第5章 第5話
文字数 3,123文字
こんな感じになるのは、あん時以来だ。あん時とは、延岡まゆに干され、ゴルフ部を辞めた頃だ。あの時は夏休み前だったのだが、結局一夏何もせずに家に引きこもっていたわ。
脱力感がぱない。なーんもやる気になれない。大晦日の夜のお笑い番組も紅白も見る気になれず、正月もお節食った時以外は部屋から出る気になれず。
スマホの電源も切ったまま。今日から仕事始めだったけど、ダルいから休むって母ちゃんに連絡してもらった。
じーちゃんは、
「ほっとけ。その内起きてくるわ」
と放置プレイ。正直、それが助かる。
弟達も腫れ物に触るようにアタシから距離を置いてくれてる。スッゲー助かる。
あれ、アタシ今年風呂入ったっけ? 面倒くさくて、多分大晦日以来風呂入ってないや。
窓を開けてみると冷たい正月の空気が部屋に入ってくる。部屋にこもったアタシ臭さが少しマシになった気がする。でも寒いのですぐに閉める。
「みなみー、もうすぐ宮崎さんと小林さんがいらっしゃるって。ちゃんと挨拶しなさいよー」
ハア? 母ちゃん、何言ってんの? 母ちゃんがアタシの部屋の外からなんかとんでもないことを言い出す。
「で、誰? 宮崎さん? 小林さん?」
アタシは慌てて飛び起き、部屋の襖を開け、
「何で?」
「それは私のセリフだよ。誰? 何で?」
親子でクエスチョンマークを投げ合っているうちに、車の止まる音がする。え? マジで?
「源さん、お邪魔しますよ、東京三葉銀行の小林です」
玄関から紳士じーさんの声がする。小林って、社長の方かい!
「ちーっす。お邪魔しまーす」
ちっ 何でチャラ男まで…
「こんにちは、お邪魔します」
胸にグリーンフォークが突き刺さった痛みを感じる。ホントに、来たんだ。
え…
会いたくない。
でもリトルみなみが歓喜する。
来てくれたんだ! チョー嬉しい!
でも、どんな顔して会うの? 何を話すの? もうすぐ結婚する人と、何を話せばいいの?
でも、チョー会いたーい。既読スルーしてゴメンなさいしたーい。
いやいやいや。会えんだろ。会いたくねーわ。もーすぐ(いつか知んねーけど)婿に行くヤツと会いたかねーわ
いやいやいや。会いたいよお。会ってまた一緒にゴルフしたいよお
一人で激戦している内に、じーちゃんのすっとんきょな声が聞こえてくる。
「あれあれあれーー、小林さんじゃないさ、いやー、懐かしい、ささ、どうぞどうぞ」
あーあ。家に上げちゃったし。
さーどーする、みなみちゃん。
会う?
会わない?
どっちにしろ、何しに来たんだか確かめなきゃならんわな、そんな訳で、客間近くの話し声が何とか聞こえるところまで貞(偵)察に行く事にするー
「…と聞いたんですけど、お加減は如何ですか?」
なんだ。じーちゃんの膝の話してんのか。
「そーなんだよねえ、4年前にさ、膝をやっちゃってさ。杜氏の仕事の方は、大丈夫なんだけどさ、ゴルフはちょっと、難しいんだわ。それにしても、懐かしいなあ、おい美加、あれ、持ってきてくれ」
アレって、アレかなあ。
「ささ、どうぞどうぞ。運転はどちらが? 宮崎さん、が運転ですか。じゃあお猪口は二つでいいですね」
「うわ… みなみちゃんママ、マジ美しい…尊い…」
「あーら。若いのに口が上手な事。へー、小林さんの息子さんなんだ、似てねー」
「不詳の息子でして。以後お見知り置き下さい。それとこちらが息子の友人で私の会社に勤めてもらっている宮崎雄大君です。」
「あーーーら。あーら、あら。ちょっと、おじいちゃん、こっちの人、みなみ好みじゃない?」
よくわかってんじゃねーか。さすが母ちゃん。
「あ、初めまして、宮崎です。みなみさんには大変お世話になっています。」
「あらあら、初めまして、みなみの母です、やだ、ホント素敵な人じゃない」
ちょ… やめろ母ちゃん… 本気出すなよ、ゆーだいさんが…
「亡くなった主人にちょっと似てるかも… あら、御免なさい、失礼よね…」
「い、いえ、そんな事は…」
ヤバ。母ちゃん、本気出しかけてっぞ。マジやめろ母ちゃん、アンタが本気出したらアタシなんて敵いっこねーし…
「御免なさいね、今日は運転だからおじいちゃんの本気のお酒差し上げられなくて。今度、車置いて飲みにいらっしゃいね、一緒に飲みましょ。ホントに美味しいのよお」
アカン… このままじゃ、ゆーだいさん…
「ちょっ 母ちゃん、ゆーだいさん困ってんd―」
気が付くと客間の襖を思いっきし開けてしまった!
そして客間には母ちゃんに迫られ、満更でもなさそうなデレ顔したゆーだいさんが…
なんかアッタマきたので、ツカツカと歩み寄り、あぐらかいてるゆーだいさんの横っ面を
パシっ
と叩いて、場を凍らせてしまう。
同時にー
あの時以来、ずーっとぼんやりしてた頭がスッと晴れ、メチャ驚いた顔してるチャラ男、紳士じーさん、ウチのじーちゃん、母ちゃんの顔がハッキリと見てとれた。そしてー
あの時とおんなじ顔してるーそお、ドライバーを17番の池に放り込んだ時と同じ顔で凍りついてるゆーだいさんの顔を見て、腹の底から嬉しさと可笑しさが湧き上がり、5分ほど大笑いが止まらなくなってしまった。
「マジ、この酒、神ってるわー 俺、ポン酒あんまやんないんすけど、これはチョーいけますって。こんな美味いポン酒、初めてだわー」
「だろ。源さんの酒は、神ってるんだよ」
メチャ上機嫌じゃん、紳士じーさん。
「この人さあ、味にうるせーんだわ。初めてウチの酒蔵来た時にさ、利酒しまくって、散々講釈たれやがって。結局、買ってったの、一本だけ。金持ちのくせにさ、ケチな野郎だったよなあ」
「ああ、思い出したあー、あの小林さんねー、でもあの後近く来たら必ず寄ってくれてたよねえ、一本しか買わんけど」
「いやー、大多慶小町が覚えてくれていて、光栄です」
「大多慶小町? って、おばさんじゃん… あっ ひっ」
母ちゃんが昔の杵柄、メッチャガン飛ばし光線でチャラ男を焼き殺す。母ちゃんは高校まではかなーりグレてたらしく、言い寄る半端な男は睨み殺していたって。
「小林さんは、こっちの方はどーなんだい」
じーちゃんがスイングして見せる。
「まあ、ボチボチです。あれからイギリスに転勤になって、あっちでリンクスとか回ったんですよ。是非源さんと回りたかったなあ」
「ほー、そいつは羨ましいわ。あれか、回った後は、スコッチで乾杯ってか?」
「そうですね、樽の匂いが渋く効いたヤツをこう、クイって。最高でしたよ。でもね、やっぱり酒は日本酒に限る。それもこの大多慶酒造の特別大吟醸、『南風』。うん。これが一番!」
ちなみに。この酒の名前は、アタシから取ったんだってさ。
「この口に入れた時の風味。フルーティーながらもしっかりした舌触り。まるでグレープフルーツのような舌触り。そしてこの喉越しの滑らかさ。ツルんって喉を転がるように入っていく感じが堪りません。そしてさらにー」
「出たよ出たよ、いやー懐かしい、コレを一時間以上、続けんだぜ、この人」
うーん。フツーに面倒臭いわ。紳士じーさん。
あ。ゆーだいさんが笑ってる。
いいなあ、やっぱこの人の笑顔。マジいやされるわー。
「でも、わかるよパパ。この酒さあ、ワインみてーに飲みやすいんだよお、マジうめー」
黙れチャラ男。何なら、死ね。てか、まゆにもてあそばれ苦しみ悶えろ。そして、死ね。
あれ。アタシ、笑ってる。
口開けて、大笑いしてる。今年の初笑いかも。
母ちゃんがそっと卵焼きを差し出す。それを受け取り、一切れ食う。マジうまい。もう一切れ食う。チョー美味い。腹が突然、グリュリュリューーーと鳴き響く。皆は一瞬呆気に取られ、そして大爆笑する。くっそ。
脱力感がぱない。なーんもやる気になれない。大晦日の夜のお笑い番組も紅白も見る気になれず、正月もお節食った時以外は部屋から出る気になれず。
スマホの電源も切ったまま。今日から仕事始めだったけど、ダルいから休むって母ちゃんに連絡してもらった。
じーちゃんは、
「ほっとけ。その内起きてくるわ」
と放置プレイ。正直、それが助かる。
弟達も腫れ物に触るようにアタシから距離を置いてくれてる。スッゲー助かる。
あれ、アタシ今年風呂入ったっけ? 面倒くさくて、多分大晦日以来風呂入ってないや。
窓を開けてみると冷たい正月の空気が部屋に入ってくる。部屋にこもったアタシ臭さが少しマシになった気がする。でも寒いのですぐに閉める。
「みなみー、もうすぐ宮崎さんと小林さんがいらっしゃるって。ちゃんと挨拶しなさいよー」
ハア? 母ちゃん、何言ってんの? 母ちゃんがアタシの部屋の外からなんかとんでもないことを言い出す。
「で、誰? 宮崎さん? 小林さん?」
アタシは慌てて飛び起き、部屋の襖を開け、
「何で?」
「それは私のセリフだよ。誰? 何で?」
親子でクエスチョンマークを投げ合っているうちに、車の止まる音がする。え? マジで?
「源さん、お邪魔しますよ、東京三葉銀行の小林です」
玄関から紳士じーさんの声がする。小林って、社長の方かい!
「ちーっす。お邪魔しまーす」
ちっ 何でチャラ男まで…
「こんにちは、お邪魔します」
胸にグリーンフォークが突き刺さった痛みを感じる。ホントに、来たんだ。
え…
会いたくない。
でもリトルみなみが歓喜する。
来てくれたんだ! チョー嬉しい!
でも、どんな顔して会うの? 何を話すの? もうすぐ結婚する人と、何を話せばいいの?
でも、チョー会いたーい。既読スルーしてゴメンなさいしたーい。
いやいやいや。会えんだろ。会いたくねーわ。もーすぐ(いつか知んねーけど)婿に行くヤツと会いたかねーわ
いやいやいや。会いたいよお。会ってまた一緒にゴルフしたいよお
一人で激戦している内に、じーちゃんのすっとんきょな声が聞こえてくる。
「あれあれあれーー、小林さんじゃないさ、いやー、懐かしい、ささ、どうぞどうぞ」
あーあ。家に上げちゃったし。
さーどーする、みなみちゃん。
会う?
会わない?
どっちにしろ、何しに来たんだか確かめなきゃならんわな、そんな訳で、客間近くの話し声が何とか聞こえるところまで貞(偵)察に行く事にするー
「…と聞いたんですけど、お加減は如何ですか?」
なんだ。じーちゃんの膝の話してんのか。
「そーなんだよねえ、4年前にさ、膝をやっちゃってさ。杜氏の仕事の方は、大丈夫なんだけどさ、ゴルフはちょっと、難しいんだわ。それにしても、懐かしいなあ、おい美加、あれ、持ってきてくれ」
アレって、アレかなあ。
「ささ、どうぞどうぞ。運転はどちらが? 宮崎さん、が運転ですか。じゃあお猪口は二つでいいですね」
「うわ… みなみちゃんママ、マジ美しい…尊い…」
「あーら。若いのに口が上手な事。へー、小林さんの息子さんなんだ、似てねー」
「不詳の息子でして。以後お見知り置き下さい。それとこちらが息子の友人で私の会社に勤めてもらっている宮崎雄大君です。」
「あーーーら。あーら、あら。ちょっと、おじいちゃん、こっちの人、みなみ好みじゃない?」
よくわかってんじゃねーか。さすが母ちゃん。
「あ、初めまして、宮崎です。みなみさんには大変お世話になっています。」
「あらあら、初めまして、みなみの母です、やだ、ホント素敵な人じゃない」
ちょ… やめろ母ちゃん… 本気出すなよ、ゆーだいさんが…
「亡くなった主人にちょっと似てるかも… あら、御免なさい、失礼よね…」
「い、いえ、そんな事は…」
ヤバ。母ちゃん、本気出しかけてっぞ。マジやめろ母ちゃん、アンタが本気出したらアタシなんて敵いっこねーし…
「御免なさいね、今日は運転だからおじいちゃんの本気のお酒差し上げられなくて。今度、車置いて飲みにいらっしゃいね、一緒に飲みましょ。ホントに美味しいのよお」
アカン… このままじゃ、ゆーだいさん…
「ちょっ 母ちゃん、ゆーだいさん困ってんd―」
気が付くと客間の襖を思いっきし開けてしまった!
そして客間には母ちゃんに迫られ、満更でもなさそうなデレ顔したゆーだいさんが…
なんかアッタマきたので、ツカツカと歩み寄り、あぐらかいてるゆーだいさんの横っ面を
パシっ
と叩いて、場を凍らせてしまう。
同時にー
あの時以来、ずーっとぼんやりしてた頭がスッと晴れ、メチャ驚いた顔してるチャラ男、紳士じーさん、ウチのじーちゃん、母ちゃんの顔がハッキリと見てとれた。そしてー
あの時とおんなじ顔してるーそお、ドライバーを17番の池に放り込んだ時と同じ顔で凍りついてるゆーだいさんの顔を見て、腹の底から嬉しさと可笑しさが湧き上がり、5分ほど大笑いが止まらなくなってしまった。
「マジ、この酒、神ってるわー 俺、ポン酒あんまやんないんすけど、これはチョーいけますって。こんな美味いポン酒、初めてだわー」
「だろ。源さんの酒は、神ってるんだよ」
メチャ上機嫌じゃん、紳士じーさん。
「この人さあ、味にうるせーんだわ。初めてウチの酒蔵来た時にさ、利酒しまくって、散々講釈たれやがって。結局、買ってったの、一本だけ。金持ちのくせにさ、ケチな野郎だったよなあ」
「ああ、思い出したあー、あの小林さんねー、でもあの後近く来たら必ず寄ってくれてたよねえ、一本しか買わんけど」
「いやー、大多慶小町が覚えてくれていて、光栄です」
「大多慶小町? って、おばさんじゃん… あっ ひっ」
母ちゃんが昔の杵柄、メッチャガン飛ばし光線でチャラ男を焼き殺す。母ちゃんは高校まではかなーりグレてたらしく、言い寄る半端な男は睨み殺していたって。
「小林さんは、こっちの方はどーなんだい」
じーちゃんがスイングして見せる。
「まあ、ボチボチです。あれからイギリスに転勤になって、あっちでリンクスとか回ったんですよ。是非源さんと回りたかったなあ」
「ほー、そいつは羨ましいわ。あれか、回った後は、スコッチで乾杯ってか?」
「そうですね、樽の匂いが渋く効いたヤツをこう、クイって。最高でしたよ。でもね、やっぱり酒は日本酒に限る。それもこの大多慶酒造の特別大吟醸、『南風』。うん。これが一番!」
ちなみに。この酒の名前は、アタシから取ったんだってさ。
「この口に入れた時の風味。フルーティーながらもしっかりした舌触り。まるでグレープフルーツのような舌触り。そしてこの喉越しの滑らかさ。ツルんって喉を転がるように入っていく感じが堪りません。そしてさらにー」
「出たよ出たよ、いやー懐かしい、コレを一時間以上、続けんだぜ、この人」
うーん。フツーに面倒臭いわ。紳士じーさん。
あ。ゆーだいさんが笑ってる。
いいなあ、やっぱこの人の笑顔。マジいやされるわー。
「でも、わかるよパパ。この酒さあ、ワインみてーに飲みやすいんだよお、マジうめー」
黙れチャラ男。何なら、死ね。てか、まゆにもてあそばれ苦しみ悶えろ。そして、死ね。
あれ。アタシ、笑ってる。
口開けて、大笑いしてる。今年の初笑いかも。
母ちゃんがそっと卵焼きを差し出す。それを受け取り、一切れ食う。マジうまい。もう一切れ食う。チョー美味い。腹が突然、グリュリュリューーーと鳴き響く。皆は一瞬呆気に取られ、そして大爆笑する。くっそ。