第1章 第6話

文字数 2,788文字

 なんでだよ…
 なんでコイツら、正会員になってんだよ…

「…と言う訳で、みなみちゃん。小林さんと宮崎さんと、ご一緒させて貰いなさいねー、いひ」
 キャディマスター室長の串間さんがいつものキモい笑顔で、
「会員になったばかりなのー、色々教えてあげて頂戴。いいわねえ、いひ」
 ハーーーーー
 全身で溜息をついてしまう。

 このゴルフ場の顔、勤続四十年の串間さん、ことクッシーに言われたら、仕方ないか… これも女子プロになったらクソタレントかなんかとバラエティーでクソラウンドする練習だと思って、諦めるか。
「それとお、今日は池ポチャに注意なさいよお。いひ」
「アタシが池に入れる訳ないじゃん。って、ああ、アイツら… ハアー」
「みなみちゃん、今日は水難の相が出ているからねえー、いひ」
「…りょーかい。で、アウトから?」
「そーねー、インからにしてもらおうかしらー アウトは今、良太ちゃんが回っているからー いひ」
 あーーー
 そっちと回りたかった…

 市木良太。このゴルフ場が誇る、ツアープロ。44歳にして、未だ現役。賞金王一回、国内メジャー2勝の一流プロゴルファーである。
 アタシの子供の頃からの憧れの人である。
 アタシは子供の頃からおじいちゃんと良太さんにゴルフの事を全て教わってきた。子供の頃はいつかこの人のお嫁さんになるんだと妄想していた頃もあった。
 今でも、最愛の奥様がコロナにかかって亡くなったら、ワンチャン…
 …… なんということを考えてしまっているのだろう、あんな素敵で優しい奥様―百合さんの不幸を願うなんて…

 4月に大多慶に入った時。
「みなみちゃん。これからは弟子として、厳しくいくから。覚悟はいいね!」
 ずっとずっと優しかった良太さんが、厳しい顔付きでアタシに言う。
「よ、よろしくおにぇがいしますっ」
「… 噛んだ?」
「噛んだ…」
 良太さんは困った顔で、
「力まないで… 今まで通りで…」
「そ、そーする…」

 あれから半年。アタシの三年近くのサビついたブランクは、良太さんの指導により瞬く間に満たされていく。グリップ、スイングに始まり、アプローチ、パッティング。昔からとっても教え上手だったのだが、ツアーにあまり出場しなくなって人に教える機会が増えたからだろうか、教え上手は更に拍車が掛かり、アタシの成虫(成長?)曲線はヤバいほどになっている。
「陸上やってたのがデカいな… 体幹がしっかり出来上がっている。」
 アタシのドライバーショットを見ながら良太さんが呟く。
「ひょっとして、僕より飛んでんじゃない?」
「ま、まさかあ… そこまで…」
「いいなあ、その飛距離…」
「ちょ、ちょっと良太さん…」
「僕もそれ位出せたら… まだまだ…」

 実は相当ナイーヴでちょっと凹みやすい。
 それでもこのツアープロの技術をメチャ盗みまくり、三年前とは比較にならないほどアタシの実力は付いてきているのだ。
 
 なのにー
 何故、この大切な時期にこんなどシロウトと…
 こんなチャラ男とデカ男と…
 恨むぜクッシー。明日の練習場のボール拾いはサボらせてもらうからなー

 あれ… コイツ、前こんなスイングだったっけ? イマイチ覚えてないけど、もっと無惨なカット起動(軌道?)の野球スイングだったような…
 それが、今。ボールはドロー回転でフェアウエー左に転がっているー
 腰を上手く使えている。前見た野球スイングではない、腕と腰のねん転のよく効いた、そこそこのスイングになっている。
 ボールはさらに転がり、私のティーショットの30ヤード先… って、え、おい、300ヤード?

 チャラ男が飛びはねて喜んでいる。お前のショットじゃねーだろうに。
「みなみちゃんをOver Driveだあー スッゲー、やるじゃん雄大!」
 やけに発音が良い。そー言えば、外国に転勤でどーのこーのって言ってた、かも。
 デカ男は照れた顔でアッざーすとつぶやき、ドライバーをしまう。425。良いクラブ使ってんじゃん。私もそれ使えばあと10ヤード伸ばせんだけどな。
 アタシのリクエストで電動カートは使わず、アタシは担ぎ、彼らはプルカートで回ってもらっている。絶対嫌がりアタシとのラウンドを諦めてくれるかと思いきや、
「いーよー、いーよー。みなみちゃんと回れるなら。俺も担ごうかなー」
 いや。引いとけ。途中で疲れたもうムリ、と言って担がされるのは勘弁だからな。

 第一打地点までの途中。デカ男がブツブツ言いながら歩いている。一眼で分かるーコイツ歩測していやがる!
 235ヤード地点でチャラ男の第二ショット。コイツのスイングは非力なせいか力が抜けていて、悪くない。若干手首をこねる癖があるので、それが治ればもっと素直な球が打てるだろう。
 グリーン手前の花道にボールは落ち、寄せワンのパーチャンス。

 アタシの二打目はグリーンセンター。カップは左奥に切ってあるので、4メートルのバーディーパットが残る。最初のホールはこれで良い。最初からピンを狙うと後が崩れる。良太師匠の金言である。てか、ゴルファーの常識でもある。

 なのに。デカ男は真剣にピンを狙っている。まあ残り87ヤード。その気持ちは分かるがそこが素人だ。案の定狙いに狙ったスイングは力みが入り、引っ掛けたボールはグリーン左奥の林に吸い込まれていく。
 相当悔しかったのか、大声でクッソーと怒鳴る。
「雄大―、言ってんじゃん、ゴルフは紳士淑女のスポーツよん。下品はだーめ」
 淑女、とチャラ男が言った後に、デカ男が私をチラ見した後、クスッと笑った。

 カッちーん。
 何コイツ、マジムカつく。
 ちょっとスイング良くなったから調子乗ってんじゃね? 今日はコイツ、てってー的にぶっ潰す。二度とゴルフしたくなる位、地獄見せてやる!

 そこからアタシは強気の攻め攻め。このバーディーパットは外したものの、11番ホールからどとーの4連続バーディーを決めて見せる。
 デカ男のショックは相当だったようだ、口をあんぐりと開け、15番ホールで5連続バーディーを惜しくも逃したアタシに、
「あの…俺の…何がダメなんだろう…」
 と涙目で聞いてきたので、そろそろ地獄タイムを終了してやることにする。

「どうしたら…キミみたいに、綺麗な球を打てるんだろう…」
 キミみたいに綺麗な人に、と一瞬聞こえ、一瞬赤らんだ己にビンタかました後。
「力。入り過ぎ。アンタ、野球やってたんだっけ?」
「うん…ハイ…」
「前ん時は腕だけで振ってたけど、今日はちゃんと腕と腰、少しマシになったかも」
デカ男が嬉しそうな顔になる。へー。こんな笑顔、あるん。
「は、はあ…」
「でも。まだ全然力みすぎ。もっと力抜いて。グリップ強く握り過ぎ。フォローでスポンって抜けて飛んでいく位で、アンタなら丁度良いかも」
 目玉が飛び出そうな位、驚いている。… いやマジで飛び出てるし。キモっ。
 でも1インチ位、かわいい。
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