第4章 第5話

文字数 2,499文字

 師走に近づき、仕事が増える。主な要因はリューさんのスケジュール管理によるものだ。二社からソフト開発を依頼されており、その締め切りに追われリューさんも俺も流石にゴルフどころではなくなっている。
 師走に入ると年末締めの急な仕事が入り(社長、マジ勘弁してくださいよ…)、更に忙しさは増していく。

「大丈夫ですよ。始めて4ヶ月で100切りの雄大くんなら、問題ありませんよね」
 なんてニッコリ笑顔で言われてしまうと、
「ええ。問題ありません。年末までには終わらせます。」
 なんて大見え切ってしまい、
「ゆーだいー、お前なんて事をー 俺、そろそろ死んじゃうよおー」
 と哭きのリューを叱咤激励し、三つの仕事を平行させていく。

「あの、流石に小林さん、いっぱいいっぱいなのでは?」
 秘書課の鈴木さんが心配そうに俺に問いかけるも、
「まだまだ。あの人、まだ本気出してないから。大丈夫」
「そーなんだ… 小学生の頃からのお付き合いだものね、雄大くんと小林さん」
「そーです。まだまだ。絞れば絞るほど、いいもの出しますからあの人。いひ」

 串間さんの口癖がつい出てしまう。鈴木さんはぷっと吹き出し、秘書室に戻る。
 リューさんにはキッチリ年内に三つあげてもらわねば。そして年始から嫌と言うほど、ラウンドしてやるのだ!
 冬のラウンドは初めてなので、1日18時間は働かせているリューさんに、
「ねえ、冬ってどんなウエアや装備が必要なの?」
「ゆーだい… お前を殺して俺も殺すよ」
 などと意味不明な事を曰うので、みなみちゃんに聞いてみる。
『そーだね(絵文字)極暖の下着と(絵文字)熱を逃さないウエア(絵文字)、それに風を通さないパーカー(絵文字)とかかなー(スタンプ)』

 最近、みなみちゃんとのラインが、楽しい。現役10代の子のメッセージは仕事とリューさんの愚痴に疲れ果てた俺の心の大いなる癒しとなっている。
『アイアン(絵文字)絶好調〜(絵文字)早く一緒に(絵文字)回りたいデス(スタンプ)』
 よし。年末まで、ではなく、クリスマスまで、に三つの仕事をあげてしまおう。

「奇跡、ですか…」
「マジで… あげちゃったのか… 小林さん…」
「信じられねえ… あのリューが… 年末どころかイブに…」
 あれから俺の持ちうる全ての人脈とスキルを動員し、リューさんを極限の究極の限界まで追い込み、とうとう三社のプログラムをクリスマスイブの夜に完成させたのだ。
「すげーな雄大… 流石甲子園球児…」
「人間って、極限まで行くとこんな事まで出来ちゃうんだ…」
「そこまで人を追い込む雄大って… 凄いと言うか、恐ろしい…」

 何とでも言ってくださいよ。今なら許しますので。
 俺は人間の抜け殻と化したリューさんに、
「さ。これで明日から年始まで、ゴルフ三昧だね。まゆゆんが毎回、可愛い女子プロ連れてきてくれるって。」
 リューさんが人間に復活する。
「ゆーだい… ホントなんだろーなー まゆゆんとラウンド出来るってー」

 そう。俺はリューさんを極限まで追い詰める為の餌に、延岡まゆを利用させてもらった。あれ以来まゆゆんとはメル友であり、一回ディナーをご馳走した仲である。
 リューさんの話を(相当盛り込んで)すると、
「へえーーーー I T企業の社長のイケメン御曹司― 会いたあーい」
 リューさんには、
「まゆゆんが、リューさんとラウンドしたくて堪らないって。早く回りたいって。クリスマスの日に回りたいって。クリスマスディナーご馳走して欲しいって」
 まあ、ゴルフ好きの男なら100%、極限状態に自らを追い込み仕事を完膚なまでに終わらせるだろう。

 リューさんも例外ではなかった。いや寧ろ、俺が知っているリューさんの限界をはるかに超越した仕事ぶりだった。
 小林社長は、
「やはり君に当社に来てもらったのは大正解でした。本当にありがとう」
 息子の進化ぶりに感無量の父、といった風情である。
「今夜、なんやら陽菜がご馳走を振る舞うって、家で艱苦奮闘中だそうです。琉生と三人で一緒に帰りましょうか」
 そう。今夜は小林家でディナーなのだ。妹のみなみも一緒なので、俺は素直に楽しみだ。みなみ曰く、最近の陽菜の料理の腕は目に見張る物があるらしい。それもちょこっとだけ楽しみだ。

 驚いた。正直、ここまでやるとは…
 陽菜の作った料理はどれもレストランに出されても何の引けをとらない程の出来栄えであった。みなみによると、料理教室の先生も感嘆する程の腕前らしい。

「陽菜―、おまえシェフになれよおー、パパが出資してレストラン開いてさあー」
 リューさんが酷使され壊れた頭のまま曰う。
「いや、本当に美味しいよ陽菜。ビックリしたよ」
 社長も眼を丸くして驚いている。
「陽菜ちゃん、家でもお料理頑張ってるものねえ。もうママなんかよりずっと上手よお」
 社長令閨も目に涙を浮かべて喜んでいる。
「ね、言った通りでしょお兄ちゃん。陽菜と結婚したら毎日こんなお料理楽しめるんだよ」
 おい、よせ、みなみ。場の雰囲気を壊すんじゃない… ん? あれ…
「いーなーゆーだい。俺も毎日こんな飯食わせてくれる子がいーなあー」
 リューさん、頼む、壊れたままでいてくれ…
「はっはっは。あとは掃除と洗濯だな、陽菜」
 社長、勘弁してくださいよ…
「それはママがみっちり仕込むから大丈夫よ、ゆーだいくん」
 奥方… そんな…
「でも、ゆーだいくんが息子になってくれたら、ママ幸せだな〜 だってゆーだいくん、すっごく気が利くし優しいし。ウチの男達の気の利かなさと言ったら、ねえ陽菜ちゃん」
 陽菜がニッコリ笑ってー先月までのアホっぽさは微塵も無く、フツーのJDっぽく
「だよねー、ママ」
 
 ゴホンと咳払いをした社長が、急に改まって、
「雄大くん。どうだろうか」
 熱い視線が三方向から俺を直撃する。赤、オレンジ、そして薔薇色の…

「陽菜との将来、真剣に考えてみて、くれないか?」

 実は最も強く光り輝いた金色の視線が社長から放たれる。

 流石一流経済人の渾身の一言、そしてその目力だ。俺は首以外全く身動きが取れなくなる。蛇に睨まれたオタマジャクシだ。

 気がつくと俺は静かに首を縦に振っていた。
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