」
 ゆーだいが吹き出す。

「お年玉って… あ、そっか… キミまだ未成年、だったっけ…」
 助手席からゆーだいの右のほっぺをつねり上げる。それにしてもこの車すげー。皮のシートの匂いがたまらねえ。
「いたたたたたた… あ、ここかな」
 この町で二番目の焼肉屋。うん。問題なし。

 注文を終え、
「そーいえばこないだと車違うんだね」
「こないだのはリューさんの車。大きいからゴルフバッグ3〜4個余裕で入るからさ」
「ふーん。ゆーだいの車、なんて車? 外車?」
「そ。アウディってドイツ車。初めて乗ったか?」
「おお、車ってったらじーちゃんのバンか母ちゃんの軽しか知らねーわ」
「そ、そうか。お前もプロになって優勝したら車貰えるだろ?」
「… 成る程。免許、取っとくかな… この冬にでも」
「そーしろ。アメリカのツアーとか参戦するなら、車は絶対必要だろーし」
「アメリカ… L P G Aか…」
「ま、その前に。三月からの予選会、頑張らねえと、な」
 アタシは冷えたウーロン茶をゴクリと飲みながら軽くうなずく。

 ふと。17番ホールのやりとりが頭に浮かぶ。
「そー言えば。ゆーだいって、東京生まれの東京育ちなん?」
 ノンアルビールを口に含みながらゆーだいがうなずく。
「調布ってとこが実家。知ってるか? 中央自動車道が通ってるとこ。あと調布飛行場とか味スタとかある、だたっ広いとこ。」
 アタシは首を横に振る。
「で、小学校から早田大学の附属。そこでリューさんと知り合った。」
 おおお。さすがのアタシでも知っとるわ、早田大学。私学の竜(雄)な。

「野球は小学生の頃からリトルリーグで。中学から部活入って、大学卒業までずっと」
「へーーーー で、甲子園行ったのってマジ?」
「高二の時。ベンチメンバーだったけど。準々決勝で代打で一度打席に入った」
「そこでヒット打ったんだっけ?」
 ゆーだいはギョッとした顔で、
「よく覚えてたな」
「そりゃー、チャラ男があんなに自慢げにペラペラ喋ってたっけ、ねえ」
 チャラ男、と小言で呟きゆーだいはクスッと笑う。

「まあ、それより、その坊主頭! 何したんだ? 夜、彼氏とデートして門限破ったとか?」
 1ミリ残っていたウーロン茶をゆーだいにぶっかける。
「… いる訳ねーだろ。」
 顔にかかったウーロン茶をオシボリで拭きながら、
「え? いないの?」
 コイツ。このトングを七輪で熱して鼻つまんだろか!
「だって、みなみちゃん顔かわいいじゃん」
 この割り箸をこんがり焼いて、火のついたまま鼻につっこんだろか!

「ちょ、やめろって! いや、嘘じゃないって。綺麗な顔、してんじゃん。モテるだろ?」
「バーカ。自慢じゃねーけど、女子にしか告られたことねーわ」
「女子ウケも良さそうだな。でも、男子にもモテるだろ? モテるって!」
 何こいつムキになって。ムカつく、けど焼肉スポンサーだから少し許す。
 上タンがやってきたので、無言で網に乗っけていく。
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