第1章 第8話

文字数 2,284文字

 (あが)りはフツーなスコアだった。
 トータルは4アンダー。今の時期にしては、そんでこのずぶ濡れの状態にしては、そして今日のカップの位置にしてはまあまあかな。予選ではカップはもっとキツいところに切られるだろう。どんな所に切られようが基本のグリーンセンター、これだけは三月までにしっかり身に染み込ませたいものだ。

 そして五月、六月の二次予選、最終予選の頃には勇猛か感(果敢)にピンデットを狙える状態に持っていきたい。いや、持っていく。

 スタート前のやるせなさからしたら、今日のラウンドは思いの外、良かった。
 二度ほどドライバーショットをオーバードライブされた。女子プロでもアタシの270ヤードを簡単に超える飛距離を持つプロは多くないんじゃない? だけに、30ヤードも置いていかれて一瞬カチンと来たのだが、すぐに冷静になれた。
 これはデカいと思う。実際に予選で同じ事が起きても、それは想定内の出来事として今日のように冷静にプレーを続ければいい。上手い予行演習が出来たものだ。
 特に予選に出ている韓国勢は身体も大きいし、飛距離もハンパ無い。らしい。
 ので、予選で彼女らと同じ組で回っても、このデカ男のことを思い出し、淡々と自分のプレーが続けられそうだ。

 それと。じーちゃんにもよく言われている、力み過ぎ。
 デカ男にはエラそうにノーガキ垂れたが、実はアタシもここぞというところで力んでしまい、ひっかけたりダフったりし、スコアを崩すことがままある。
 今日、あのデカ男の16番での7番アイアン。それまでガチガチに入っていた力がスーッと抜け、キレイな孤(弧!)を描いたスイングに目を疑ったー そして放たれたボールの美しい孤(…)の事!
 同じ人間が力みを消すだけであれだけのスーパーショットが打てる。この事実は本当に良い勉強になった。今後、つい力が入る場面では、デカ男のあのスイングを思い出すことにしよう。

 デカ男は気を良くしたのか、次のホールでも力みを抜くことに集中し過ぎて、本当にドライバーを前方に放り投げてしまった。そしてそのドライバーははるか先のレディースティーをもオーバーライドし、遂にはその先の池に飛んで行った。そして哀れデカ男の425はグリップが池の底に突き刺さり、デカヘッドが池から首を出していた!
「ぎゃははは! い、犬神家の祟りだあー ギャハハハハー」
 チャラ男が転げ回って大爆笑する。
 アタシも人生で初めて、ドライバーショットではなくドライバーが池ポチャしたのを見て、思わず声を立てて笑ってしまった。
 腹筋が痛え! 笑い過ぎて頭痛がする!

 涙目でデカ男を見るとー笑い過ぎて怒っているかなーなんて思ったけど、
「俺の425… 買ったばかりの… スケキヨのバカやろー」
 なんて半べそかきながら叫んでるし。スケキヨ? 誰それ?
 ちょっとかわいそーなのと、ドライバーないとこの先プレー出来なくなるので、ホントはキャディーマスター室に連絡して誰かにとってもらうところをアタシが靴下とシューズを脱いで池に入ってあげた。

 それが間違いだった。何故なら池の底は泥、しかも池ポチャのボールがゴロゴロ。バランスを崩さぬ様そーとそーっと事件現場に進み、ドライバーを引き抜こうとするも容易に抜けず、力まないようにって言ったばかりなのに力入れて引っこ抜いたらー

 バッシャーン

 ケツから池にこけてしまった…

「佐清の、祟りだあー、ギャハハハハハハハハ」
 おいチャラ男。いつか殺す。いつかその後頭部に力一杯、打ち込んでやる。
 一方のデカ男。さすがに冷静にアタシを心配して… いない。
 チャラ男以上に大声で大爆笑してやがった。

 テメー、いったい誰の為に… 池から上がるとすかさずチャラ男がスポーツタオルで足を拭いてくれる。爆笑しながら。
 水の滴るドライバーをデカ男に放り投げると、チャッと受け止め、
「ごめん…ありがと…ブヒャヒャヒャ」
 とキモく笑ってやがる。

 ああ、またクッシーの怪しい占いが的中してしまった… 
 水難… それアタシだったんだ…
 それでもその後スコアを崩さずホールアウトした。これもいい経験だ。予選中にコリアンが池にハマっても、これで大丈夫。もう笑ったりはせず、黙々と己のショットに慢心(邁進?)できそうである。

「いやーー、それにしても今日は笑ったあー、正会員になると、マジおもしれー」
 チャラ男が一人美味しそうにビールを空ける。どーやら帰りの運転はデカ男がするらしい。
「でもさあ、あの池ポチャの後のみなみちゃんのセカンドショット、マジですごかったなあー」
 濡れた服が纏わりつく意識を消して、ついでに怒りを消し、笑いをも消して打ったセカンドショットはピン側1メートルに付けたのだった。
 
 そ、そんな事より。アタシゃ今、目の前の上牛タンがもう少しでいい感じになりそうで、気が気でない。

 あの後、高価なドライバーを無事救出したのと、こんなヘボに付き合ってくれたお礼にと、町一番の焼肉屋に誘ってくれ、アタシは二つ返事でオケした。
 寮には私服がほぼなく、まいっかとジャージ姿で現れると、
「いい、いい。みなみちゃん、素朴でサイコー」
 とムカつくほめられ方をしたが気にせず、彼らに同行する。
 席に着くと、チャラ男が有り得ない注文の仕方をするんで目を回して驚く。だって全部「上」または「特上」なんだぜ!

 運ばれてきた肉を見ただけで、口の中がヨダレでいっぱいになってしまうぜ。
 目の前の二人が何やら話しかけてくるが、徐々に上の空になってくる。
 早く、早く焼けろ… 肉汁を閉じ込めたまま、上手に焼けてしまえ…
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