第6章 第3話

文字数 3,479文字

「と言うわけで、イノウエのシャフトに付け替えましたから。ちょっと転がしてください」

 みなみちゃんが嬉しそうにパターを受け取り、人工芝の上で早速ボールを転がし始める。
「どうですか、フィーリングは?」
 … みなみちゃんは返事をせず、全集中で転がしている。10球ほど転がして、深く頷きながら、
「コレです。この感覚。斜面で転がしてみないと、だけど。コレで合ってると思う」
 テルさんんがホッとしたような顔で顔を綻ばす。
「いやあ、責任重大だよね、もうすぐプロテストなんだからね。少しでも変だと思ったら、すぐに連絡してね」
「あっざーした!」
「それと、ドライバーやアイアンの調子はどお?」
「もはやアタシの体の一部っす。サイコーっす」
 あははは、と最高の笑顔で笑う。
「よおし、みなみちゃんがツアープロになったら、毎月コースに出張フィッティングしに行くよ。」
「えマジ? チョーサイコー!」
「良太ちゃん以来だなあ、そーだ、車買い替えよっかな〜♪」
 ちょっと嬉しそうでもある。

「そう言えば、源さんどうしてる? 膝を相当悪くして、もうゴルフ出来ないって聞いたんだけど…」
「それがさ。先週東京で膝の手術受けてさ、来月にはまたゴルフ出来るよーになるんだってさ」
「ええ、ホント? じゃあ、復帰祝いにドライバーでも買っていただこうかな〜♪」
「買わねーし。ビンボーだし。あ! そーだ。良太さんがさ、アタシの430スッゲー欲しがってたよ。来月さあ、大多慶来なよ、じーちゃんの復帰戦やるから! そん時売りつけちゃえ」
「マジマジ? 行く行く! 俺も一緒に回りたいかも!」
 こうしてみなみちゃんのパターは復元に成功した。

 一刻も早くグリーンで転がしたい、と言うので即座に大多慶に引き返す。クラブハウスに着くや否やパターを握りしめて車を飛び降り駆けていく後ろ姿に笑みが止まない。
 俺もメンバー特権で練習グリーンのみなみちゃんを見に向かおうと思い、車を停めてクラブハウスに入る。夕方4時、一般客は誰もいない。と思いきや、

「おお、雄大くん。あの子のお守りかい、ご苦労さま」
 古参のメンバーである、佐藤さん。高橋さん。鈴木さん。
「お疲れ様です、御三方で回ってらしたのですか?」
「そうなんだ、始めたのが遅かったから。たったさっき上がったんですよ」
 そう言えば、俺はリューさんと社長以外のメンバーさんと回ったことないわ。
「ところで、源さんが膝の手術受けたって、ホント?」
「ええ。先週東京のクリニックで手術して、無事成功しましたよ」
「「「おおお!」」」
 三人とも嬉しそうだ。何だか俺も嬉しくなってしまう。
「来月の末にはゴルフも出来るみたいですよ」
「「「うおおおおお!」」」
 …ちょっと引くわ…何ですか、そのリアクション?

「遂に、魔術師の帰還ですな」
「またアレが観れるんだ、長生きして良かったわい」
「ああ、また色々教わりたいなあ」
 そ、そんなに?
「そうか、雄大くんは知らないか、源さんの生プレー」
 去年メンバーになったばかりだし。去年ゴルフ始めたばかりだし。
「一度見たら病み付きになるよ。ふっふっふ」
 何それ。凄く観てみたくなるんですが。益々来月の復帰ラウンドが楽しみだなあ。

「「「何だって? 復帰ラウンド?」」」
「え、ええ。僕とみなみちゃん、良太さんと四人で…」
「「「ちょっと待てい!」」」
 そ、そんな何度もハモらなくても…
「「「いやいやいや」」」
 ですから…
「ねえ高橋さん、復帰コンペ、だよね?」
「それさジュンちゃん。よおし、みんなに声かけてみっか、あ、おーい、支配人! 照夫ちゃーん、ちょっと来てよ、あのさあ〜」

 結局、総勢80名の大コンペとなったのだった…

「…… 何ですか、それ…?」
 高千穂院長が絶句する。目が虚になる。口は半開き… の筈だ、マスクで見えんけど。

「あの、何日ですか? おーい、カナちゃーん、ちょっとさあ、来月の僕のスケジュール見てくれない? え? 28日の日曜? カナちゃーん、28日は? え? マリナーズのキャンプ帯同? それ北村くんに代わってもらってよ。ええ? 夜に監督と会食? ダメだよコロナなんだから会食は… え? いやー、だからあー、その日ね、この源さんの、大事な復帰戦なんだよ、だから主治医として…うん、そうだ。カナちゃん。僕、主治医としてラウンドに付き添わなきゃダメだよ。でしょ? え、ぼ、僕は…ちょっとしちゃおうかなと… お願い! カナちゃん、この通り! お願いっ お土産に源さんの日本酒買ってくるからさあ。分かった、一升ね、よしよし。ゴホン。ところで、宮崎さん、そのコンペ、まだ空きが有りますか?」

 俺は大笑いしながら、
「増やします。先生の為なら」
「嬉しいなあ、有難うございます。いやあ、楽しみだなあ、え? ああ、そうだったカナちゃん、絶対家内には内緒だよ、うんそう。そうだよ、もしバレたら僕…」
 … やはり結婚すると、ゴルフ自由に出来ないんですかねえ…

「それはね宮崎さん」
 先生の目がキラリと光り始める。
「世界共通の夫の悩みなんだよ。ちょっとした、いや重症化すると厄介な病気なんだ。通称、『ゴル夫病』と言われてるんだけどね」
 何それ! 全然知らんかった…
「最悪、死に至る恐ろしい病気なんですよ」
 嘘だ… そんな病気、どんなゴルフ雑誌やネット記事にも書いてなかったぞ… 因みに、どんな症状なんでしょうか?

「発症から死亡まで大体こんな感じです… 結婚後に夫がゴルフを始める、子宝に恵まれる、夫は益々ゴルフに没頭していく、妻は育児に忙殺される、更に夫はゴルフにハマっていく、妻子はゴルフを憎み始める、緊急家庭会議の末、夫のゴルフは月一制限となる、夫の禁断症状が始まり半年後には重症化する、やがて家庭裁判所に入退院を繰り返すようになる、最悪なのが末期症状です。ある日ゴルフバッグと共に夫は失踪し、北か南の島嶼部で身元を明かさずに生息していく… 7年後妻子は家庭裁判所で死亡認定を受理される… どうです、恐ろしい病でしょ?」

 俺と源さんは脇の下に冷たい汗を感じる。って、源さんアンタは花の独身でしょうが… ゴルフに嵌った故、生きているのに死んでしまうとは… 正に死に至る奇病。なんと恐ろしい病…
「で、そのお病気に、ワクチンとか特効薬はないんですか?」
 日本の名医の眉間に皺が寄る。
「ありませんね。対処療法しか認知されていません」
 俺はゴクリと唾を飲み込んで、
「先生、是非ご教授ください。俺、秋に結婚するんです!」
 
 先生の銀縁メガネがキラリと光る。フレームを意識高目に左手人差し指で上に上げながら、
「対処法は三段階です。まず第一処方。入籍前に書面で確約書を作成してください、毎週末のゴルフの権利を明確に記したものです。出来れば週末一回、平日一回の月8回分を確保できれば成功です。」
 俺はスマホを取り出しメモ帳に書き写す。
「子供が出来て育児が忙しくなった頃に第二処方です。確約書の改訂作業、です。月に8回と言う部分の訂正を原告に告げるのです。半分の月に4回にする、と。空いた時間は子供の世話を全力でしてください。ここで一つ重要なポイントがあります。仕事が出来る有能な方の多くがー育児とゴルフをリンクさせます。」
「それは…具体的に?」
「簡単です。三歳になったら、練習場に子供を連れていくのです。30分もすれば子供は確実にやりたがります、そこでー」
 先生が不敵に笑う。
「子供を巻き込むのです。子供に感染させるのです、親子感染させるのです」

 おおおお! ゴルフ病に子供を! 成る程名案だ! これならその後…
「但し。副作用があります。ゴルフ費用が倍、第二子も感染すれば3倍、となり資金不足を誘発してしまう可能性が高いです、いや確実です。」
「それなら、前もってプールしておけば…」
「それが唯一の処置と言えましょう。是非、今日から第二口座あたりに資金を貯め始めてください」
 俺はメモリながら深く頷く。

「そして。発症して20年以上経った患者さんへの第三処方です。それは〜わかりますか宮崎さん?」
「…原告に、感染させる?」
「That’s Right ! その通り。流石小林さんの愛弟子。あなたは実に優秀な方です」
 そうか… 陽菜は今でもゴルフをやるが、イマイチ嵌ってない。あくまで嗜みとしてクラブを振っているのだ。それならば数十年後の将来…
 陽菜との未来予想図3を描いていると、不意にみなみちゃんの笑顔が目に浮かんでくる。

 きっと俺は、ゴル夫病が突然変異し、新型ゴル夫病に南(難)病化するのだろう…
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み