第1章 第4話

文字数 1,774文字

 なにジロジロ人のこと見てんだよ!

 思わずそう叫びそうになる。のをグッと堪えた。
 素晴らしい、アタシ。じーちゃんが日頃よく言う『自生(制)心』が出来てきたかも。
 
 チャラ男がデカ男に研修生について長々と語っていると、じーさんが不意に
「もしかして、日向さんってお祖父様、源さんって言いませんか?」
 ………
 ハアーーーーーー?
 なんでーーーーーー?

「ああ… まあ… そーですけど」
 じーさんは顔をパッと明るくし、
「僕ね、昔、源さんによくゴルフ教わっていたんですよ! いやー懐かしい。源さんはお元気にしていますか?」
 アタシよりもチャラ息子の方が驚いている。今日イチ驚いてる。ウケる。
「なーにー? なになになに、パパさあ、この子のお爺さん知ってるの? ウッソ、マジで? ねえこれって運命の出会いってヤツなのでは…」
 チゲーし。
「源さんはね、この近くの造り酒屋で杜氏をなさっているんだよ。僕は昔から日本酒に目がなくてね、それでたまたま昔この辺りを通りがかった時にその酒屋に立ち寄って。その時にすっかり意気投合して、それ以来仲良くさせてもらっていたんだ」
「へーーー」
「だけど僕が海外転勤になって、それ以来ご無沙汰なんだよねえ」
「あー、俺が小学校の時なー、ロンドン懐いわー、また行きたいなあ、そうだパパ、ジョンロブの靴作りに行かね? クリスマス前あたりにさー」

 じーちゃんにこんな紳士な友人がいるとはちっとも知らんかった… 今度帰ったら聞いてみよう。
「そうか、源さんのお孫さん。ここでプロを目指しているのですか?」
「ハア、まあ」
 チャンス。運。人との良い出会い。それらがあれば、一年早くプロになれていた気がする。この春卒業した大多慶商業高校は県下、いや日本でもトップレベルのゴルフ部があり、アタシも入学と同時に入部した。
 その時の三年生のエース、延岡まゆは高校在学中にプロ宣言し、現在ツアープロとして国内を駆け回っている。
 アタシは… ちょっとしたいざこざがあり、その延岡と対立してしまい、一年生の夏前には部を辞めてしまった。

 もしあの時、あんな騒動に巻き込まれなければ、きっと今頃トーナメントに出場して賞金を稼ぎまくっていただろう。だって、あの延岡が去年何千万円と稼いだらしいのだから。
 アタシは代わりに秋から陸上部に入り、主に走高跳びを得意とした。だがイマイチ気分が乗れなくて、成績は県で十位前後がやっとだった。
 高校三年の夏、部活を引退した後。その後の人生の進路を考えだした時。テレビであの延岡がプレーしているのを観た。その瞬間、陸部では感じた事のなかった熱い情念が湧き起こり、じーちゃんに相談したところ、
「大多慶ゴルフクラブで、研修生の募集、してるぞ」
 って教えてくれた。

 研修生かあ… キャディーとかフロントの仕事しながら、かあ…
 でも、ジュニア時代に何の実績もないアタシが延岡みたくのし上がるには、これしかないかと考え、じーちゃんの紹介でこの春からお世話になることにした。
 本当は夏にプロテストの予選が始まるのだったが、コロナ禍で来年の三月に一次予選、五月に二次予選、本戦は六月となってしまった。

 正直。ゴルフから三年ばかし遠ざかってたので、この時間はアタシにとってありがたかった。だからこそ、こんなクソゴルファーを相手する時間があるなら、自分の練習に費やしたかった。けど、まあ仕方ない。それも試練なんだ。
 
 それにしても。ビックリだわ、じーちゃんとこのジェントルじーさんが昔ダチだったなんて。こんな若造なんて連れてこないで、社長仲間で来てくれたら良かったのに。なんて考えていたら、
「そっかー、そっかそっか、みなみちゃんプロ目指してるんだー、俺マジ応援すっからさ。またここ来るから、そん時は指名するねー」
 … キャバクラじゃねーんだよ… デカ男もギョロ目をむいてひきつってるじゃないか…
「雄大。また来るぞお。もっと練習しておけよおー、仕事なんかテキトーにサボってさ」
「は? 何言ってんすか。明日のプレゼンの資料昨日送りましたよね、勿論目通してくれてますよね?」
「もー、雄大のそーゆー固いところが、ゴルフ上達を邪魔してるんだよお。ねーみなみちゃん」
 下の名前で呼ぶの、よせ。

 ハアー ホントにまた来るのかコイツら…
 じーさんだけにしてくれよ、マジで…
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み