第1章 第2話

文字数 958文字

 …ウザい。今日の客、マジ、ウザい。

 3サムなのに進行が遅い。それが一番ウザい。
 じーさんは良い。飛距離はないけど、割と真っ直ぐ飛ぶから。ほっといてもグリーンまでサクサク。割と楽。マナーも完璧。何とかっていうI T関連の社長だって聞いたけど、うん。じーさんは良い。
 どーやらその息子のチャラ男も、ギリ許す。たまにとんでもないO Bを出すけど、大学時代にサークルでやってただけあって、まあギリ範囲内。ただ聞いてもねーのにペラペラ自身の個人情報をたれ流すのはウザい。なので、コイツはギリセーフ。

 そんで。
 チャラ男の後輩? 部下? よく知んねーけど、問題はこのデカ男。
 大問題だわ。
 完璧なカットスイングから繰り出される完璧なスライスのせいで、ほぼ毎回林の中かO B。手打ちのせいでほぼ毎回トップかダフリ。クソ長く考える癖にパットはショートかオーバーばかり。
 一打一打、遅い。遅すぎる。どんなに考えて打ってもトップかダフリで、たまに当たってもスライスすんだから、何も考えずに左向いて打ってりゃ良いのに。一丁前に1ヤード単位で距離を聞いてくる。アホか、一度もその距離打てた試しねーのに。
 今も自分のクラブの飛距離を何か勘違いしてるし。このまま打って、運よくまともに当たっても、アゲてるから間違いなくショート。池ポチャ確定。なのに…
 ………
 ほらね。

 お客に失礼だから、後ろを向いてため息をつく。
 そうアタシは礼儀正しいキャディなのだ。少なくとも今日は。
 ハアー、こんな奴ら放置して練習したい。コロナのせいで延期となったプロテストまで半年。一球でも多く打って、一球でも多く転がして、一発合格したい。
 なのに…アタシ、何やってんだろ、今。

 ふと空を見上げる。汗が一筋。秋晴れの真っ青な空だけがアタシを優しく労ってくれている気がして、やっと心が落ち着いてくる。
 よし。このホールを入れて、残り3ホール。チャチャっと終わらせて今日はテッテー的に転がすぞ。そう思うとうなだれてしょげかえるこのデカ男も少し可愛く思える。
 気持ちの切り替え。毎日のようにじーちゃんに言われるこの言葉。今日、今、何となくその意味が分かった気がするよ。

 よし。笑顔をはり付けて、デカ男に優しく言う。
「こっから打ち直します? それとも池の手前まで行きます?」
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