第3章 第1話

文字数 2,817文字

 土曜日が来るのがこんなに遅いとは思いもよらなかった。

 働けど働けど、どれほど練習に打ち込もうと、良太さんと二日もラウンドしようとも、ちっとも土曜日になる事はなかった。
 ああ、スマホ。同じ研修生仲間の翔太も健人もみうも、みーんな持っている。

「てか、今時スマホ持ってねえの、お前くらいじゃねここで…」
「マジ? そう、かなあ…」
「みなみん、いいパパ見つけたじゃん。羨ましいわ〜」
「パパじゃねーし。あっち彼女いるし。」
「でもさ、毎週ラウンドレッスン代貰って焼肉ご馳走になって、その上スマホ貰うって。それ完全パパじゃん」
「いやいや。坊主頭の女にパパする男なんて、いねーって。なあ、みなみ」

 いちいち笑うなボケ。その通りだよ。こんな坊主頭の女に貢ぐ男なんて、よっぽど仏教に心酔してる仏オタくらいじゃね?
「それもそっか。みなみんのその頭、町中の話題だし既に」
「そーそー、ガス屋のバイトの奴も知ってたし。いやー、バズってるわー」
 コイツらにバカにされ、それでも土曜日はやって来ない… 一体地球の自転(公転)はどーなってんのよ!
 こんな思いは小学生の頃のサンタさん以来だ。クリスマスに子供用のクラブをサンタさんが届けてくれると言う怪情報に、心惑わされ気が狂いそうになったあの時と同じかも知れないー
 結局クラブは本当にサンタさんによって届けられ、だが体の成長によって二年間しか使えなかったのだがー

 この間、先週と同様にゆーだいさんから一日毎にメールが送られてくる。ちょっと面倒臭かった、今までは。一々返事するのも読むのも。
 でも、今回ばかりは本心で
『土曜日が来るのが待ち遠しいです』
 と私にしては長文を送ってみたりしたものの、やはり中々土曜日はやって来なかった。

 スマホ。スマホに会いたい。スマホが欲しい。
 木曜日頃にはもはや病に犯された(冒された)感がパナく、うわ言のようにスマホ、スマホとつぶやいていたらしい。
 金曜日になり。ゆーだいさんに
『早く明日にならないかなあ』
 と朝送ってみると、即レスで
『天気良いといいね』
 なんて見当違いなレスに思わずブチ切れそうになったり。そして思わず、
『早く会いたいデス』
 と送信してから、『スマホに』を入れ忘れたけどまいっか、と思いきや、だいぶたって
『俺も』
 と返信が来て、頭にクエスチョンマークが浮かぶ。は? 誰に会いたいんだろ、ゆーだいさん。それはそれっきりに放置し、スマホに何入れよーか考えていたら金曜の夜は一睡も出来なく、それでも目はギンギンの土曜日が、とうとうようやくやってきたよ!

 今日はクラブの積み下ろしを買って出て、11時過ぎに来るはずのスマホ… ゆーだいさんを9時くらいからまだかなまだかなと待ち続けている。
 待ち焦がれながら、ふと考える。あれ、どうして私こんなにスマホ欲しくなったんだろ。みんなの言う通り、この町でスマホ持ってないの私だけかも知れない。それは高校の時、みんながスマホ持っていたけど特に欲しい気持ちにならなく、それまで使っていたガラケーで何ら問題なかったからだ。

 それがなぜ、今これほど?
 完徹で半分寝ぼけている私の脳みそでは、その答えは出てくるはずもなく、時はフツーにすぎて行く。

 11時になった。まだ来ない。
 11時10分になった。まだ来ない。
 11時15分になった。まだ来ない。あせる。
 11時20分になった。ガラケーを見てみるが、何の連絡もない。かなりあせる。
 11時25分になった。いてもたってもいられなくなり、ゴルフ場の入り口に走り出す。おかしい、事故にでもあったのか。

 息を切らせて入り口に立つ。東京方面の道路をながめる。オンボロトラックが無常に通り過ぎていく。
 11時35分になった。なぜだか目に涙が浮かんできた、その時。多摩ナンバーの黒の外車が米粒に見える。コガネムシになる。筆箱になる。引越しの段ボールになる、そして…

「みなみ、ちゃん… どしたの、こんな所で…」
 驚いた顔のゆーだいさんが、左の窓から顔を出して私に問いかける。
 視界がちょっと、にじんで見える。

「ごめんねー、色々このスマホの手続きしてたら遅くなっちゃってさ」
 私は首を振り、
「事故ったかと思った」
「わりー。ちゃんと遅くなるって連絡入れときゃ良かったな。次から気をつけるわ」
 私は手渡されたスマホを手のひらで温めながら、不思議な気分に落ちいる。

 スマホ。やっと手に入れた。
 なのに。なんでうれしくないんだろ。それより、
 事故じゃなく無事に来て、今運転してるゆーだいさんが、
 めちゃくちゃうれしいのは、何なんだろ。
 ゴルフ場の入り口からクラブハウスまでの一瞬のドライブ。こんなにときめいたドライブは今まで知らない。
 半分ねとぼけてる私の脳みそがささやく
 やっと会えたね、よかったね
 いやいやチゲーよ、そーじゃねーし。
 それでも顔がニヤける私、何なんだろう。

「今日こそさ、100切りてえなあ。頼むぜみなみちゃん!」
 顔に精気が満ち満ちている。完徹明けの私とは真逆の顔つき。こんなコンディションでは今日は私自身の練習にならんと、電動カートを使うことにする。
 久しぶりだな、カート使うの。こんなん使ったら、100ホール以上回らないと疲れる気がしない。ま、今日は仕方ないか。完徹明けだし。
 クッシーの許可のもと、今日はフェアウエーに乗り入れOKだ。

「今日の呪い、何さ? クッシー」
 クッシーはアタシをいちべつし、
「残念だけど… 悔しいけど、何もなし。むしろいい事あるんじゃない? いひ」
 あら珍しい。落雷だとか水没だとか、これまで散々人を脅しておいて… てか、災難を予言しやがって… でも、今日はいい事ありそうなのか。ふーん。
「ま。せいぜい、ゆーちゃんとの楽しいドライブ楽しんでらっしゃいな いひ」
 ゆーちゃんって…

 互いにティーショットを終え、ゆーだいさんの運転でカートが動き出す。
 曇り空のもと、赤く染まりかけた紅葉が逆に目にまぶしい。
 カートは風を切りあっという間にセカンドショット地点に到着する。私は難なくグリーンに2オン、ゆーだいさんは5ヤードショート、全く問題なし。
 カートは風を切りグリーンへと向かう。ビックリするほど速く早くグリーン脇のカート道に乗り入れる。
 私がバーディー、ゆーだいさんは3オン2パットでボギー。

 カートは風を切り2番ホールへ走り出す。
 ゆーだいさんとの、ドライブ。
 そっと左のゆーだいさんをチラ見する。緑のちょっと冷たい空気にゆーだいさんのオトナな匂いが混じって私の鼻をくすぐる。
 山ガラスの鳴き声に木々を見上げる。その先の曇り空に一群の渡り鳥がまるで飛行機の変態(編隊)飛行のように飛んでいる。

 ゆーだいさんがさっきから何かしゃべっているけど、ドライブに夢中な私は完全スルーする。てか、会話が全く脳みそに入って来ねえ。

 ねえクッシー、カートドライブ、マジ楽しすぎるよ…
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