第5章 第1話

文字数 2,954文字

 全然知らんかったけど、川崎って焼肉のメッカなんだそーだ。
 川崎駅からはだいぶ外れたとこにコリアンタウンがあって、そこに焼肉通りがあるそうだ。通りの両側に居並ぶ焼肉屋を想像しただけで、腹がギュルルルーと鳴ってしまい、ゆーだいさんに笑われる。

 チャラ男の車にまゆが乗っている、来た時と一緒だ。
 さっき風呂場で、
「あの小林さんって、I T会社の社長の御曹司で、しかもチョー優秀なプログラマーなんだって! きっと年収、オクだよ! 億り人だよ! コレは絶対キープっしょ。アンタはあのでっかいのにしとき、わかった?」
 まあ、これが延岡まゆだ。どーぞ好きにしてくれ。

 そんなことは正直どーでもいい。それよりも… 聖地川崎での、高級焼肉!
「みなみちゃんがあー、今まで食った事ないよーなスゲ〜の食わしてあげるよん〜」
 とチャラ男がゴルフ場を出る前に言った瞬間、悔しながら神に見えた。
 それからは半分意識を失いながら、なんとか助手席に座っている。しゃんとしていないと、口からよだれがあふれ出てしまう。

 そんなアタシを隣に乗せ、ゆーだいさんは軽快に車を走らせる。夜のアクアラインはマジ夜景がキレイだ。だが意識が半分ないのでイマイチ感動できねえ…
 そんなアタシを察してか、
「あと30分で着くから。我慢できる?」
 あと30分… 完全に失神しそーになるも、なんとか気を取り直し、
「命がけで、がんばります!」
 と声を張り上げるとまたゆーだいさんは声を立てて笑う。

 何度も意識を失い、もうこれ以上は我慢の限界…と思った頃に、
「さあこの辺りだよ。うわ懐かしい」
 とゆーだいさんが呟く。顔を上げて辺りを見回すとー うおおお、ホントに焼肉屋だらけじゃん、スッゲー!
 車を100円パーキングに停めると、丁度チャラ男の車も入ってくる。なんでもこの車はここに置いておき、後から代行に持ってってもらうらしい。

 キラキラ居並ぶ中のひときわゴージャスな店にみんなで入って行く。ヨロヨロと歩むアタシに、
「腹いっぱい、食わしてもらい。アタシはしこたま飲むぞおー」
 へー。まゆって酒飲みなのか。今度じーちゃんの作った酒でもくれてやるか。アタシの唾入れて。
 ゴージャスな個室に案内され、席に座る。さすがに今日はクリスマスな訳なので、ジャージって訳には行かない訳で、昨日ちょこっと実家に帰ってなけなしの私服を取ってきた。
 だけど着てみたら、腕周り、肩周り、腰回り、全てがキツくて泣きそうになった。マジで服買いに行かなきゃ。今度、春香に安くてデカい服売ってる店に連れてってもらおう。
 仕方なく今夜はキツい服をガマンして着ている。ユニクロのダウンにG Uのハイネックとパンツ。高校の頃も服に全く興味がなかったんで、ま、こんなもんっしょ。
 ちなみに、延岡まゆは雑誌から抜け出してきたよーなカラフルで可愛らしいカッコだ。アタシには一生着こなせない服装である。
 それに、やけにいい匂いがする。風呂の後、なんかシュッシュしてたわ。きっと男子はこんな女子が好きなんだろーな。アタシにゃ到底出来ないわ。

 チラッとゆーだいさんを見る。チャラ男とメニューの相談している。ゆーだいさんも、まゆみたいなのが好きなのかなあ。あのチャラ子が彼女なくらいだし。
 そう考えると、ちょっとだけ食欲が無くなる。
 オシャレしないと、ダメかな
 美容院行かないと、ダメかな
 香水とかつけないと、ダメかな
 伸びかけた短髪をそっとなでてみる。

 そんな思いは、次々に出される光り輝く高級和牛にすっ飛ばされる!
 スッゲーーー 焼くのもったいねーー
 口からヨダレが止まらない。おしぼりで口を思わず押さえつける。
 そして、七輪のコンロの上でジワジワ焼かれると、この世のものとは思えぬいい匂いが漂う。マジで一瞬意識を失った…
 そして、震える箸で摘み上げ、言われるがままに一気に口の中へ。
 美味すぎる! 何じゃコレ!
 今まで食ってきたのは新聞紙かよ、と言うほど柔らかくジューシーだ。
 思わず目からヨダレ…ではなく、涙がこぼれ落ちる。
「ちょっ… みなみいー、なに泣いてんのよおー」
 延岡男子前モードだ。
「だって、コレ、美味すぎて… ま…」
 言葉が出ねえ。

 そんなアタシをチャラ男が爆笑しながら見てる。片手に2杯目のビールを持ちながら。
 ゆーだいさんは運転あるから、鳥(烏)龍茶だ。この人、お酒飲めんのかなあ。いっつも車だから酒飲んでるとこ、見たことないや。
 延岡まゆは…2杯目のレモンハイを片手にギャハハと笑っている。

 クリスマスの夜。なんか思い描いてたのとはちょっとチゲーけど。うん。悪くない。気のおけない仲間と酒飲んで美味いもん食う。うん、悪くない、楽しい。
 アタシはひたすら、食う。上が付く肉を、ひたすら食う。コメも食う。そんなアタシを嬉しそうにゆーだいさんが眺めている。まるで餌をあげている市原ぞうの国の飼育員みたいだ。
 チャラ男とまゆは、競い合うよーに飲んでるし。次で5杯目だし。大丈夫かね、この二人。

 不意にゆーだいさんが、
「ドライバー、調子良さそうだね。よかったよかった」
「うん。ゆーだいさんが一月かしてくれてたから、デカヘッドも慣れたし。」
「F Wとパターはシャフトだけ変えたんだっけ?」
 あの事故の時。ドライバーとアイアンは修復不能だったが、3Wと5W、そしてパターはギリ難を逃れ、曲がったシャフト交換だけで済んだ。それはグリーンキーパーのテツさんがチャチャッとやってくれた。
「キャディーバッグは良太さんがお古をくれたし。コレで3月の予選会、バッチリです」
 そう言うと、ゆーだいさんはすっごく嬉しそうな顔をしてくれる。
「会場はどこだっけ?」
「えっと、1次予選は茨城の〜何ちゃらゴルフカントリーってトコで〜」
 ゆーだいさんが軽くずっこけて、スマホでチャチャって調べてくれる。
「ふーん。知らないけど、きっと良いコースなんだろうな。勿論大会前に一度は行くんだろ?」
「うーん、どーすっかなー」
「いや、行けよ」
「まあ、支配人に聞いてみるー」
「なんか心配だわー、頼むぞ、みなみちゃん…」
 テヘペロしてみる。ゆーだいさんの顔が赤くなる。

 7杯目だったマッコリを飲み干したチャラ男が、何言ってっかイマイチわからん口調で、
「今から横浜のホテルにみんなで行くぞお」
 らしき意味の言葉を言ったので、
「ムリムリ。アタシ門限あっから」
 と言うと、チャラ男くらい酔っ払いのまゆが、
「確か今夜は実家に泊まるって言ってたわよねえ、なら平気じゃない?」
 っぽい言葉を言ったので、ああそーだった、今夜は実家に泊まるってクラブには言ったことを思い出す。
 と言うのは、まあ、ねえ、その、一応クリスマスの夜だし。聖夜だし。ゆーだいさんと(当初は)二人だけだし。遅くなるかもだし。
 なのでせっかくここまで伸びてきた髪をまた坊主にしたくねーので、外泊届を出しといたんだったわ。

 ゆーだいさんに目で伺うと、
「まあ、取り敢えずリューさんをホテルまで送って行こうかと。大丈夫、ひどく遅くなることはないと思う。」
 いーえ。ひどく遅くで結構ですから。そのホテルに酔っ払いまゆも放置して、二人でクリスマス聖夜ドライブがしたいっす!

 目で訴えてみたけど、通じたかなあ。
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