第3章 第3話

文字数 3,129文字

 なんでこんな事、話してんだろ。
 この話、誰にもした事なかったのに。

 あの時ほど、この世の中がクソだと思ったことはない。この世の地位や名誉ってヤツは、実力じゃなくってエコひいきで決まるってわかって。
 確かにアタシは上級生や顧問に対する態度は悪かったし、あんま敬語とか使わんかったし。あとミスショットの後クラブ投げつけたり、大声で「クッソー」って怒鳴ったり。
 でも実力では、あの延岡まゆの次の次くらい、部内でも三位には入ってたはず。なのに、実力よりもそんなちっぽけなどーでもいーことでメンバー外されるなんて。
 プロだってクラブ叩きつけたり、パッと外して「ノーーー!」って叫んでんじゃん!当時も今も、アタシは全然納得いってない。あんな部活、やめて正解だったと心から思っている。

「んーー、そっかあ。ただね、みなみちゃん」
 アタシの話を最後まで何も言わず聞いてたゆーだいさんが渋い顔で口を開く。
「確かにプロは実力の世界じゃん、何をしてもスコアが良ければそれで良し、かも知れない。でもね、プロってただお金稼ぐための職業なのかな?」
「へ? 違うの? 他に何かあんの?」
「うん。プロスポーツ選手はね、見ている人に夢や希望を与える、それが一番大切な仕事なんじゃないかな」
 うわ… 良太さんと同じこと言ってる…

「俺がやってた野球もそうなんだけど、ただお金を稼ぎたいならもっと効率の良い他の仕事があるじゃない。株や不動産、ビットコイン、銀行強盗、殺人請負、とか」
 いやいや、人殺しちゃアカンやろ…
「でも周りから見て、その人達って魅力ある? 真似したいと思う? 元気でる? 希望持てる?」
 ねえし。したくねえし。でねえし。持てねえし。
「でしょ? じゃあ逆に。キミのお師匠さんがツアーに出てたら、みなみちゃんどんな気持ちになる?」
「そりゃあ、全力で応援するし。良い成績だったらマジうれしいし。」
「だよね。もし優勝したら?」
「ギガうれしい!」
「私も練習頑張って、優勝したくならない?」
「うん。ぜってーそーなる」
「私も優勝したいって思わない?」
「うん。ぜってー勝つ!」
「ほら。お師匠さんのプレーは、みなみちゃんに夢と希望を持たせるじゃない?」
「あっ」
「でね。もしお師匠さんがパーパット外して「ちくしょう、死ね!」って叫んだのが全国ネットに流れたら? ネットで炎上したら?」
「メッチャ悲しい…」
「だろ? みなみちゃんのプレーはみんなが応援もすれば、みんなが面白おかしくネタにもするんだよ。だから。プロ選手は、紳士であれ、淑女であれ。応援してくれる人の夢と希望を壊さぬように。言ってる意味、わかるかなあ?」

 この人。頭イイ。こんなアホな私にも、スッと入ってくる。
 そっか。アタシがクラブ放り投げたり悪態ついたりすれば、応援してるじーちゃんや母ちゃん、春香や良太さん、クッシー達が悲しくなるんだ…
 プロって、良太さんやじーちゃんがよく言う、「自生(制)心」がマジ大事なんだ…
「特にゴルフってメンタルのスポーツって言うじゃない? 俺、ほんとそう思うよ。野球とは集中力が全然違う。毎ショットが超集中だもんね。相当心が強くなければ、とてもツアーを生き抜くなんて出来ないよね」
 心の強さ。
 アタシって、心、強いのかなあ。

「うーん… まだ短い付き合いだから、ハッキリとした事はわからないけどー」
 頭イイゆーだいさんに、直撃してみる。
「強くて、弱い。のかな。」
「へ? 何それ?」
「ハッキリ言っちゃうけど、良いかな?」
「どーぞ。おなシャス!」
 ゴクリと唾を飲み込んじゃう。

「弱い自分を、強く見せられる人。」
 ………???
「本当は弱いし臆病なんだけれど、それを気合と根性で周りにも己にも強くあれる。本当は行きたくない困難にも、気合と根性で立ち向かえる。弱いけど、強い。そんな感じ」
 ………そーなの?
「もし本当に強い心を持っているなら、部活はやめなかった筈。先輩のイジメに耐えて最後までやり遂げていた筈」
 あっ……
「弱いから、耐えられずに逃げた。違うか?」
 こんな事、誰からも言われたことないし、自分で考えたこともない。なので、今は大ショックで口がきけないナウ。

「でも。逃げたままじゃダメなのがわかっているから、陸上部に転部して、一人で頑張ってそれなりの成績を残せた。そこが強い心の所。」
 瞬きが出来ねえ。ゆーだいさんの顔から目が離せねえ。
「高校卒業後、一度は諦めたゴルフをやり直している。これも強い心があってこそ。だよな」
 ゆーだいさんが歪んで見えてくる。
「弱さ故の強さ。諸刃の剣だよね。自分がうまく行っている時は最強だけど、上手くいかなくなると弱さ故に逃げ出すか捨ててしまう。そんな脆さが心の弱さ。」
 頬に涙が伝う。鼻水が上唇を伝う。かなりボロカス言われているんだけど、何故か心に染み渡る。
「もし。みなみちゃんがその弱い心を克服できたら。強い心と強い心。二つの強い心がある選手は、世界を制すんじゃないかな。内村航平。大阪なおみ。渋野日向子。世界を制す人は、強い自分があって、しかし自分の弱さを認めてそれを強く出来た人、なんじゃないかな。」

 アタシ。弱い。ゴルフから逃げた。延岡まゆから逃げた。
 そうだ。もし本当の強さがアタシにあったなら、そんなイジメみたいな事なんてシカトして黙々と自分のゴルフをしていただろう。
 あの時点でー アタシのゴルフは延岡まゆより下だった。それを受け止めたくなかったから、ちょっとした揉め事を利用して、延岡まゆから逃げ出したんだ。
 弱い。アタシは弱い。自分が弱いことが認められない。逃げ出すことさえ自分に許してしまう。
 こんな自分では、プロでは通用しない。絶対ムリ。
 じゃあ、どうすれば…

「感謝、じゃないかな」
 ……へ?
「さっき言った、世界を制した人達って、インタビューで真っ先に言う言葉がさ、誰かへの感謝なんだよ。支えてくれたコーチ、親兄弟、仲間、それに応援してくれた人達。」
 …はあ
「それも、口先だけでなく、心からの感謝の気持ち。ちなみにみなみちゃんは今まで、心底他人に感謝したことってある?」
 ………

 すっかり冷え切った海老フライと上ヒレカツを眺めながら、思い返してみる。
 ねえ。じーちゃんや良太さんにさえ、感謝したこと、ねえ。あ。唯一あるのが、クリスマスにクラブセットくれたサンタさん…
「彼らに限らず、人は他人の助けなしでは何も為せないんだよ。世界でトップ取るなら尚更。海外行くのに必要なスポンサー。バッグ担いでくれてコース戦略を助けてくれるキャディー。体調管理のトレーナーや栄養士。通訳もしてくれるマネージャー。その人達の助けがなければ、そしてその内の誰か一人でも欠けたら。まともにツアー回るのすら難しいと思わない?」

 … 確かに。その通りかも。
「自分の出来ないことを他人に任せられる、即ち自分の弱みを他人に任せられる。これが素直に出来る様になって、そしてその事に心から感謝出来るようになればーみなみちゃんは弱さを克服して強さを得るんじゃないかな」

 もはや食欲なんて無い。
 強く、なりたい。もう逃げたく、ない。
「だから、そーだな〜。まずはさ、今の自分の周りをよーくみてさ、今のみなみちゃんを支えてくれている人に感謝出来るようになってみたらどうかな?」
 気がつくと勢いよく立ち上がっていた!
「そーする! まずはじーちゃんと良太さんと、あとクッシーとテツさんとー」

 ゆっくり席に座りながら、
「ゆーだいさんに感謝する。ゆーだいさん、スマホくれてありがと。ご馳走してくれてありがと。それと。こんなアホなアタシに色々教えてくれて」
 ゆーだいさんの目をまっすぐ見ながら、

「ありがと」
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