第5章 第7話

文字数 3,144文字

「ねえ、もう頭丸めなくていいからね、そのままでいて頂戴。いい?」
 クッシーさんの必死な顔に、苦笑いでうなずく。

 昨日はゆーだいさん達に寮まで送ってもらい、仲間達から鮮烈な新年のあいさつを受け、なんだか夜通し健人、翔太、みう、グリーンキーパー見習いのヤス達と語り合い、眠気眼で午前の仕事をしている。

 午後からは久しぶりに球を打つ。五日ぶり? 4月から今まで、こんなに打たなかったのは初めてだ。
 体が重たい。硬い。腰が回らねえ。五日もやらないと、人間の体はこんなになっちまうとは…情けねえ。
 それでも、楽しい。体は重たいけど、心が軽い。軽すぎて、弾む。ぴょんぴょん、弾む。

 ゆーだいさんの彼女にはもうなれない。でも、好きでいていいって言ってくれた!
 来週、二人で回る約束をした。それまでに本調子に戻さねば。冬のラウンドは初めてなんで色々教えて欲しいって言われた。色々教えてあげよっと。そんで、焼肉食べながら反省会するんだ!
 楽し過ぎて、気がつくとあたりは真っ暗。体はボロボロ。

 今夜ほど、眠れる夜はないだろう。

「…惜しい…」
 ゆーだいさんが残念そーに呟く。
 おっかしいなあ。パットがちっとも入らねえ。
 ラインは見えてる、と思う。だけど、そのラインにボールが全くハマらない。ラインを読まない上りの強めのパットは問題ない。だけどカップ一個分以上の曲がりのあるパットのラインにボールが全く乗らないのだ。

「ドライバーもアイアンも、調子良いのになー」
「何それ、俺が買ってやったヤツは調子いいじゃん、ってか? きゃは」
「んぐっ そんな訳じゃ… あ、何ならパター、買ってあげようか?」
 一瞬、舞い上がる。のだがー
「んー、大丈夫。あと三ヶ月あるし。明日から死ぬほど転がすぞおー」
 パターも、死んだ父ちゃんの遺品な訳で。そう簡単に別のに替えるわけにはいかない。

 パットはアタシの得意なのだ。今までパットで苦しんだり考えこんだりした事がない。なので、これ程重症なのは初めてだ。今日なんか、2メートルを三回も外した。それも素人みたいな外し方で…
「ちょっと俺のパター使ってみない?」
 ゆーだいさんのパターはオデッセイのトリプルトラック。最近流行りのツーボールタイプ。有り難く使わせてもらうけど、やっぱ、アカン。父ちゃんの残してくれた、このスコッティキャメロンのスタジオセレクトに勝るパターは考えらんない。
「あんがと、ま、明日から何とかするわ。さ、日沈んじゃうし、次行ってみよー」

 空元気を出し、日暮れの西の空を眺める。薄い雲に光が透けて橙色の光が目に差し込む。冷たい風にちょこっと体を震わせる。
 少し不安になり、ゆーだいさんの後ろ姿を目で追う。その広くて力強い背中に少しホッとし、残り3ホールの気合が入る。

 二週間ぶりだな〜ゆーだいさんとのお食事っ
 今夜もいつもの町で二番目の焼肉屋。今日なんかアタシの顔を見た店員が注文の途中で、
「ライス先持ってきますねー」
 なんて言ってくれちゃって。アタシ、ひょっとして、顔?
 毎度、アタシはお腹いっぱいにならないと、人と会話出来ねえ。特にゆーだいさんとの食事はそう。上ハラミ、上カルビ、その他諸々をコメでかき込み、そこそこ腹が落ち着いてからちゃんとした会話が始まるー

「でもさ、みなみちゃんパターにそんなこだわりがあるとは思わなかったわ。だってドライバーもアイアンも、普通に使いこなしてたから」
「まあね。ぶん回す奴って、案外なんでもいいのかも。だけど、パターはあかんわ。使い慣れた奴じゃないと、上手く転がせんわ」
「そんなものなんだ… でも、一体何がアレなんだろう… スイング? タッチ?」
「どーなんだか。まー、五日もサボってたから、そのせいかも」
「五日転がさないと、タッチが狂うんだ?」
「かもね、4月からこんなにサボったの初めてだから。誰かさんのせいでえー きゃは」
「おい。それ言うか。じゃあ、しばらくしたら復調するのかな?」
「うん。ぜってー元に戻すっ」
「おう。期待してるぞ!」
今夜も元気を、ありがとね。

 だけども…
 昨日も今日も、なんかしっくり来ねえ、良太さんに見てもらったけど、
「うーん、別に姿勢とかテークバックは問題ないと思うよ。やっぱりタッチのフィーリングの問題じゃない?」
 なんて素人以下のアドバイスにブチギレて、ドライバーショットを25ヤードオーバードライブしてやった。
「もー。俺も430に替えるっ 絶対替える!」
 駄々っ子かよ、情けねえ…
 
 研修生仲間の健人、翔太、特にパッティングに定評のある(?)みうに見てもらったけど、
「右の手首の角度が浅くなってね?」
「左膝が少し流れてるかもな」
「頭の位置が前より左にズレてない?」
 … オマエら。それ、ホントか?
「「「いやーーー、なんとなく…」」」

 コイツら、今年のプロテスト、アカンやろ…
 だが。そういうアタシもこんなパッティングじゃあ、とても二次予選まで進めない。技術的な問題なのか、精神的な問題なのかどちらか全く分からず、それでも一日一日と予選会の日は迫ってくる…

 そーいえば明日。ゆーだいさんがじーちゃんを連れて膝の病院に行ってくれる日だ。じーちゃんは四年前くらいから膝の調子が悪く、全くゴルフが出来ない状態なんだ。最後に一緒に回ったのはアタシが中三の頃かな、
 じーちゃんは昔アマチュアのでっかい大会で入賞する位のゴルフの達人だ、良太さんとじーちゃんはアタシのゴルフの師匠なのだ。
 もし膝が良くなったら、またじーちゃんとラウンド出来る! そう思うといてもたってもいられなくなり、今夜は実家に帰ることにする。

「ったくオマエは、こないだ寮に、戻ったと思ったら、また帰って、きやがった。」
「チゲーし。明日の事が心配だから、戻ってきたんだし」
「バカやろー、ジジイ扱い、すんじゃねえや」
 って、アンタジジイだし。リアルに。
「で? 膝の調子、どーなの?」
「んー、あんま、良くねーわ」
「どうなん?」
 母ちゃんに話を振る。
「んー、最近は立ってるのも辛いって。これじゃ仕事も、ねえ…」

 杜氏ってのがどんなハードな仕事か知らんが、じーちゃんから仕事もゴルフも取っちゃったら、余りにかわいそーだよ…
 ちょっと悲しくなったんで、じーちゃんの膝をさすってあげる。じーちゃんはソッポ向いて面倒くさそーにしてるけど。

 翌朝。
「そんじゃ、頼むね、ゆーだいさん」
「ああ。任せて。」
「頼むわよ、ゆーだいちゃん。で、私はだあれ?」
「…美加さん。じゃ、行ってきます」

 大きな溜息ついて車は去って行く。検査は10時からで、結果が分かり次第、母ちゃんに連絡してくれるそうだ。
「ホント、いい奴だわ。アイツ。アンタには勿体ないわ」
「だよ、ね…」
「て事で。私が頂いちゃおうかしら♪」
「おい。もうすぐ人夫なのだが?」
「略奪う〜 燃えるわ〜」

 てな事言いつつ、未だ父ちゃん一筋な母ちゃんな訳だが。
 アタシは去って行くゆーだいさんの黒い車に深く一礼し、じーちゃんの膝が良くなりますよーに、と心の中の神様にお願いした。
「ねーちゃん… なかなかいい男じゃん。ガッチリしてて。」
 大次郎の頭をこずく。
「お似合いじゃねえの、結婚しろよ」
 源次郎を頭をマジで叩く。頭を抱えてうずくまる源次郎を更に蹴り飛ばす。
「な、何すんだよお…」

 コレで二人とも、ゆーだいさんの話をしなくなるだろう。口は災いの元。それをキッチリ体に叩き込んでやるのだ。怯えながら見上がる源次郎に更に蹴りを入れて仕上がる。
 そんなアタシらを眺めながら大きなため息をついた母ちゃんが、
「アンタ、たまには家の掃除、手伝いなさいよ」
「わかってるって」
 と言いながら二人の弟を睨みつけると二人は渋々首をコクコク振ったもんだ。
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