第7章 第6話

文字数 2,576文字

「凄いじゃないか! 昨日が2アンダー、今日が3アンダーなんて! これでトータル5アンダー? 明日はイーブンパーで楽勝じゃないか!」
「えへへ。なんか出来過ぎだわ。てかね、聞いて聞いてゆーだいさん、あのねあのね、なんか似てんだわー、町の雰囲気も、ゴルフ場も、あとおばちゃん達も、大多慶にさ」
「へええー、そーなのか。だからいつも通りの力が出せたんだな」
「かもかも。って、あっ、まだ仕事中だよね、ごめんねー、切るわー。んじゃ」
「あ、ちょっt…」

 スマホが切れる。15時28分の表示が画面に現れる。
 そうか、良かった。これで明日途轍もないハプニングさえなければ、一次予選は楽々突破だ。実は正直ここまでみなみちゃんがやれるとは思っていなかった。月曜日夜の俺の大失敗もあるが、これまで大多慶からあまり出たことのない彼女が一人で五日間も頑張れるとは思っていなかった。
 高校時代の延岡まゆとのトラブルも含め、彼女は常に身近な家族、友人、知り合いに助けられて来ており、一人きりの境遇で何かに対処したことがないからである。
 コミュ力は相当低く、すぐに友人を作れることはまずあるまい、そもそも予選会なのだから友人どころか周囲は全員敵なのだが。
 誰にも相談出来ず、誰にも頼れず彼女は昨日、今日をいつも通りのスコアで上がってみせた。今回の予選会で彼女は一回り大きな人間になるであろう、そう俺は直感しスマホをポケットにしまう。

「なーになになに。みなみちゃんかなーり良かったのかー?」
 リューさんがニヤニヤしながら俺のデスクに近づいてくる。なんで分かったんだろう。
「そりゃあ、お前の顔見れば即分かるって。スコアまで分かるぞー、えーと。二日間で、5アンダーってか?」
「え? マジ? なんで?」
「俺とお前、何年の付き合いだっつーの。でさでさ。実は一昨日、ヤっちゃったんだろ? みなみちゃんと〜」
「それは、ない。断じて、ない。」
「えーーー、顔に書いてあるぞお。僕はーみなみちゃんとおー何も付けずにー あいたっ」
 遠慮なくリューさんの頭を叩く。
「陽菜に言いつけてやる! ゆーだいがみなみちゃんとお泊まりした事、バラしてやるっ!」
 
 俺はリューさんの顔に自分の顔を近づけ、
「じゃあ。X Aソリューションとの打ち合わせ、お一人でお願いします」
「いやいやいや…」
「アバロンに提出する資料、ご自分でまとめてください」
「おいおいおい…」
「土日ですが、溜まりに溜まった書類の整理、出社してお願いします」
「ゆーだい様… 俺が悪かったっす… 許して…」
「では、妹君への通達に関しては?」
「はい、愚妹への告げ口はキャンセルっす…」
「これからも?」
「これからも、ずっと… 永遠に…」
「その線でお願いしますね課長。では。」
 俺は全身凍りついたリューさんをひと睨みし、コーヒーを買いに席を立つ。

「本当は明日有給とってさ、応援行きたいんだよな」
「えへへ。でも予選は関係者以外、出禁(立ち入り禁止)なんだよねー」
「… だよね。でもその辺りさ、温泉街で羨ましいよ」
「あれ、ゆーだいさんもまさかの温泉フェチ?」
「フェチじゃないけど… 普通に温泉は好きだな」
「ほーん。そーなん」
「そっか、みなみちゃんは風呂嫌いだもんな」
「なんだよねー。あー、でもー…」
「ん?」
「ゆーだいさんと一緒なら、入るかも〜 きゃっ」
 俺は完全スルーし、
「で、明日は終わったら電車で帰るのかい?」
「そーかな、今のトコ。明日終わったら、荷物は宅急便で送って、電車で帰るかな」
「何時に終わるんだい?」
「えーと、最終組のスタートが10時15分だからー、二時半には終わって、四時にはホテル戻ってー、電車に乗るの、五時すぎじゃね?」
「ふーん。それならさ、俺明日半休とるから、迎えに行こうか?」
「…………」
「え…なに? 迷惑?」
「じゃなくて。あんま甘やかさない方が、良いかと…」
「ど、どうして?」
「じゃないと、離れられなくなっちゃう〜 キャ」
 今度は俺が黙り込む番。
「…はは、ははは… なんちって、うっそー。え、マジで? 本当に迎え来てくれんの?」
「うん。行きに迷惑かけたからさ、その罪滅ぼしも含めて」
「うわあーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!」
 その素直な喜び方に胸が少しときめく。

 いつもの日課の寝る前のパット練習をしていると、陽菜から電話がかかって来る。
「式場の予約、明後日でいいよね?」
「うん。俺は問題無いよ」
「ゆーだいくん、ごめんね…」
 俺は持っていたパターを壁に立てかけて、
「ん? 何が?」
「だって… ほんとは土曜日、ゴルフ行きたかったんじゃ…」
「そう思ってくれて、俺は本当に嬉しいわ。ありがとう」
 スマホ越しにホットした表情を感じる。

「ま、日曜日は行って来るけど、な」
「あはは。それにしても〜、あの契約書? マジウケるんですけどー」
 先週。高千穂先生のアドバイス通りに、結婚後のゴルフに関する契約書を陽菜に提出し、何故かバカ受けされた。
「甲は月にラウンド6回の権利を有するって… それに応じて乙の求める家事一般を行わねばならないって。別にいーのに、フツーにゴルフ行けば。」
「まあ、なんだ、その、ケジメって言うか、踏ん切りって言うか…」
「それって、まるっきりパパとママと一緒なんだもん、マジウケる〜」
 そうなんですか社長… あなたも、ちゃんと家事を…
「やるよお、パパ。お料理もお掃除も。ゴルフの衣類は自分で洗濯しているし〜」
 な、成る程。では、俺も…

 その社長からの電話がかかって来たのは、寝ぼけ眼で時計を見たら、2時45分。こんなことは今迄無かった、まさかリューさんか陽菜に何か…
「こんな時間に申し訳ありません、然し乍ら緊急事態です、雄大君」
 俺は一瞬にして目が覚め、スマホに向き直り
「どうしましたか社長、まさかリューさんに何か?」
「いや、そうではない。雄大君、社長命令です、今日有給休暇を取ってください」
 俺は未だ寝ぼけているのかと自問し、
「それは、問題無いですが。理由は?」
「それに、他言無用です。琉生にも、特に陽菜には」
「はあ。」
「今から大多慶の日向さんのご自宅に向かってください」
 いやマジで… 寝ぼけているか、夢なのかこれは…

「そして、みなみさんの予備のゴルフセットを受け取り、安中カントリーへ向かってください」
「へ?」
「大至急、です」
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