第6章 第7話

文字数 2,084文字

 仕事を3時に終え、一旦帰宅する。

 リモート授業を終えたみなみが、
「あれー、早いじゃん。これから練習?」
「いや。みなみちゃんを試合会場に送っていく」
「…それ、陽菜知ってるの? 今夜も来るよ」
「別に。話してねえわ」
「ちゃんと、言わないと、自分の口から。疾しい事ないなら」
「お、おお。」

 口を濁し、俺は気まずい思いをグッと胸にしまい、玄関の扉を押し開ける。
「何時に、戻るの?」
「今日中、には…」
 玄関扉を閉める。扉と心に施錠する。

 エンジンを回し車を走らせ、中央自動車道の調布I Cに入る頃に、漸く心は千葉に向く。
 都心を抜ける辺りでちょっと渋滞したが、俺の想定通りに五時半に大多慶に到着する。クラブハウスのエントランスには、研修生仲間と支配人が出ていた。
「宮崎さん、どうぞよろしくお願いします。」
 日南支配人が深く頭を下げる。
 仲間達がみなみちゃんの荷物を俺の車に積み込む。四泊五日だが量的にはそれほどでも無い。まさか、得意の着回しをするのでは…
「だ、大丈夫だって。試合用のウエアは二着もあるから、さ」
 … やはり着回し…
 ま、一次予選だし、マスコミや関係者もそれ程集まらないだろう。二次予選以降のことは後日考えるか。
「「「「頑張れよー」」」」
 少なくも熱いエールを背に、群馬に向けアクセルを踏み込んだ。

 恐らく彼女にとって初めての大きな大会。流石に緊張しているかと思いきや…
 まあ、喋る、喋る。昔風に言うなら、口から生まれてきたかの如く、喋り倒している。それもゴルフの話は全然せず、どうやら群馬への送迎を真剣に楽しんでいる様子に思わず苦笑いしてしまう。
「ねーねー、アタシ初めてだよ、関越自動車道って! これ、どこまで続いてんの?」
「… 確か、新潟」
「新潟? って、まさか日本海の方?」
「そうだね。新潟県の長岡じゃなかったかな」
「へーーー、ゆーだいさん行ったことある?」
「うん、野球の試合しにあっちの方は何回かね」
「へーーー、やっぱコメ美味い?」
「あんま覚えてないわ」
「ふーーん。いつか行ってみたいなあ」
「プロになったら行けるんじゃない。」
「そーだね。おっと、その前に免許、免許〜 ねーねー、左ハンドルって運転難しい?」

 気が付くともう関越道の花園I Cを過ぎている。ナビを見るとあと小一時間で到着のようだ。時計は8時近くを指しており、
「お腹空いてない? 何か食べようか」
「あい」
「何が食べたい?」
「あい」
「じゃあさ、次のサービスエリアで何か食べようか?」
「あい」
 … 目をハートにして返事しないでくれ… 可愛いじゃねえかよ…

『それじゃかなり遅くなるんだ(絵文字)待っててもいい?(絵文字)(スタンプ)』
 S Aの夜空を見上げる。照明が明る過ぎて、夜空がイマイチ良く見えない。今夜は月もなく星空の美しさをちょっと期待していたのだが。
『帰宅は十二時近くになるかと。』
 すぐに既読が付き、悲しいスタンプが連打される。仕方ないので直電する。
「今、何処なの?」
「関越道の上里サービスエリア。これからホテルまで送って行ってから戻るから、帰宅は一時過ぎになるかも」
「そっか。」
「……」
「あの…さ?」
「ん?」
「運転、気をつけて…」
「お、おお」
「眠くなったらさ、ちゃんとP Aで休んで…」

 ホント、変わった。陽菜は驚くほど、変わった。思っていることをそのまま言わなくなった。以前なら間違いなく、
「ダメダメダメ! 他の女子を送っていくなんて絶対ダメ〜!」
 だったのが、今は自分の本心を押し殺し俺の心配をするようになった。俺にとっては何と言う好転。素晴らしい! のではあるが。
 思っていることを言わなくなった、のは少し引っ掛かる。それが積もるとストレスになりいつか大爆発するだろうから。
 だが今は陽菜に甘えることにする。
「ありがとう。気をつけて帰るから。お前もそろそろ帰宅して、風呂入って寝ろよ」
 プッと吹き出す声がして、
「ゆーだいくん、オッさん臭っ」
 声が少し震えている気がする。
「オッさんだし。」

 おやすみ、を言って電話を切る。気を利かせている奴がここにも一人。みなみちゃんは30ヤードは離れた自販機で何かを選んでいるふりをしてくれている。
 こんなんで良いのか? これからずっと、こんな歪な関係を保ったまま俺は、みなみちゃんは、そして陽菜はやっていけるのか?
 自問自答をし、その答えが全く浮かび上がらぬことにやや苛立っているうちに、みなみちゃんの戦陣の宿に到着する。

「いやー、マジ助かりました! あっざーす」
「うん。とにかく、頑張れ! いや、リラックスして。いつも通りなら、絶対イケるから!」
「はーい。ほんじゃ、帰り、運転、気をつけて、ね…」
 みなみちゃんはまたも気を遣い、俺を早く東京に返そうとしてくれている。俺は早く東京に帰りたい気持ちと、このまま一緒に居たい気持ちの振り子運動に悩まされつつも、
「連絡。くれな」
 そう言って、みなみちゃんを後にする。

 時計を見ると、九時半。
 あと、30分だけ… いや、15分だけ…

 そう思い、ブレーキを踏み振り返るも、みなみちゃんはもう居なかった。
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