第5章 第3話
文字数 2,999文字
遅くなったら申し訳ないと言いつつ、法定速度を1キロも超えることなくゆーだいさんは車を走らせる。
さっきまで、アタシは夢のような時を過ごしていたー
高級ホテルの上層階、大きな窓から見えるヨコハマの夜景、クリスマスの夜。まるでドラマか映画のワンシーンのようなひと時。
そして、(奥で死んでいる二人を除き)ゆーだいさんと二人っきりの、夜。
アタシと彼は向かい合い、見つめ合い。近づき、お互いを感じ。
貴方の瞳に映って見えた光る観覧車、一生忘れないよ。それと、
貴方の胸の暖かさと、左手の温かさ。
ホントにホントに、彼氏と彼女みたいだったな。アタシたち。
でもこの時間はもうすぐおしまい。この車が大多慶の寮に着くまでが、私のシンデレラタイム。せめてそれまで、あと47分間だけ、アタシは貴方の彼女でいさせて…
「それにしても、あの二人。朝までぐっすりだろうな」
急に思い出す。そーいえば、チャラ男とまゆ…
「朝起きて、どんな顔して過ごすんだろ。メチャ気まずいっしょ、ウケるー」
「それな。俺なら、消えてなくなりたい…」
「アタシなら、窓から飛び降りたい…」
「でも… 案外、あの二人、シレッと『おはよおー』なんて言ってー」
「あはっ『お腹すいたあー、高級ビュッフェ食べたあーい』なんて言いそう」
「そーそー。そんで、『じゃービュッフェしちゃおっかあー』なんてチャラく言ってそー」
「しっかし。あのまゆゆんが、あのリューさんに… 意外だったわ〜」
「えー、そーでもないっしょ。だってチャラ男、おんぞーしだし。億り人だし。チャラいけど顔もまーまーだし。そーゆーの好きな女は、フツーに行くっしょ」
「そ、そうなんだ…」
「へへっ ゆーだいさんも気をつけねーと。まゆとかアタシみたいなのに捕まっちゃうぞおー」
と言ってから耳を赤くする。
「まゆゆんはともかく… みなみちゃんなら、大歓迎かも」
「もー。嬉しいこと言ってくれちゃって。コレだから彼女いる男はあかんわ。口が上手いし手も早い。なんちって」
と言ってからちょっと下を向く。
それからしばらくアタシらは無言のままだった。言いたいことや話したいことは山ほどあるけど、今はグッと胸にしまっておく。
助手席から見える工場の光がメチャきれい。カーオーディオから流れるF M放送のクリスマスソングとよく合っている。こんだけ光が多ければ、サンタさんは道に迷うこともないだろーな。運転席のサンタさんを見る。ヒゲは生えてないけど、アタシにいっぱい色んなプレゼントをくれた、世界一のサンタさん。アタシに暖かさと優しさをいっぱい振る舞ってくれた宇宙一のサンタさん。
長―いトンネルを抜けると、海ほたるのP A。トイレ行きたくなったんで、ゆーだいさんに言って停まってもらう。
トイレから戻ると、車の前でゆーだいさんが、
「ちょっと散歩しない? 寒いかも知れないけど」
このまま車に乗ってしまえば、あと30分の命。いや、彼女。
もうちょっと、あともうちょっと彼女でいれる!
「うん。いこいこ」
暗いのをいいことに、そっとゆーだいさんの左腕に右腕を絡める。ゆーだいさんは少し困った顔をしつつ、アタシにニコッと笑って歩き出す。
海ほたるは船みたいな形をしていて、アタシらはその先っちょの方、東京や川崎や横浜がよく見える方に歩いて行く。
確かに、顔に当たる海風は冷たく湿っている。ブルっと身を震わせる、が、ゆーだいさんにくっつくと、身体の中からポカポカが込み上げてくる。しばらく歩くと、少し汗ばむくらいである。
「どお? ここからの景色。綺麗でしょ?」
思わず息を呑む。遠く暗い水平線の向こうに光りさんざめく街の灯。それはまるで、空から落ちてきた星がそのままピカピカ光っているみたいだ。
アタシとゆーだいさんをグルリと囲むように、遠く千葉、東京、川崎、横浜の街の灯りがクリスマスの寒空を暖かく照らし出してる。
でもね。ゆーだいさん。
こーゆートコってさ、あんまし女子連れてこないほーがいいよ。
真っ暗な海の向こうに淡く光る夜景効果でさあ、ゆーだいさんのこと好き、なのが、大好き、にスキルアップ(グレードアップ?)しちゃうんだから。
そしたらどー責任取ってくれんのさ。こんなに人を好きにさせといて〜♪ あ、コレ、節子さんの十八番だったわ。
それからしばらく、寒さを忘れてアタシらは東京湾の夜景に見入っている。さっきからピッタリくっついているので、マジ寒さを超越したかも。
そっと目を閉じてみる。ゆーだいさんとくっついてる部分が熱い。そしてそこからと、胸の奥からの暖かさが身体中に染み渡る。
どれくらい時間が経ったんだろ。スマホの時計はもーすぐ12時。うわ…シンデレラタイムが…あと少しで…
「うわ、こんな時間… ゴメンね、遅くまで…」
「全然っ チョー楽しかったからっ アタシね、この光景もぜってー忘れない。今日のこと、ぜーんぶ忘れない。」
「ありがと」
ゆーだいさんがそっと呟く。表情は暗くてよくわからない。
アタシたちは腕を組んだまま駐車場に戻る。短髪だから無いけど、後ろ髪を引かれる思いってコレなんだ、この歳にして初めて知った。
車に戻り、千葉方面に車を走らせる。木更津市に入る。あと30分で大多慶だ。
「コレでゆーだいさんの仮装(仮想)彼女ターイム、しゅーりょー、だね、えへ」
ゆーだいさんが苦虫をかみ潰したような顔をするんで、ちょっと心がチクンとする。それをごまかし茶化すように、
「あー、そんでさ、もしさ、ゆーだいさんが彼女にフラれたら、アタシ付き合ってあげるよお てれっ… へへ、なんちって…」
あー、やっちった。ゆーだいさん、ドン引きだわ…
「だ、だからー、ウソだって。うっそー。アタシが…」
ゆーだいさんが、横に首を振りながら、ゆったりした声で、
「実は、彼女と」
アタシの目をしっかりと、でも悲しげな目付きで、
「婚約、したんだ」
それから大多慶の実家に送ってもらった間の時間全て、夢の中の出来事のようだった。何を話したかはしっかりと覚えてるけど、それを思い出す時、フワフワしてるのだ。とてもホントにあった事とは思えない程、浮ついた記憶しか残っていない。
確かに年末まであと数回一緒に回ろうと約束した場面は覚えている。だがアタシがなんと答えたかよく覚えていない。
あの日はあの後一睡も出来なかった。翌朝実家で朝ごはんを食べて大多慶に母ちゃんに送ってもらい、昼過ぎから仕事して夕飯食って、寮の寝床に入った。さすがにバタンキューだったが、朝4時には目が覚めてしまい、それから夜12時くらいまで眠れず4時には起きてしまう、そんな夜が続く。
必然、体のキレは悪くなり、また気分的に練習に身が入らなくなっていく。年末までにゆーだいさんは二回来たようだけど、アタシは仕事を理由に一緒のラウンドを断った。
ラインが何本も来たけど、既読スルーしていた。
その内にメッセージは来なくなり、年が明けた。
あけおめメッセージにも返事を出さず、実家で久しぶりの睡眠を貪っていた。
年明けは三日から仕事だ。だが。
抜け殻のアタシは実家の布団に貼り付いたままだった。
じーちゃんと母ちゃんがずっと何か言ってるけど、スルーだ。何も聞こえない。
二人の弟、大二郎、源次郎もなんかわめいているけど、聞こえない。
何だろ、アタシ。どーしちゃったんだろ。
さっきまで、アタシは夢のような時を過ごしていたー
高級ホテルの上層階、大きな窓から見えるヨコハマの夜景、クリスマスの夜。まるでドラマか映画のワンシーンのようなひと時。
そして、(奥で死んでいる二人を除き)ゆーだいさんと二人っきりの、夜。
アタシと彼は向かい合い、見つめ合い。近づき、お互いを感じ。
貴方の瞳に映って見えた光る観覧車、一生忘れないよ。それと、
貴方の胸の暖かさと、左手の温かさ。
ホントにホントに、彼氏と彼女みたいだったな。アタシたち。
でもこの時間はもうすぐおしまい。この車が大多慶の寮に着くまでが、私のシンデレラタイム。せめてそれまで、あと47分間だけ、アタシは貴方の彼女でいさせて…
「それにしても、あの二人。朝までぐっすりだろうな」
急に思い出す。そーいえば、チャラ男とまゆ…
「朝起きて、どんな顔して過ごすんだろ。メチャ気まずいっしょ、ウケるー」
「それな。俺なら、消えてなくなりたい…」
「アタシなら、窓から飛び降りたい…」
「でも… 案外、あの二人、シレッと『おはよおー』なんて言ってー」
「あはっ『お腹すいたあー、高級ビュッフェ食べたあーい』なんて言いそう」
「そーそー。そんで、『じゃービュッフェしちゃおっかあー』なんてチャラく言ってそー」
「しっかし。あのまゆゆんが、あのリューさんに… 意外だったわ〜」
「えー、そーでもないっしょ。だってチャラ男、おんぞーしだし。億り人だし。チャラいけど顔もまーまーだし。そーゆーの好きな女は、フツーに行くっしょ」
「そ、そうなんだ…」
「へへっ ゆーだいさんも気をつけねーと。まゆとかアタシみたいなのに捕まっちゃうぞおー」
と言ってから耳を赤くする。
「まゆゆんはともかく… みなみちゃんなら、大歓迎かも」
「もー。嬉しいこと言ってくれちゃって。コレだから彼女いる男はあかんわ。口が上手いし手も早い。なんちって」
と言ってからちょっと下を向く。
それからしばらくアタシらは無言のままだった。言いたいことや話したいことは山ほどあるけど、今はグッと胸にしまっておく。
助手席から見える工場の光がメチャきれい。カーオーディオから流れるF M放送のクリスマスソングとよく合っている。こんだけ光が多ければ、サンタさんは道に迷うこともないだろーな。運転席のサンタさんを見る。ヒゲは生えてないけど、アタシにいっぱい色んなプレゼントをくれた、世界一のサンタさん。アタシに暖かさと優しさをいっぱい振る舞ってくれた宇宙一のサンタさん。
長―いトンネルを抜けると、海ほたるのP A。トイレ行きたくなったんで、ゆーだいさんに言って停まってもらう。
トイレから戻ると、車の前でゆーだいさんが、
「ちょっと散歩しない? 寒いかも知れないけど」
このまま車に乗ってしまえば、あと30分の命。いや、彼女。
もうちょっと、あともうちょっと彼女でいれる!
「うん。いこいこ」
暗いのをいいことに、そっとゆーだいさんの左腕に右腕を絡める。ゆーだいさんは少し困った顔をしつつ、アタシにニコッと笑って歩き出す。
海ほたるは船みたいな形をしていて、アタシらはその先っちょの方、東京や川崎や横浜がよく見える方に歩いて行く。
確かに、顔に当たる海風は冷たく湿っている。ブルっと身を震わせる、が、ゆーだいさんにくっつくと、身体の中からポカポカが込み上げてくる。しばらく歩くと、少し汗ばむくらいである。
「どお? ここからの景色。綺麗でしょ?」
思わず息を呑む。遠く暗い水平線の向こうに光りさんざめく街の灯。それはまるで、空から落ちてきた星がそのままピカピカ光っているみたいだ。
アタシとゆーだいさんをグルリと囲むように、遠く千葉、東京、川崎、横浜の街の灯りがクリスマスの寒空を暖かく照らし出してる。
でもね。ゆーだいさん。
こーゆートコってさ、あんまし女子連れてこないほーがいいよ。
真っ暗な海の向こうに淡く光る夜景効果でさあ、ゆーだいさんのこと好き、なのが、大好き、にスキルアップ(グレードアップ?)しちゃうんだから。
そしたらどー責任取ってくれんのさ。こんなに人を好きにさせといて〜♪ あ、コレ、節子さんの十八番だったわ。
それからしばらく、寒さを忘れてアタシらは東京湾の夜景に見入っている。さっきからピッタリくっついているので、マジ寒さを超越したかも。
そっと目を閉じてみる。ゆーだいさんとくっついてる部分が熱い。そしてそこからと、胸の奥からの暖かさが身体中に染み渡る。
どれくらい時間が経ったんだろ。スマホの時計はもーすぐ12時。うわ…シンデレラタイムが…あと少しで…
「うわ、こんな時間… ゴメンね、遅くまで…」
「全然っ チョー楽しかったからっ アタシね、この光景もぜってー忘れない。今日のこと、ぜーんぶ忘れない。」
「ありがと」
ゆーだいさんがそっと呟く。表情は暗くてよくわからない。
アタシたちは腕を組んだまま駐車場に戻る。短髪だから無いけど、後ろ髪を引かれる思いってコレなんだ、この歳にして初めて知った。
車に戻り、千葉方面に車を走らせる。木更津市に入る。あと30分で大多慶だ。
「コレでゆーだいさんの仮装(仮想)彼女ターイム、しゅーりょー、だね、えへ」
ゆーだいさんが苦虫をかみ潰したような顔をするんで、ちょっと心がチクンとする。それをごまかし茶化すように、
「あー、そんでさ、もしさ、ゆーだいさんが彼女にフラれたら、アタシ付き合ってあげるよお てれっ… へへ、なんちって…」
あー、やっちった。ゆーだいさん、ドン引きだわ…
「だ、だからー、ウソだって。うっそー。アタシが…」
ゆーだいさんが、横に首を振りながら、ゆったりした声で、
「実は、彼女と」
アタシの目をしっかりと、でも悲しげな目付きで、
「婚約、したんだ」
それから大多慶の実家に送ってもらった間の時間全て、夢の中の出来事のようだった。何を話したかはしっかりと覚えてるけど、それを思い出す時、フワフワしてるのだ。とてもホントにあった事とは思えない程、浮ついた記憶しか残っていない。
確かに年末まであと数回一緒に回ろうと約束した場面は覚えている。だがアタシがなんと答えたかよく覚えていない。
あの日はあの後一睡も出来なかった。翌朝実家で朝ごはんを食べて大多慶に母ちゃんに送ってもらい、昼過ぎから仕事して夕飯食って、寮の寝床に入った。さすがにバタンキューだったが、朝4時には目が覚めてしまい、それから夜12時くらいまで眠れず4時には起きてしまう、そんな夜が続く。
必然、体のキレは悪くなり、また気分的に練習に身が入らなくなっていく。年末までにゆーだいさんは二回来たようだけど、アタシは仕事を理由に一緒のラウンドを断った。
ラインが何本も来たけど、既読スルーしていた。
その内にメッセージは来なくなり、年が明けた。
あけおめメッセージにも返事を出さず、実家で久しぶりの睡眠を貪っていた。
年明けは三日から仕事だ。だが。
抜け殻のアタシは実家の布団に貼り付いたままだった。
じーちゃんと母ちゃんがずっと何か言ってるけど、スルーだ。何も聞こえない。
二人の弟、大二郎、源次郎もなんかわめいているけど、聞こえない。
何だろ、アタシ。どーしちゃったんだろ。