第4章 第1話

文字数 2,362文字

 茫然自失。

 大学1年の時に、3年生エースの山田さんのストレートを受けた時の衝撃以来かもしれない。
 18番グリーンで会員さん達にもみくちゃにされているみなみちゃんを眺めながら、俺は完全に抜け殻となっていた。

 凄い。凄すぎる。
 最後にバーディーで上がったまゆゆんよりも、遥かにプロとしての風格を感じる。いや、モノが違う、スケールが違う。
 まゆゆんだって今や日本を代表するトッププロに仲間入りしそうな勢いの子である。それ相応のオーラが出ている。

 だが。
 みなみちゃんのソレは、あの9番ホール位から『女王の威厳』とでも言うべきものであった。申し訳ないがまゆゆんのソレとは比較にならないレベルのオーラだった。
 流石に都井翔プロはそれに気付いたようで、
「あの子。日本の器じゃないですね。世界で戦える子ですね」
 と感嘆している。
「えっと、あのー」
「あ。宮崎です」
「すいません。宮崎さん。あの子は宮崎さんと付き合っているんですか?」
 うわ… 流石名門東北工大キャプテン、ワールドカレッジトーナメント個人優勝者! ついでに言うと、去年の秋、在学中にプロ宣言し日本オープン四位タイ。今年もツアー2勝、全米オープン出場、賞金ランク三位の本物の実力者だけあるわ。話が豪速球ストレート過ぎる……

「付き合っていません。俺彼女いるし。でも、どうして?」
 トイショーは口笛を吹き、
「だって。ラウンド中、ここぞと言うとき、必ず宮崎さんをチラ見してたから」
 うわ… 流石一流スポーツ選手は周りがよく見えている…
「そっか。後で連絡先聞いちゃっても、いいですよね?」
 ニッコリ笑っているが目が俺を睨み付けている。怖え。
「先週スマホ手に入れたばかりだし。貴方と連絡先交換できて喜ぶんじゃないかな」
 と心にもない事を言ってしまう俺。
 てか。俺が貴方の連絡先、欲しいんですけど。

 延岡まゆ。流石、人気女子プロゴルファーである。

 因縁の後輩に三打差もつけられて惨敗したと言うのに、悔しげな表情なぞ一切見せずにギャラリー相手に笑顔で布教活動を行っている。
 きっとこれでまゆゆんちゃんねるのフォロワーが20名ほど増えた事だろう。凄い子だ。
 暫くして。俺が市木プロのバッグを片付けていると、そっと横にやって来て、
「宮崎さんって、みなみちゃんとお付き合いしているんですか?」
 あああ。この子も間違いなく来年か再来年、トッププロになるに違いない…
「いいえ。俺、彼女いますから。」
 あの、画面と同様の可愛い仕草で、
「ふうん。宮崎さんって、I T企業にお勤めなんですって?」
 は? どこでいつ誰に聞いたの?
「すごいですねえI T企業ってー。だってえその若さでここの会員さんでえ、外車乗ってえ」
 舌ったらずの語尾に脳が蕩けてくる。この女、ヤバい。
「あのー、連絡先、教えてもらってもいいですかあ? 今度一緒に回りませんかあ?」
 マジか! 嘘だろ? あの、まゆゆんの連絡先ゲットオー!? そんで、二人で接待コースでデートラウンド!?
「みなみと一緒に」
 … ですよね。

 ライン交換しながら、
「あの、どーして俺と?」
 小悪魔な笑みで、
「ジョーホー源は、多い方がいーですから」
 全身から出ていた変な汗が、一気に凍りついた。
「連絡しますねー。今度ディナー連れてってくれますかあー」
 首を横に振れない、俺であった。

 二人のプロと俺はバッグを持ち帰りなので、キャディーマスター室の椎葉さんがバッグ用のカートを回してくれる。マスター室から玄関まで線路みたいな地面に埋まった電線沿いに動く電動カートにバッグを乗せるためだ。
 何故か俺が二人と自分のバッグをカートに乗せる。
「宮崎ちゃん、仕事が板についてきたねえ、ぎゃは」
 マスター室のお局、いや女帝、と言われる椎葉さんこと、節子ママに言われてちょっと嬉しい。
「身体大きいし、力持ちだし。どお、会社辞めてウチで働かない? ついでにアタシと付き合わない? ぎゃは」
 即レスすると失礼なので、困ったフリを5秒していると、カートがピーっと鳴って動き出す。ノロノロ動いている割には力強く、アレに轢かれたら間違いなく骨は粉砕するだろーなー、なんて思っているとー突然

「キャッ」

 と言う声と、

ガッシャン

 と言う音がマスター室に響き渡る。
 声の主はキャディーマスター室長の串間さんと話し込んでいるまゆゆんだ。
 そして、もう一つの音源は…

 みなみちゃんのゴルフバッグだったー

 キャディーマスター室に置かれていたみなみちゃんのゴルフバッグをまゆゆんが誤って倒してしまったようだ。
 だが。倒れ先が、不味かった。
 二人のプロと俺のバッグを乗せた電動カートの通り道に、みなみちゃんのバッグは倒れたのだった。

 誰もどうすることも出来なかった。倒れた時にはもうカートはすぐの所まで来ていたのだ。
 皆が呆然とする中、
 バキバキっ
 グチャっ
 と言う無惨な音が鳴り響いた。カートは止まることもなくみなみちゃんのバッグを踏みしめながら、玄関へと登って行ったー

 ドライバーはヘッドが粉々に砕け散っていた。
 アイアンのシャフトはひしゃげて折れ曲がり、何本かのアイアンはヘッドが潰されていた。
 バッグはぺしゃんこになり、もはや原型を留めていなかった。
 人でなくて良かった。そう思える程の無惨な現場であった。

 誰も何も言えず、ただ呆然としている中。
「何、何? 今の音―。カートがなんかふんづけたんじゃね?」
 と無邪気にみなみちゃんがやってくる。
 現場を一眼見て、
「あ、アタシ、の?」
 みなみちゃんが氷結する。
 延岡まゆがみなみちゃんにしがみ付く。
「ゴメン! ゴメンみなみっ 私が不注意でみなみのバッグ倒しちゃって、ゴメン!」
 と言って泣き始める。

 己が次に何を言い、何をすれば良いか、誰にもわからなかった。
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