第3章 第5話

文字数 3,554文字

 なんか、キモい。

 周りが、急にキモくなって、困ってる。

 アタシはただ、ゆーだいさんに言われた通りに、いつも世話になってるなーと思ったクッシーに、
「クッシーさん。いつもあんがとね」
 って言ったり、グリーンキーパーのテツさんに
「グリーン、いつも使わしてくれて、あんがとね」
 って言っただけなんだけど。

 あとは研修生仲間のみうに
「いつも色々代わってくれて、サンキューね」
 キャディーマスター室のお局の節子ママに、
「ママー、いつもワガママばっか言って、ごめんね。いつもあんがと」
 あとはー。支配人の日南さんに
「アタシん事受け入れてくれて、あんがとね。予選会頑張るし。一発で合格すっから」

 そしたらさ。
 クッシーはロストボール、タイトリストだけ選んで、アタシにくれた。テツさんは18番のグリーン、何ミリがいいかって毎日聞いてくる。みうはおかずを多めによそってくれる。節子ママは毎日自家製の干し柿を食わしてくれる。
 日南さんに至っては、
「予選会のエントリー、いつまで? 会場はわかるよね? 当日は僕が送って行くからね」

 何なんだ、一体全体。
 極めつけは、良太さん。
「合格できたら良太さんのおかげだね、そしたら焼肉ゴチるからねー」
 握っていたドライバーを落っことして、
「どした、みなみ… 変なもん食ったか?」
「は? 意味不。それより、今までありがと。これからもヨロヨロ」
 秋の優しい日差しがビックリした良太さんの目に入ったのか、ポロポロ涙をこぼしちゃったし。

 そんな週末が迫った木曜日。
 良太さんがアタシのとこにやってきて、
「みなみー、日曜日空けといてなー」
「ほーい。ラウンドっすか?」
「そ。知り合いに頼まれてさ、ツアープロ二人と回ることになってさ。みなみも一緒に回ろうよ」
「へー。いーけど別に。ちな、誰と誰?」
「都井翔と延岡まゆ。まゆちゃんはお前の先輩だったよなあ?」

 ちょっと、待て。
 延岡まゆ。あの、延岡まゆ。
 そして、
 都井翔だと?
 イケメン若手実力派で去年一世を風美(靡)した、あのさわやかイケメン都井翔だって?
 クラブハウスに落ちてるゴルフ雑誌に必ず載ってる、あのイケメン都井翔と回るだと?

「それ、どんな話なん?」
「知り合いのゴルフ雑誌の編集長に頼まれてさ、今イケてる若手の男女プロと昔イケてたオッサンの対談を記事にしたいんだと。」
「ひゃー、そりゃ大変じゃん… てか。何でアタシ?」
「あの延岡まゆが認めたプロテストを目指す女の子、って言うのもいいじゃんさ。てか、勉強になるよー、俺と回るよりも」
 確かに。今、現役でバリバリツアー参戦して結果を残している二人と回るのはメチャ魅力的だ。いっぱい色んなものを盗める!

 だけどー
「日曜日さ、宮崎サンと約束しちゃってんだわ〜 時間ずらしてもらうかなあ」
「誰? 宮崎さん?」
 みうが横から、
「みなみのパパさんでーす」
 持っていたP Wでみうのケツをちょっと本気で叩く。
「違うわよおー、みなみのタニマチ候補の人よーん いひ」
 良太さんはポカンとして、
「へー。研修生のくせに、もうファンがいるのか。みなみなのに(笑)」
 皆が爆笑する。ひどくね?

「会員さん? どんくらいで回るの?」
「こないだやっと100切ったとこ。」
「そっか、それじゃ一緒に回るのは厳しいな。あ、そしたらさ、みなみ、」
 良太さんは手をポンと打って、
「俺、重たいバッグ持って歩くのしんどいから、宮崎さんに担いでもらうってのはどうよ?」
「ちょっと、良ちゃん。会員さんにキャディーさせるなんて、聞いたことないわよお」
「あ、でも喜ぶかもだよ。すっごい勉強熱心な人だから」
「よし。じゃ決まり。ラッキー。担がなくて済む〜♪」
 あくまで、そこかよ…

 ゆーだいさんに連絡すると、初めて直電がかかってくる。ちょっと驚き、あたふたし。
「な、何、どったの? 今仕事中っしょ? 大丈夫なん?」
「う、嘘だろ? 市木良太… さんのバッグ担げるって… それに、都井翔と、それにそれに、まゆゆんのラウンド、間近で見れるって、嘘だろ…?」
「いや、マジ」
「スゲー。大多慶GC正会員、凄すぎる… なんてホスピタリティーなんだ。費用対効果があり過ぎて開いた口が塞がらん。これであの会員権の価格とはコストパフォーマンスが〜〜」
「あのー。何言ってっか意味不なんすけど。じゃ、オケと言うことで?」
「ああ、ああ。しかし大多慶のイノベーションの進み方は弊社としても多いに〜〜」
「じゃ、時間決まったら知らせますんでーヨロシコ」
 ガチャ。切る。

「やっぱ、頭ぶっ壊れるくらい喜んでたわ」
「そりゃ、フツー嬉しいわよー、まゆゆんのラウンド一緒回れるなんて いひ」
「私、トイショー(都井翔)のキャディー、やるっ!」
 みうが高らかに宣言するやいなや、聞きつけた健人と翔太が
「お、俺、まゆゆんのキャディーやるっ」
「じゃ、じゃあ俺、まゆゆん背負って歩く!」
 馬鹿を放置して、良太さんとラウンド始める。

 日曜日は絶好のゴルフ日和。でも冬が近づき、ちょいと肌寒い秋の午後。日没が早くなってきたので、スタートは一時となる。
 練習グリーンで転がしていると、あの女がトイショーらしきイケメンと連れ立ってやってくる。 三年ぶりの対面だ。てか、アタシの事なんて覚えちゃいまいが。と思いきや、
「みなみちゃーーん、チョー久しぶりいー 元気だったあー?」
 うわ。覚えてやがった…
「しょーくーん、この子、私のお、高校の後輩なのお。日向みなみちゃん。飛ばすんだよおー」
 フルネームで覚えられてた。なんかムカつく。
「都井翔です、よろしくね。」
 爽やかすぎる。メチャイケメンだ。この世にこんなゴルファーがいたとは。遠くでみうが凍りついてるし。ウケるー

 あっという間に、練習グリーンに人だかりが出来た。そりゃそーか。日頃大人しい紳士なオジさま達が、アイドルを囲んで大はしゃぎだ。
 昔は良太さんもこんなんだったなあーなんてほくそ笑みながら、アタシは転がすのをやめてキャディーマスター室に向かい、自分のバッグを確認する。
 確認と言っても、持ってるクラブは父ちゃんのお古そのまんま。ドライバーもアイアンもキャロウェイの十年前のアメリカ仕様。みんなからは古い、へたってる、替えろと言われてるけど、何やかんや試打してみたけどこれが一番アタシには合ってるので、このままだ。問題ない。
 むしろ今のデカヘッドのドライバーは構えててキモい。ウザい。

 よいしょ、とバッグを担ぐと、何故かメチャ緊張した面持ちでゆーだいさんが入ってくる。
「お、俺、ホントに今日、いいのかな」
 と人だかりの練習グリーンを恐る恐る見ながら呟く。
「いーって。良太さん、こないだ腰やって、重いモン担ぐの大変なんだってさ。助かるって喜んでたよ」
「嘘でもその言葉は嬉しいぞ… うわー、マジ緊張だわー」
「嘘じゃねーって。あ、それが良太さんのバッグ。重てーからしっかり頼むねー」
 良太さんはウッドよりアイアン派なので、未だに3鉄入れてるしウェッジも四本入れてる。ちょっと頑固なとこのある職人肌の尊敬すべき大先輩なのさ。

「あのー、良ちゃん。会員さん達がね、ラウンド見学させて欲しいって。ダメかい?」
 日南支配人が申し訳なさそーに良太さんに言うと、
「いーじゃないですか。これも会員様へのいいサービスになりますよね。ただ、S N Sとかにあげるのはちょっとー」
「心得ておりますよ、ちゃんと説明しますので、撮影もスタートホールのみとしますので」

 ゴクリ。
 え… ギャラリー付きなん? マジ?
 顔を引きつらせていると良太さんが、
「何だよみなみ、ビビってんの? そんなんじゃプロにー」
「なれねーよね。うん。いい。ギャラリー、サイコー。会員さん、マジ神。でも、キンチョーするわーー」
 
 弱み。ちゃんと出す。私、弱い。ギャラリーの前で、怖い。
 良太さんはニコニコしながら、
「ホントみなみ変わったよ。絶対弱音吐かない子だったのに。でも、絶対今の方がいい。自分の弱味と向き合える方が絶対いい。」
 私が引きつった笑顔を返すと、
「どーしたのさ、何かあったの?」
「うーん。実はさ、あの宮崎サンがさ、そーした方が良いって。世界を制するには弱さを乗り越えた強さが必要だってさ。だからさ、」

 良太さんは驚いた顔で、へーーっと唸ってバッグをヘナヘナと担いで1番ホールに歩むゆーだいさんを目で追う。
「みなみ。こういう出会いは大事にしろよ。人との出会いが、その後の人生変えちまうからな。」
ふーん、そーなん?
「そうよお、みなみ。大事にしなさいよー いひ」
 妙に説得力あるんだよなあ、クッシー。

「それとおー。今日は犬の穴。注意しなさいよお いひ」

 …んだよ、それ… 野犬の掘った穴にボールがハマるってか?
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