第4章 第4話

文字数 2,277文字

「みなみちゃんのヘッドスピードとボールの回転数なら、L S TよりM A Xがいいと思うよ。あとは、シャフトだねえ、T E N S Eでちょっと打ってみようか?」

 夢みたい…
 ゆーだいさんと同じ(型は違うけど)ドライバーが手に入る? 嘘でしょ?
 そんな夢心地でパカスカ打ってたら、
「ハハ… やっぱ、その辺のアマとは全然違うなあ」
「やはり、ミート率ですか?」
「ええ。これだけ毎回ちゃんとミートしてくれたら、このクラブも悦びますよ、ヒーヒー言って」
 … このオッさん、ちょっと、変。でも、許す。何故ならゆーだいさんがいるから。

「でもこのモデル、納入に時間掛かるとか…?」
「そうなんですよ。今大人気で。生産が追いつかないくらいに」
「なる早で、いつ頃納入できますか?」
「確か、選考会が3月でしたっけ? 今からだとクリスマス位かなあ」
「それだとたった3ヶ月… みなみちゃん、間に合いそう?」
 アタシは力強く首を縦に振る。
「任せなさーい。大丈夫でーす。」
 ゆーだいさんはホッとした顔で、
「わかりました。じゃあお願いします。」
「ありがとうございます。2本、ですね?」
「ええ。2セットで」

 ハアーーー?

「いいよ、一つで。大事に使うし」
 ゆーだいさんは首を振って、
「ダメ。だってこないだみたいな事が又起きないとも限らないだろ。プロになるんだから、予備のセットはちゃんと持っておけよ」
 いやいやいや… そんな研修生、いねーって…
「研修生? キミはプロになる。違うか?」
 はあ。
「ですよね、店長?」
 まあここでうなずかない店長なら店はとっくに倒産してるだろーな。快く頷いた店長は、
「アイアンは来週用意できますので。二セット、間違いなく」
 と言って超うれしそうな顔でニコニコしてる。
 何だかメチャ申し訳ねーんすけど…

「なんか、申し訳ないっす…」
 だってさ。ゆーだいさん目立たない様に会計してたんだけど。アタシ視力だけは自信があるんだわ。多分3.5はあるんじゃねーかな。そんでさ、レシートを遠くからちょいと見てみたらー
 見たことのない数字が書いてあるじゃありませんか!
 そりゃ、おニューのセットを2つ揃えたら、そんぐらいイっちゃうのは知ってたけどさ…

「あの、なんならこの身体でお返し、しますけど… なんちって」
 アタシの寒いギャグにまさかの爆笑で返してくるとは。
「勿体ないって、みなみちゃんの身体くれるなんて。ファンクラブの会長はそんなこと求めてないって」
「ですよねー。この貧相なゴツい身体じゃ、値段つかないっすよねえ、痛―」
「いやいや、こんな綺麗な顔した若い子、俺には勿体ないって話。それより、何食べる? とんかつ?焼肉?」
上手に流されちゃう。
「何でもいいっす。今、胸一杯で食欲ないんで」
「嘘つけ。さっきから腹鳴ってんじゃねーかよ!」
「バレたか。てへ。」

 何故かゆーだいさんがテレる。やっぱこの人、そっち系が好みなんだな。ま、アタシがやったら単にキモいだけだからやらんけど。
「じゃあ、中華がいいっす」
「よーし。好きなだけ食べろよ。今、探すからさ〜♪」
 あかん。好きすぎる。
 幸せ、すぎる。

 どーもアタシは昔から年上好きな様だ。同年代や年下には全く興味がねえ。初恋は良太さんだったし、中学の時は新人の理科の先生。アレはマジヤバかった、出来れば駆け落ちしたいくらいに惚れてたわ。
 高校時代は…特にいなかったかな。強いて言えば路線バスの若い運転手だった杉山さんかな。ま、一言も話しかける事もなく、ある日いなくなっちゃったけど。
 ぶっちゃけ。彼氏歴ゼロな訳で、男子と二人きりでこれ程親密に会ったことはなく。今でさえ、ゆーだいさんが来るまでの間、いても立ってもいられなくて思わず入り口まで走っちゃう程で。会うまではマジ緊張してドギマギするんだけど、助手席に座って運転席の横顔を見ると、緊張よりも喜びが勝り、嬉しくなってくるのだ。

 もしも。ゆーだいさんに彼女がいなかったら。アタシの事を選んでくれるだろうか。
 そんな妄想遊びが最近のアタシの日課だ。
 だけど今日は。妄想遊びじゃなく、ごっこ遊びの日。
 今日は私はゆーだいさんの彼女の日。ゆーだいさんは私の彼氏の日。二人でドライブ、お食事。そして…
 きゃっ
 妄想の世界で一人盛り上がるアタシを不思議そーに眺めながら、ゆーだいさんは車を走らせる。

 腹一杯に中華をゴチになり、時計を見ると8時過ぎ。門限の9時まで小一時間。名残惜しいがそろそろ帰宅の途につかなけりゃならない。
「アイアンは直接大多慶に送ってもらえるそうだから、届いたらすぐに使ってみてな。」
「あい。」
「俺、今週末から師走、12月にかけては仕事とか用事があるんで大多慶行けないけど、クリスマス明けには行くから。その時は新しいアイアンとドライバーショット、見せてくれな」
「あい。」
「それまで、ドライバーはどうする? よかったらさ、俺の425使ってていいけど…」
「あい。」
「…? みなみ、ちゃん? 聞いてる俺の話?」

 ゴメンなさい。何も聞いてませーん。だって。仮想彼氏との夜のドライブ満喫中なもんで…
「うわ… あと30分か。門限に間に合わせないと…」
 軽い加速感を感じる。シートに遠心力(加速力?)で押さえ付けられる。そっと眼をつむる。ベットに上で彼氏に押さえ付けられ感に変換されるー
「みなみちゃん… 目瞑ってニヤニヤして… さっきの北京ダック、そんなに旨かった?」
 もちろん美味しかったですとも。でもでも、今はちょっと寝たフリさせてね。

 あと30分だけ、あなたの彼女でいさせてください。
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