第6章 第6話

文字数 3,464文字

 3月に入り、すっかり暖かくなる。コロナ禍もだいぶ落ち着き、世間のギスギス感も閉塞感も大分緩和されてきているように思えるんだけど。

 予定通り、アタシのプロテスト予選会は3月10日から三日間の日程で行われる。場所は群馬県の安中カントリークラブ、群馬でも名門ゴルフクラブとして知られている所らしい。もちろん一度も行ったことねえ。てか、アタシ、遠足や修学旅行以外で千葉から出たことねえ。
 そこは富岡製鉄所という有名な工場のある(…?)富岡市と隣接していて、千葉からだと電車で4時間以上かかるみたい。
 車ならばアクアライン経由で東京を横断し、関越自動車道と上信越自動車道を使えば三時間ちょっとで行けるみたい。

 支配人が車で連れてってくれるはずだったんだけど、同じ時期に大多慶G Cで中高生のジュニアの大会が開かれる日程と重なっちゃって、仕方なく電車で行くことになる。
 健人、翔太、みうはその翌週、福島のゴルフ場で行われる予選会に出場すんので、アタシはボッチで行かなきゃならん。
 宿は支配人が知り合いに頼んで手配してくれた。ラッキー。でも一人で四時間以上電車… マジ憂鬱(!)になる。

 じーちゃんと母ちゃんは仕事があるからムリ。ゴルフ場のスタッフもバリバリ仕事あるからムリ。ああ、3月半ばの平日、ヒマぶっこいてるヤツいねえかな…
『よかったら、俺が送って行こうか?』
 神! あなたは神ですか、ゆーだいさん!
『マジマジマジマジマジマジマジマジ??????』
 電話がかかってくる。やった。声聞ける!
「何曜日の何時に現地入りしたいの?」
「えっとお、火曜日が前日の練習ラウンドなんでえ、月曜の夜〜」
 延岡スキルをフル活用だ。
「成る程。8日、月曜の夜、ね。わかった。大多慶に5時でいいかな?」
「やった! ラッキー! マジ助かります〜」
「お安い御用だよ、途中のS Aかどっかで夕食とれば、9時には現地着けるね」
「もー、お任せっす! 何なら夜アタシの部屋に泊まってってくださーい」
 しーーーーーーーーーん
 あ。やっちまった…
「ハハハ… 次の日仕事早いから… 遠慮しとくよ」
 ハア… やっちまった……

 それでも。三時間以上のドライブ! それも行ったことのないトコへの二人きりのドライブ! メチャテンション上がるアタシは、練習にも気合が入る。
 こないだのじーちゃん復帰お祝いコンペのグロス優勝はちょっと嬉しかった。だって良太さんにも、そしてあのじーちゃんにも初めて勝ったし。あん時のじーちゃんの満面の笑顔は生まれて初めて見た気がする。
 あれ以来、ショットの全てが好調だ。早く予選会が来て欲しい。

 だが。アタシの次の週に予選会に出る研修仲間の三人の表情が暗い。暗すぎる。
 三人ははそろって、
「「「調子出ないー」」」
 と泣き言言ってやがる。実際、ショットはバラバラ。パットもグニャグニャ。それより何より、戦いの前だというのに、すでに弱気の虫に取りつかれ、
(ダメならしょーがねーか)
 位の気持ちでクラブ振ってる感じだ。

 特に今年が3回目の受験になる健人は、もし今回ダメだったら実家の小料理屋を手伝う約束を親としてるんで、二言目には、
「あーー、もうダメだあ。仕方ねーから包丁握っかなあ」
 なんてこぼしやがる。
 今日三人と一緒にラウンドしたんだけど、健人は自信のなさと諦めがショットにありありと出ているわ。こればかりはアタシのアドバイスなんて何の足しにもならん。
 なので逆に心を鬼にして、
「こんなんじゃ、あと二週間だな。一緒に回れるの。」
 アタシより背の低い健人は更に体を小さくしてしまう。
「ま。小料理屋、いーんじゃね? アタシプロになったら、食いに行ってやるよ」
 翔太とみうが目をむく。
「おい! 何言ってんだよ、みなみ!」
「ちょ、ひどくね?」
 
 アタシは二人に向かい、
「オマエら! 人の心配してる場合かよ? このままで二次予選、行けんのかよ?」
 二人はアタシをにらみつけて、でも下を向いてしまう。
「わりーけど。アタシは一人で先進むぜ。こんなとこでトモダチごっこしてるヒマ、ねーし。とっとと合格して、ツアー出まくって、金稼ぎまくるぜ。アタシ、一人で!」
 三人はキッと目を光らせアタシをにらむ。
う ん。それでいい。その目をしてる限り、アンタらは一次は突破できる!
「調子出ねえ、じゃねーよ。調子はテメーで出すもんなんだよ。あと二週間あんだろ? 気合いで調子、出せやコラ!」
 健人はブルブル震えてる。
「包丁握んのは、全てをぶつけてからだろーが。何テメー中途半端に逃げよーとしてんだよ。男なら全力でぶつかって、バラバラになってから次のこと考えろや。今は予選会に、命かけろ!」
「ちく…しょう」
 普段穏やかな健人が怒りに震えてる。うん。コレでいい。こいつに足りねえのは、パワーだ。怒りや喜びからくるパワーが足りねえ。
 あ。ちなみに健人は今年二十二。アタシの三こ上な。
「見てろよ… みなみい… テメーになんかに、誰がメシ作ってやっかよ!」
 うん。コレでいい。と思う。のはずだ…

「今年は… 三人とも、鬼気迫る感じで、いいじゃない いひ」
 クッシーが怪しいニヤけ顔でボソッとつぶやく。
「ったく。アイツら、やる前からやる気無くしてやがって。先週、ちっと〆てやったんだわ」
 大笑いしながら、
「一番年下のあんたに言われちゃあねえ。そりゃあ火がつくわね。みなみ、ナイース いひ」
 そうなのだ。翔太は二こ上、みうは一っこ上なのだ。

「でも、健ちゃんは来週ダメだったら、実家帰るのよねえ…」
「大丈夫じゃね。一次予選くらいは。そんくらいの実力はあるさ。」
「そうね。健ちゃんは、大丈夫。うん。いひ。」
「ああ。三人とも、一次はなんとかなんだろ。うん。」
「そうね。それより… ううん、なんでもない…」
 クッシーはアタシを憐れみの顔で… おい… よせ…
「うわ… また変な占いか? やめろよ?」
「んーーー じゃ。言わない いひ」
「言えやコラ! 寝れんくなる!」
「じゃあ。あっちの方角と」
 と言って、南を指差し、
「こっち。気をつけなさいよ いひ」
 東を指差しながら、いつものようにニヤニヤするのだった… キモ。

 ちょいと気になったんで、スマホで安中カントリーのレイアウトを見てみる。うーん。わからん。別にハザードがある訳でもなし、強いて言えば南東はやや低地になってるかも。てことは雨になったら水が溜まりやすい? それとも榛名山の吹き下ろしの風下だから?
 わからん。よって、気にしないことにする。

 案の定、翌日には、んな事すっかり忘れ去り、ちょいと短めにカットしてくれた10番グリーンでアホほど転がし、いよいよ明日、安中カントリーへの出発となる。
 あれ以来、アタシらは変にベタベタせず、適度な緊張感を持って互いに接し、中々の仲間コンディション(?)を保っている。
 もう三人に諦めムードや弱気モードは見られず、来週の予選会に備えレイアウトの研究に余念がない感じだ。
 
 アタシは一人受験なのでレイアウト研究もお一人様だ。てか。今まであんまコースのレイアウトとか真剣に事前勉強したことがない。それを言うと、三人が
「「「有り得ない!」」」
 と言って、自習ノートを各々見せてくれ、ビビった。何コイツら、メッチャ勉強してんじゃん!
「おおお、おまいら… すげーよ。これなら来週、三人ともイケるんじゃね?」
「「「オマエのノート、見せろ」」」
 … ねえし。たまにスマホでコース眺めてるし。それでじゅうb…
「「「バカか、きさま!」」」
 メッチャ叱られ、一から安中のコースの予習を始めるのであった… ウザ。

 どーせ明後日練習ラウンドあるんだし。そこで地味に覚えりゃいいじゃん。
「「「全然、ダメ!」」」
そ れからアタシは三人に地獄の授業を受けさせられたー
 三月の安中市の風向風速。明後日からの週間天気。ハザードの種類と位置。O Bの位置。各グリーンの傾斜。
 ちょっとおもろかったのは、プレーした人の口コミのチェック。アベレージゴルファーと一緒にすな! と思っていたのだが、
「ほら、見てみ。みーんな7番の池が難しかった、って書いてる。あと15番のパー5も。練習ラウンドでは、要チェックだぜ!」
 な、なるほど… ちょっと食い付く。

「おおお、山菜天ぷらそば、メチャ美味いって! あと安中ビーフ丼も! これも要チェックだわ!」
 お約束で、三人から頭を叩かれ〜
 ああ、早く行きたい。早く打ちたい、早く回りたい。
 そんで。早く、一緒にドライブ、したい…
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