第4章 第6話

文字数 3,517文字

 クリスマスには良い思い出は一回しかない。子供用ゴルフクラブをサンタさんからもらった時だ。中学、高校時代に良い思い出は一度もなかった。

 今日。サイコーのクリスマスがやって来る!

 一昨日の昼頃、ゆーだいさんから連絡が来て、
『明後日のクリスマスの日。リューさんと延岡まゆさんと、四人で回らない?』
 チャラ男かあ。ウザいけどまいっか。延岡。あれからしつこいくらい詫びの連絡がウザいので、丁度良いかもしんない。会って、このおニューのアイアンと、明後日丁度やってくるドライバーを見せれば気がおさまるだろう。

 そして。
 大好きな大好きなあの人と、クリスマスラウンド!

 余りに嬉しすぎて、健人と翔太に蹴りを入れてしまった。みうを肋骨が折れるほど抱きしめてしまった。(ホントに肋骨一本、ヒビが入ったらしい)
 年末で相当忙しかったのか、あれからゆーだいさんは一度も大多慶に来ていない。一ヶ月ぶりだ。
 買ってもらったアイアンは一週間後に届き、すでにモノにしている。正直言って、父ちゃんのアイアンよりはるかに使いやすい。てか、簡単。楽チン。楽勝。最新のクラブって、マジ神だわー。
 シャフトも調整は不要。アタシのスイングにしっかりとついて来てくれる。お陰でアイアンの精度、飛距離、どちらも飛躍的に工場(向上)し、良太さんをビビらせている。

「俺も、クラブ変えようかな…」
「え? そんな金あんの良太さん?」
「うわー、それ言うかみなみー」
 泣かせてしまった。ゴメンね良太さん。てへ。
 そして。待ちに待ったドライバーがクリスマスの日に届く。
 さらに。待ちに待ったゆーだいさんがクリスマスの日にやって来る!

「おーい、みなみちゃあーん。来たわよおー いひー」
 どっちが? ドライバー? ゆーだいさん?
「ドライバー、来たわよおー いひ」
 あれから。え? アレって? ゆーだいさんと千葉市デートした一月前以来、ゆーだいさんが使っている425を借りっぱなしだった。
 さすが、元球児が使っているモノだけあって、アタシにはシャフトがやや硬い。だが父ちゃんのキャロウェイよりも遥かにスゲくて、すでに飛距離は10ヤードアップしている。その425の後継機種である、430MAX。更に5ヤードは伸びるはずだ。
 アタシはモノも言わずに包装を破りさり、サランラップみてーなのに包まれた430と対面する。思わずため息が出てしまう。あふん。
 鈍く黒光る大きめのヘッドに一瞬で恋に落ちる。名前は『デカ男』に即決。好きだわ。あかん。もうアンタ無しのゴルフなんて考えらんない… キュンキュン。

「みなみちゃあん、いらしたわよお、宮崎さん いひ」
 キュンキュン。
「おーい 聞いてるのおー みなみちゃーん?」
 きゅんきゅん。
「こら みなみっ 聞いてんの?」
 最後は久しぶりのクッシーの怒鳴り声でハッと我に帰る。
 アタシは430を胸に抱きながら、ゆーだいさんをお迎えに上がるー

「そっか、丁度さっき届いたんだ。早速ラウンドで試してみる? それとも今日は俺ので回る?」
「さっそく試すっしょ。なので、これ。長らく貸してもらって、あんがとね」
 一月間の彼氏だった425をゆーだいさんにお返しする。なぜか胸がチクリと痛んだ。彼と別れる時ってこんな感じなのかな。経験ないから知らんけど。
「おーおーおー、お久しぶりいー、みなみちゃあーん」
 久しぶりにウザいチャラ男だ。懐かしいそのウザさに思わず頬が緩んじゃう。
「みなみっ 良かった、ドライバー届いたんだねっ これで、全部揃ったのね?」
 延岡まゆがチャラ男に引っ付きながら歩いてくる。ほーん。こうして見ると、この二人、ウザさがよくお似合いだ。
「さあ、回るわよっ 本気だしなよ、みなみっ」
 望むところだわ。今日も軽くぶっ潰してやるし。このデカ男さえあればー

「小林さあーん、エブリワンあげますからぁー、何かかけますう?」
「うおー まゆゆんと賭けゴルフっ 世界のまゆゆん教信者に怒られるうー」
「えー そんなのいませんよぉー」
「そーだなー、じゃあ、俺が勝ったら明日の朝までまゆゆんは俺の彼女になることおー」
「きゃあー じゃあ、まゆが勝ったらあー?」
 …この二人の会話。マジ殺意を感じる。ゆーだいさんも呆れ顔だし。
「そーねー じゃあ、まゆゆんが勝ったらあ、俺が明日の朝まで彼氏になるよおー」
 アタシとゆーだいさんが同時にチャラ男の頭をど突く、なんて失礼なヤツ…
「えー、絶対ですよおー?」
 アタシ一人が延岡の頭を叩く。コラ、チャラ男を騙すな!弄ぶな!

 騙されてるとも気づかないチャラ男が飛び跳ねて喜んでいる。まあ、チャラ男がこの女にメチャクチャにされても一ミリも心は痛まないだろーけど。
 ゆーだいさんは真面目にチャラ男に説教だ。アホくさいので練習場に向かうことにする。今日からアタシの恋人となった、デカ男を大事に胸に抱きながら。

 延岡まゆが呆れ顔でアタシのショットの行方を眺めているー
「あんた、280は飛んでんじゃね?」
「そーかも」
「ちょ、ちょっとそれ貸してみ」
「いーけど。壊すなよ」
「壊さねーし。黙って見てろや」
 延岡まゆの平常はこんな感じさ。騙されている世間のオッサン達がたまに憐れに(哀れに)感じるぜ。
「硬っ あんたこんなシャフト使ってんの? これ完全男子仕様だし。あんたやっぱゴリラ?」
「っセーな。」
「参ったな… 40ヤードも置いてかれんのか… なんとかしなきゃ…」
「ハア?」
「なんでもねーし。で、幾らした? あとで払うよ」
 いやいやいや、いーって。てか、へ? なぜ?
「弁償するって言ったろ」
「ゆーだいさんが買ってくれたから」
 まゆは冷たい表情で、
「あんたもうタニマチいんのかよ… こんなブッサイクなくせに」
「っセーな」
「それにこんなに生意気なのに。あたし先輩だぞ、敬語使えやコラ」
「部やめたし。だからアンタ先輩じゃねーし。ただの加害者だし」
 大きな溜息を吐きながら、
「はーーー しゃーねーな。じゃあ代わりに夕飯奢ってやるよ、焼肉な」

 でた。面倒見の良さ。これを3年前、仲良い後輩にしたせいでアタシは…
 でも、もーいーや。水に流す。忘れてやる。アタシは前に進むんだから。過去にこだわるのはもーやめたんだから。
「っざーす! 黒毛和牛でおなしゃーす」
 まゆゆんは呆れ顔で、
「ったく。マジムカつく。さ、オッサン達待ってっから、そろそろ行くか」
「って、あんた勝ったらマジ、チャラ男が朝まで彼氏? ウケるー」
「バーカ。アイツ、I T関連だろ? 社長の御曹司だろ?」
 割と真顔で言うから、ちょっとドン引きながら
「まあ、そーかも。年収、億って言ってたかも」
 延岡の目がギラギラに光りだす。
「それな。それなー。よっし。今夜は本気出すか」
 本気? 何それウケる… ってか、なんか怖え…
 チャラ男は今夜、どうされてしまうのだろう… 彼の近い将来に心から同情するぜ。なんなら愛刀(哀悼)の意を捧げるぜ。

 そんな事はどーでもいい。
 この430、通称『デカ男』との相性は、チョーサイコーだ。
 初めはこのデカヘッドにマジ違和感を感じてたんだけど、ゆーだいさんに借りてた425を一月打ってたらだいぶ慣れたし。
 打感もサイコー。打音もギュイーン、中々イカす音だ。

「みなみちゃん、すげーよ、ゆーだいと同じくらい飛んでんじゃん…」
 … ゆーだいさんと比較されるのがビミョー…
「てか、まゆゆーん、エブリワンじゃ足りないよお、あと3つずつちょーだいよおー でないとお、負けちゃうよおー」
「ええーー、2つずつならあ、いいですよおー」
「まじー? 神ってるわあーまゆゆん マジ尊いわー」
「もおー、小林サンってお口上手なんだからあー まゆ、キュンキュンしちゃうよお」
… この二人から可能な限り遠ざかる。アホが移ってしまう。まだコロナの方がマシだ。

 さて。
 大好きなゆーだいさん。ひと月ぶりのせいか、右に左にまた右に〜♪ フェアウェーよりも林にいる時間の方が長いかも。
「ご、ごめんな、これじゃ二人の練習になりゃしないよな…」
 ありがと。気使ってくれて。
「あ。ゆーだいさん、あったよおー 木の根元だわー アンプレだねー」
「サンキュ、こんなとこにあったか… 」
 二人同時に木の根元にあるボールに手を伸ばす。肩と肩が触れる。真横に顔がある。ゆーだいさんの大人な匂いがする。
 このまま時間が止まればいーのに。このボールに根っこが生えて、拾おうとしても拾えなければいーのに。
 このボールが、大きなかぶだったら良かったのに。アタシとゆーだいさんは二人でかぶを引っ張ります、それでもかぶは抜けません…

 神様、どうかこのまま時間を止めてください…
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