第3章 第7話

文字数 2,162文字

 それにしても…
 延岡まゆ。マジ強え。

 こんな遊びのラウンドなのに、一切手を抜いてこねえ。てか、むしろアタシにガチンコで勝負挑んできている!

「そっかあ、あれからみなみちゃん、陸部で頑張ってたんだあー」
 陸部に追いやったの、テメーだろーが。死ね。
「へー、四月からここで研修生で頑張ってんだあ。研修生って、色々仕事したりとかでえ、大変なんだよねえー」
 テメーは卒業後、即プロ宣言。研修生の苦難を知らねえもんな。死ね。
「ねー、ショーくーん、凄いでしょおこの子。私の後輩ちゃん。飛ばすでしょお?」
 ビミョーに顔引きつらせてんじゃねえよ。死ね。
 1番の林入れたのが響いて、アウト終わってアタシは1アンダー。延岡は3アンダー。死ね。

 インに入り、この女を気にするのをやめる。他人を気にしていたら、スコアが全然伸びねえことに気付いたからだ。ついでにクッシーの言ってた野犬の掘った穴も忘れる。ってか、そもそも意味がわかんねえし。
 それより。ギャラリーが、優しくて、嬉しい。最初はこの女に歓声あげたりトイショーに拍手喝采で正直ウゼエなあ、なんて思っていたけど。途中からアタシのショットやパットに拍手してくれるし、何か応援してくれるし。

 9番の下りは、シビれたわー。先週までだったらあんな強く打てんかった。カップに入った瞬間、思わずガッツポーズが出ちまった。それと、未だかつて聞いたことのない、歓声!
 あれからギャラリーがアタシの味方になってくれた感がパナい。あの人達、普段はツンとしてそっけないウザい客で、キャディーやってる時なんか早くおわんねーかなあ、ってずっと祈ってた人達なんだけど。
 インに入って腰があったまってきた気がする、ドライバーの飛距離がいつもより5ヤード伸びてる。これもギャラリーの人達の歓声と拍手が後押ししてくれてるのかも。
 
 この女も、毎週こんな嬉しい状況でゴルフやってんのか、ちょっと、いやかなーりうらやましくなってくる。
 絶対アタシもプロになる。
 こいつなんかにはぜってー負けたくない。
 あ。また意識しちゃった。消そう。コイツを、意識から。
 まだ二打差。十分チャンスは…
 消そう。コイツ…

 16番。目の前の池を見ると、どうしてもあの時のことを思い出しちゃう。良太さんの隣でなんかミョーにキャディっぽくたたずむゆーだいさんを見て、自然に微笑んでしまう。
 事件現場は次の17番パー4なのだが。それでも池を目の前にすると、つい吹いてしまう。
 実は犬神家の一族って、知らなくて。あの後寮でその話したら、翔太がレンタルビデオ店で借りてきてくれて。食堂でみんなで見て、大爆笑したわー アレは、犬神佐清の足だったのだ!
「スケキヨのバカやろー」
 って叫んでたゆーだいさんを思い出し、涙流しながら爆笑したもんだった。
 なんかニヤケが治らないまま。なんか、あの日の笑えたラウンドを思い出しつつ。なんか、あの人の明るい笑顔を思い出しつつ。

 いつになく軽い打感でボールはピン目掛けて一直線に飛んでいく。
 ギャラリーのナイスショット、と言う掛け声が耳に優しい。ところが、ギャラリーが徐々にザワザワしてくる。飛球線から目を外し、オッサンオバはんの方を見る。顔という顔に驚きの表情が出てくる。目が大きく見開かれていく。口が大きく開いてくる。おおお、という唸り声が段々大きくなっていく。

 それは遂には叫び声に変わるー
「行けー!」
 え? 池?
「入れえーー!」
 え… あの大人しい淑女のオバはんが…

「う… そ…」
 と言う延岡まゆの声と同時に、ギャラリーがアタシに襲いかかってくる!
 おっさん臭い体臭に揉まれ、おっさん臭い息にむせ返りながらグリーンを振り返ると、ベタピンにあるはずのアタシのボールが、消えていた。

 おいクッシー… 犬の掘った穴って…

 結局そのホールで延岡まゆがまさかの2オン、3パット。二打差をつけたまま最終ホールへ。
大多慶自慢の最終ホール18番パー5。
 太陽はさすがに重たくなったのかなあ、だいぶ傾いてきている。その夕日に向かって、渾身のフルスイングをすると、ボールははるか300ヤード付近まで転がっていく。
 延岡まゆの一打目はさすがのフェアウエーど真ん中、240ヤード。だけど、60ヤード先のアタシのボールをにらみつけている。
 アタシは残り210ヤードを5Wでフルスイングする。ボールは2バウンドしてグリーンに乗る。
 延岡まゆは三打目をピン側50センチにつける。さすがじゃん。お先にいーで、楽勝バーディーで上がる。

 アタシはカップまで登り10メートル。
 先週までのアタシなら。
(これで寄せて2パットで決めてバーディー。まあまあかな)
 今日のアタシ。
(これを決めないと、延岡まゆには勝てねえ!)
 後で聞くと、この時の目が一番真剣だったってさ。
 延岡のキャディーしてた健人と翔太、トイショーに付いてたみうがアタシの後ろに来て、ラインを読み、
「「「右カップ、ボール一個半ぶん」」」
 ばーーーーか。それは距離を合わせた読みだろーが。それじゃダメなんだよ。プロで食ってくにはこーでなきゃ!

 アタシは渾身の力を込めてカップど真ん中にボールを打つ。
 周りから悲鳴が聞こえる。

 それは、ガチャン、カッコン。と言う音と共に、今日2番目の大歓声に変わった。
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