第2章 第4話

文字数 3,737文字

 久しぶりに、チョー驚いた。
 あのチャラ子がコイツの彼女?
 ハアーーーーー?
 何それ?
 意味不―

 お陰で午後の業務、何したかサッパリ覚えてないし、何言われたかもなーんも覚えてない。我に返ると水浸しの5番ホールで一人F Wをアホほど打っていたー

 アレは、あかん。あの女は、いかん。
 あのチャラ子ほどデカ男… ユーダイに似合わない女はいない。
 当初、ユーダイとドール… みなみちゃんはスゲー似合ってると思ったし、納得だった。あの千歳(繊細)ながら柔軟で、周りをよく見れて人をぜってー不快にさせない男に、笑顔を絶やさずちょっと控えめで、んだけど実はチョーしっかり者で負けず嫌いな女子はピッタリだと思った。
 なのに…

 あんな自分のことしか考えない、周りに気を使えない、スタッフのことなど召使い以下の扱いをするよーな女と付き合っているとは…
 女の趣味が悪すぎる。アレは男をどんどんダメにしていく女にチゲーねえ。多分。
 アイツのスイングにはブレが多い。きっとそれも、あんな女と付き合ってるからだ。スイングには女(女子プロの場合は男)の影が出る。じーちゃんが昔言ってた。今度家帰った時、聞いてみよう。
 と、思い立ったら「今でしょ!」なのがアタシのいいとこ。夕方の業務を終えた後、寮の夕食をキャンセルしてチャリで自宅に帰宅する。
 … ヤスかテツさんに送って貰えばよかった… 1時間こいで家に着いたらもう七時だった… 疲れた…

「そうかあ、小林さんのー」
 やっぱじーちゃんは紳士じーさんを覚えていた。
 じーちゃんは私のお古のジャージを粋に着こなして、焼酎をチビチビと飲みながら満面の笑顔で懐かしそうにしている。
「あの人はなあ、エリート銀行員でなあ、ほれ、こないだやってたドラマに、出てくるような、偉そうなところは、これっぽっちもなくって。いい人だったなあ。」
 … いやまだ生きてますし。じーちゃんはゆったりと話す。

 それにしても、我が家。そーいえば大多慶GCからチャリで1時間、車で15分の距離なんだけど、このコロナ禍故にお盆にちょろっと顔出して以来、久しぶりだ。お盆に帰った時も、
「帰省しちゃダメじゃない! おじいちゃんにコロナうつったらどうするの! それに近所の目もあるのよ、もう帰って来ないで!」
 と母ちゃんに追い出されてしまったのだ。いやいや母ちゃん… 同じ町内だし… 近所の爺婆からはウチの畑仕事なんで手伝わねえ、ゴルフなんてやめちまえって小言言われたし…

 そんな母ちゃんはお盆のいざこざはとっくに忘れたらしく、
「みなみー、近いんだからもっと顔出しなさい、おじいちゃんも寂しがってるのよ」
 なんて能(脳)天気なこと言ってるし。

 女学生の頃から、『大多慶小町』と噂される程のマジ美人だった母ちゃんは今でもハッとするほどいい女だ。高校までは相当グレてたらしいけど。
 10年前、交通事故で死んだ父ちゃんとは、日本酒作ってる大多慶酒造で知り合ったらしい。杜氏のじーちゃんの下で働いてた父ちゃんが、じーちゃんの娘で酒造でバイトしてた母ちゃんに一目惚れして命懸けで口説いて口説いて結ばれたって。
 じーちゃんは今でも杜氏、母ちゃんも売り場で売り子している。
 今年で確か41、まだまだ楽ショーで現役でいける母ちゃんなんだけど、浮いた話は一切ない… 訳ねーか。

「こんな田舎町に、父ちゃんみたいないい男、そうそういる訳ないでしょう。アンタも東京出なさい。そうすればアンタでも良いっていう男いるからきっと。キャハハ」
 アタシはモテない前提かよ… まあ、その通りなんだが。小六には165センチ、高二で今の175センチ。高校でアタシより背の高い男は12人しかいなく、そのうちの半分は顔面崩壊、更に残りの半分は栄養失調、残された3人は年下の後輩だった。

 小学生の頃から、よくモテた。いや、キモイほどモテた。女子に。バレンタインのチョコの数は高校卒業までどんなイケメン男にも負けたことはなかった。
 ちなみに。この母ちゃんの娘なんだからブサイクではないと思うんだけど… 人生で告られたこと、ゼロ。彼氏歴、当然ゼロ。
 正直、高校時代は男子より陸上、そして今は男よりゴルフ。まあそんなアタシがモテるハズもなくー

 ああ、そんな話はどーでもいい。それよりー

「そうかあ。あの小林さんの、息子さんが大多慶の会員か。時が流れるのは、早えなあ。こーんなチビ助だったのに、なあ。え? お嬢さん? いや、見たことねえ、なあ。」
「なになにー、みなみー、小林さんの息子さんと良い感じなの? 写メ、写メ!」
 ねえし。客の写メなんてフツーとんねーから。
「ん? 付き合ってる女のせいでスイングが乱れる? お前、何馬鹿なこと言ってんだ。そんなことある訳ないだろ」
 嘘つき。昔ぜってー言ってたくせに‥

 … 普段はゆったりノンビリまったり話すくせに、ゴルフの話になるとシャキッと厳しくなるんだなー昔から。
「スイングの乱れは心の乱れだ。心がしっかりとゴルフに向き合っていればトップダフリなんてねえんだよ。遊びでゴルフやってりゃスイングなんてその日次第だし、ボールの行方もその日次第の気の向くままってヤツよ。」
 うーん。まあ、そうか。アタシとアイツではゴルフに対する姿勢が違う。あたしゃゴルフで食っていこうとしているけど、アイツは趣味の延長。そんなアイツが彼女の良し悪しでスイングやスコアが変わる訳、ねえか。

「なんだ、お前、気になる男でも、出来たのか、ええ?」
「ウッソ… みなみに好きな男の子が出来たの… おじいちゃん、赤飯炊く?」
 だーかーらー
 別に好きとかそんなんじゃねえってーの。あー面倒くさ。
「ふーん。お前にゴルフの弟子がなあ。まあ良いんじゃねえの、ちゃんと面倒見てやれや。俺や良太が教えたことをキッチリ伝授してやんな。」
「で? いつ連れてくる? 来週? 来月? ちょっと、久しぶりに美容院にでも行くかなー」
 …弟子、じゃねーし。ぜってー連れて来ないし。

 はー、ウザウザ。とっとと飯食って帰るとしよう。まだ帰宅してない部活帰りの二人の弟、大次郎と源次郎に出くわすのもメンドーだし。
 でもちょっと気が楽になったかな。アイツの彼女がなんであれ誰であれ、アタシにゃカンケーねえって事よ。ちょっと(かなーり)割のいいバイトと割り切って、ガッツリ稼がせて(食わせて)いただきますか!

 そんな実家からの帰り道。時計を見ると8時過ぎ。門限は9時なんで割と本気でチャリをこいでいるとー
「ミーナーミー、おーい」
 追い越そうとした真っ赤な軽自動車の窓から春香の声が聞こえてくる。
 中学、高校の同級生で私の唯一の親友である。うわ、懐…
「おおお、春香! 久しぶりだな〜」
「もー、全然連絡くれないし。生きてたのー?」
「おお、死んではいねえわー 春香はどーよ」
 チャリと軽の立ち話は道路交通法上にとっても危険な行為であるので、国道沿いのファミレスに入ることにする。

 いやー懐い。多分卒業以来だ。あれから美香は千葉市の専門学校に進み、学生生活を満喫しているー ハズもなく、
「もー、授業は在宅ばっか。まだ二回しか学校行ったことないよ。友達? 出来るはずないっしょ。何の為の学校なのかわかんなくなっちゃったよお」
 そっか。美香はコミュ力あるから、友人が作れないのは辛いだろーな。
「学校やめてさ、勤めようかなあ。一人で勉強とか、もうムリ!」

 確かに。友人を作れないなら通信教育と変わらない。それより社会に出ちまえば、少なくとも上司、先輩、仲間、人といれる。アタシは一人黙々と打ってるのが好きだが、美香みたいな子には今の状況はとても辛いだろう。
 このまんまじゃ美香みたいな子はみんなノイローゼになってしまうんじゃねえかと心配になる。パーっとストレス発散できる機会も仲間もいないんだからなおさら。
 そんなら一緒にゴルフしねえか、そしたらストレスなんかパーっとー
「しないし。出来ないし。そんなお金ないし。あのねみなみ、ゴルフってやっぱ上級国民の遊びなんだよ。高いクラブ揃えて、車乗って、一回数万円お金払って。今時ゴルフ場来てる人達って、世間でも成功者だけだよ。庶民が出来る遊びじゃないわ」
 ハンマーで頭を叩かれたよーなショックを受ける

 そっか、世間ではゴルフってそーゆー受け止められ方をしてるんだ…
 昔からあまりに身近にゴルフがあったからそんな考え方全く知らなかった…
 確かに。今アタシは死んだ父ちゃんの形見のクラブセットを使ってるけど、最新のセットを揃えたら60万円くらいするだろう。
 大多慶GCは会員でも平日で8000円、休日で15000円近くかかる。ゲストならその倍近く払わねばならないだろう。
 東京からだと高速代とガソリン代合わせたら5000円くらい?
 確かに。アタシら庶民が毎週楽しむ『遊び』では、ない。

 そしたらこのコロナ禍で、一体アタシらは何して遊べば良いんだよ… カラオケ、ダメ。プールや海、もう秋だし。ライブやコンサート、密。
 春香とアタシは早くコロナ禍が終わる事を祈り、それまでの間いかに壊れずに過ごせるかを真剣に語り合い、ふとガラケーを見たら10時半だった…
 門限…
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