第1章 第5話
文字数 3,504文字
「でさ、俺さ、大多慶の会員になろーと思ってさ。パパの家族メンバーじゃなくって。だからー、雄大も一緒に入ろーよお」
「課長。三時からクロニクスと会議ですよ。向こうのS Eから提示されていた課題のカウンターメジャー、こちらでいいですよね?」
「パパが紹介者になってくれるってさ。雄大、金貯めてんだろー、そんぐらい払えるだろー」
「あと送ってもらった資料、アカ入れときましたんで。確認しといてください」
「そんでさー、二人で行って、みなみちゃんと三人でコース回ろうぜー」
「頼みますから!」
俺は机をドンと叩く。周囲がシンと静まり返る。
「今日は机の下でスマホゲームしながらとか、勘弁してくださいよ!」
「は、はいよ…」
ハーーーー。
この軽さ。この性格。上司じゃなければ、社長の御曹司でなければぶっ飛ばして会社辞めるところである。
だが。リューさんこと、この小林琉生は実はなかなかのプログラマーであり、彼の作り出したソフトが会社の売り上げにそこそこ貢献しているのだから、仕方ない。
俺と彼は同じ小大一貫校で学び、学年は四学年も離れているのに何故か小学生の頃からよく連んでいた。彼はゲームが大好きで、よく彼の自宅でパソコンゲームを楽しんだモノだった。いつからか彼は自作ゲームに凝り出し、大学生の時には自作ゲームの大会で賞を取ったりしていた。
中学高校でも彼との交流は続き、彼から中間、期末試験の過去問を貰ったり、何故か俺が彼の英語の勉強をみてやったり。彼は帰国子女なのに文法が壊滅的にダメだった。
大学に入ると、派手なゴルフサークルの飲み会に呼んでくれたり。お返しに野球部とチア部の打ち上げに呼んでやったり。
更に。現在大学三年の彼の妹の陽菜と俺の妹のみなみが親友同士であり。
更に更に。俺の彼女が、実はその陽菜だったり。
なんやかんやで、俺とリューさんは不思議な縁でドップリと繋がっている。
父親の小林隆社長は元は銀行マン、ロンドン支店の支店長を勤めるほどのキレものであったのだが、リューさんが高校生の時に銀行を辞めI Tソリューション会社であるこの「K Tソリューション株式会社」を共同で設立。順調かつ確実かつ的確な経営で今やこの分野では一流と噂されている。
俺は大学四年の時、リューさん、ではなくこの小林社長に誘われ、是非ウチの会社に来て欲しいと言われた。俺は商学部でありバリバリ文系だったしI T系なんて考えた事もなかったのだが、
「頼みます。琉生の面倒を見られるのは、この世界でキミだけなのです」
というとんでもない口説き文句に驚愕し、思わず受諾してしまった。
I T関係の知識が皆無の俺は入社して即営業部に回され、少しずつ仕事を覚えていきながら今二度目の秋を迎えている。
俺の社内での立場、というか存在価値は… カリスマ社長の慧眼通り、優秀だがチャラついて浮世離れしたプログラマーのお目付役。締め切りや約束の時間などを一切守ろうとしない彼を叱咤激励し適切に管理していく。この一点に尽きる。
このコロナ禍で在宅ワークが基本となり、彼の仕事の殆どが在宅で為されるようになると、俺は広尾にある小林邸にほぼ住み込み状態となり、彼を脅し褒め上げ管理している最中に妹の陽菜と付き合うことになったのは自分でも驚きだ。
まあ前から可愛いな、とは思っていたが、彼女はリューさん以上に浮世離れ、いやお育ちの良いセレブな学生であり、正直釣り合っているとは思えない。だが妹のみなみとは小学生以来の親友なので、根はそこそこ良い子なのだ、と思っていた。あの頃は。
そんな夏も始まろうかというある日。
「雄大―、もう疲れちゃったよお、仕事― ゴルフしたいゴルフしたいー」
アホか。この春有名人がゴルフ場で感染しボロカスに叩かれたじゃねえか。
「大丈夫だよお。パパの行きつけのトコは感染対策ちゃんとしてるってさあー」
てか。当時、俺はどちらかと言うとゴルフは嫌いだった。ゴルフをスポーツとして認めていなかった。理由は心肺機能への負荷が無さ過ぎて、全く有酸素運動にならないからだ。これなら近所を早足で三十分散歩する方がよっぽど健康に良い。
「はっはー。さてはー雄大、俺の方が上手いスポーツやりたくないんだろうー」
ブチっ
流石一流プログラマー。人の心を操作するのがお得意だ。
こんな青ネギのようなひょろっとした優男に出来て、俺に出来ないスポーツなんてこの世に存在する筈がない。
彼のお古のゴルフクラブセットを借り、練習場で見様見真似で打ったドライバーショット。
「マジかーーーーーーーーーーー!」
リューさんの絶叫する声が練習場に響き渡る。フン、こんな止まっているボールを打つなんて。こんな簡単な競技ならすぐにでもリューさんより上に…
…… いかなかった。初めてのラウンドで、150という数字を叩き出してしまう。
俺はすぐにネットを駆使し、敗因を検証する。
どうやら。ドライバーショットとグリーン周り、が最大の敗因らしいと気付く。
ドライバーは当たると飛ぶが、良く曲がる。一度たりともフェアウェーに留まったことが無かったほどだ。
それとアプローチに至っては残り50ヤードでのザックリやトップしての行ってこい、グリーン上での4パットは当たり前。
これではスコアが纏まる筈もない。俺は根本的な所からにゴルフを研究し始めた。
それから毎晩、練習場でスライスしないドライバーショット、そしてP W、A W、S Wを徹底的に練習する。練習後は自宅に敷き詰めたマット上でパターを毎晩100球転がす。
就寝前はネットで色々な練習動画をチェックし、ゴルフと野球のスイングの根本的な違いに気付く。
二度目のラウンドで。スコアは120に急上昇した。
「雄大くん、二度目のラウンドで120なんて… 流石、元球児だね」
と小林社長に驚嘆され、
「ほーら。雄大はあっという間に俺より上手くなっちゃうよなあー」
なんてリューさんにシュンとされ。
火がついたんですよ! 俺の心に。久しぶりに。
「ゆーだいくん。最近ちっとも構ってくれない。もう別れよっかな」
部屋でゴルフ雑誌を片手に陽菜と電話していた俺は、飲みかけたコーヒーを吹き出す。おいコラ。付き合ってくれと言ってきたのは、お前の方だろうが。
「だって。最近、ゴルフばっかり。来週も陽菜と横浜行く約束してたのに、パパ達とゴルフ行くことになったって。ちっとも私のこと大事にしてくれない。」
うわ… めんどくさ…
確かに、ゴルフにハマる前までは、特に凝ってる趣味もなく、暇な時は大抵彼女に合わせてきたのだが。
この数週間は頭の中はゴルフのことしか考えていない事実は正直否めない。
朝起きたらパット20球。家から駅までは歩測の練習。電車の中ではルールの勉強。仕事から帰宅し夕食を済ませると近くの練習場へ。約一時間みっちりと打ち込み、帰宅後パットを100球。 練習動画のチェック。就寝。
成る程。これでは彼女に使う時間などほぼ無いに等しい。
だが。久しぶりに着火した俺の心の焔は、容易に消すことが出来ない。
「そっか。なら、別れよっか?」
「ダメーーーーー」
はあ?
「ゆーだいくんが別れるって言っちゃ、ダメ!」
馬鹿?
「みなみに、言いつける…」
待て。
「ゆーだいくんが冷たいって、相談する」
いいから、待て。
それだけはよせ。みなみに言うのだけはよせ。そんな事をしたら、俺の家での居場所が消滅してしまう。
我が家は四人家族。妹のみなみが中心となって回っている。その妹を怒らせてしまったら、家にいられなくなってしまう。それは父もよくわかっているようで、俺も父もみなみの機嫌だけは損なわぬ様、十分気をつけながら生活しているのだ。
もしも。隣室のみなみが部屋に入ってくるなり、
「お兄ちゃんの馬鹿。人でなし。顔も見たくないっ」
なんて言ったらー
俺は生きる気力を速攻失い、泣きながらコロナが蔓延しているアメリカにでも留学してしまうであろう。
「わかった、わかった。じゃあ、どうすればいいんだよ」
付き合い始めて四ヶ月。マジ面倒臭い。
「お兄と一緒に、大多慶の会員になって。」
俺は持っていた雑誌を落っことす。
「はあ?」
「そんで。陽菜もゴルフに連れてってー。きゃ! ゴルフデート!」
熟考。
ゴルフクラブの会員になる。
即ち。面子を集めたりせずに、いつでも一人でゴルフ場に行ける。
帰りに好きなだけ練習できる。
コンペにも参加でき、公式なハンデを取得できる。
面倒臭い彼女の面倒も見られる。
ふむ。俺にとって利点しか、ない。
「うん、わかった。リューさんに言っとくわ」
「課長。三時からクロニクスと会議ですよ。向こうのS Eから提示されていた課題のカウンターメジャー、こちらでいいですよね?」
「パパが紹介者になってくれるってさ。雄大、金貯めてんだろー、そんぐらい払えるだろー」
「あと送ってもらった資料、アカ入れときましたんで。確認しといてください」
「そんでさー、二人で行って、みなみちゃんと三人でコース回ろうぜー」
「頼みますから!」
俺は机をドンと叩く。周囲がシンと静まり返る。
「今日は机の下でスマホゲームしながらとか、勘弁してくださいよ!」
「は、はいよ…」
ハーーーー。
この軽さ。この性格。上司じゃなければ、社長の御曹司でなければぶっ飛ばして会社辞めるところである。
だが。リューさんこと、この小林琉生は実はなかなかのプログラマーであり、彼の作り出したソフトが会社の売り上げにそこそこ貢献しているのだから、仕方ない。
俺と彼は同じ小大一貫校で学び、学年は四学年も離れているのに何故か小学生の頃からよく連んでいた。彼はゲームが大好きで、よく彼の自宅でパソコンゲームを楽しんだモノだった。いつからか彼は自作ゲームに凝り出し、大学生の時には自作ゲームの大会で賞を取ったりしていた。
中学高校でも彼との交流は続き、彼から中間、期末試験の過去問を貰ったり、何故か俺が彼の英語の勉強をみてやったり。彼は帰国子女なのに文法が壊滅的にダメだった。
大学に入ると、派手なゴルフサークルの飲み会に呼んでくれたり。お返しに野球部とチア部の打ち上げに呼んでやったり。
更に。現在大学三年の彼の妹の陽菜と俺の妹のみなみが親友同士であり。
更に更に。俺の彼女が、実はその陽菜だったり。
なんやかんやで、俺とリューさんは不思議な縁でドップリと繋がっている。
父親の小林隆社長は元は銀行マン、ロンドン支店の支店長を勤めるほどのキレものであったのだが、リューさんが高校生の時に銀行を辞めI Tソリューション会社であるこの「K Tソリューション株式会社」を共同で設立。順調かつ確実かつ的確な経営で今やこの分野では一流と噂されている。
俺は大学四年の時、リューさん、ではなくこの小林社長に誘われ、是非ウチの会社に来て欲しいと言われた。俺は商学部でありバリバリ文系だったしI T系なんて考えた事もなかったのだが、
「頼みます。琉生の面倒を見られるのは、この世界でキミだけなのです」
というとんでもない口説き文句に驚愕し、思わず受諾してしまった。
I T関係の知識が皆無の俺は入社して即営業部に回され、少しずつ仕事を覚えていきながら今二度目の秋を迎えている。
俺の社内での立場、というか存在価値は… カリスマ社長の慧眼通り、優秀だがチャラついて浮世離れしたプログラマーのお目付役。締め切りや約束の時間などを一切守ろうとしない彼を叱咤激励し適切に管理していく。この一点に尽きる。
このコロナ禍で在宅ワークが基本となり、彼の仕事の殆どが在宅で為されるようになると、俺は広尾にある小林邸にほぼ住み込み状態となり、彼を脅し褒め上げ管理している最中に妹の陽菜と付き合うことになったのは自分でも驚きだ。
まあ前から可愛いな、とは思っていたが、彼女はリューさん以上に浮世離れ、いやお育ちの良いセレブな学生であり、正直釣り合っているとは思えない。だが妹のみなみとは小学生以来の親友なので、根はそこそこ良い子なのだ、と思っていた。あの頃は。
そんな夏も始まろうかというある日。
「雄大―、もう疲れちゃったよお、仕事― ゴルフしたいゴルフしたいー」
アホか。この春有名人がゴルフ場で感染しボロカスに叩かれたじゃねえか。
「大丈夫だよお。パパの行きつけのトコは感染対策ちゃんとしてるってさあー」
てか。当時、俺はどちらかと言うとゴルフは嫌いだった。ゴルフをスポーツとして認めていなかった。理由は心肺機能への負荷が無さ過ぎて、全く有酸素運動にならないからだ。これなら近所を早足で三十分散歩する方がよっぽど健康に良い。
「はっはー。さてはー雄大、俺の方が上手いスポーツやりたくないんだろうー」
ブチっ
流石一流プログラマー。人の心を操作するのがお得意だ。
こんな青ネギのようなひょろっとした優男に出来て、俺に出来ないスポーツなんてこの世に存在する筈がない。
彼のお古のゴルフクラブセットを借り、練習場で見様見真似で打ったドライバーショット。
「マジかーーーーーーーーーーー!」
リューさんの絶叫する声が練習場に響き渡る。フン、こんな止まっているボールを打つなんて。こんな簡単な競技ならすぐにでもリューさんより上に…
…… いかなかった。初めてのラウンドで、150という数字を叩き出してしまう。
俺はすぐにネットを駆使し、敗因を検証する。
どうやら。ドライバーショットとグリーン周り、が最大の敗因らしいと気付く。
ドライバーは当たると飛ぶが、良く曲がる。一度たりともフェアウェーに留まったことが無かったほどだ。
それとアプローチに至っては残り50ヤードでのザックリやトップしての行ってこい、グリーン上での4パットは当たり前。
これではスコアが纏まる筈もない。俺は根本的な所からにゴルフを研究し始めた。
それから毎晩、練習場でスライスしないドライバーショット、そしてP W、A W、S Wを徹底的に練習する。練習後は自宅に敷き詰めたマット上でパターを毎晩100球転がす。
就寝前はネットで色々な練習動画をチェックし、ゴルフと野球のスイングの根本的な違いに気付く。
二度目のラウンドで。スコアは120に急上昇した。
「雄大くん、二度目のラウンドで120なんて… 流石、元球児だね」
と小林社長に驚嘆され、
「ほーら。雄大はあっという間に俺より上手くなっちゃうよなあー」
なんてリューさんにシュンとされ。
火がついたんですよ! 俺の心に。久しぶりに。
「ゆーだいくん。最近ちっとも構ってくれない。もう別れよっかな」
部屋でゴルフ雑誌を片手に陽菜と電話していた俺は、飲みかけたコーヒーを吹き出す。おいコラ。付き合ってくれと言ってきたのは、お前の方だろうが。
「だって。最近、ゴルフばっかり。来週も陽菜と横浜行く約束してたのに、パパ達とゴルフ行くことになったって。ちっとも私のこと大事にしてくれない。」
うわ… めんどくさ…
確かに、ゴルフにハマる前までは、特に凝ってる趣味もなく、暇な時は大抵彼女に合わせてきたのだが。
この数週間は頭の中はゴルフのことしか考えていない事実は正直否めない。
朝起きたらパット20球。家から駅までは歩測の練習。電車の中ではルールの勉強。仕事から帰宅し夕食を済ませると近くの練習場へ。約一時間みっちりと打ち込み、帰宅後パットを100球。 練習動画のチェック。就寝。
成る程。これでは彼女に使う時間などほぼ無いに等しい。
だが。久しぶりに着火した俺の心の焔は、容易に消すことが出来ない。
「そっか。なら、別れよっか?」
「ダメーーーーー」
はあ?
「ゆーだいくんが別れるって言っちゃ、ダメ!」
馬鹿?
「みなみに、言いつける…」
待て。
「ゆーだいくんが冷たいって、相談する」
いいから、待て。
それだけはよせ。みなみに言うのだけはよせ。そんな事をしたら、俺の家での居場所が消滅してしまう。
我が家は四人家族。妹のみなみが中心となって回っている。その妹を怒らせてしまったら、家にいられなくなってしまう。それは父もよくわかっているようで、俺も父もみなみの機嫌だけは損なわぬ様、十分気をつけながら生活しているのだ。
もしも。隣室のみなみが部屋に入ってくるなり、
「お兄ちゃんの馬鹿。人でなし。顔も見たくないっ」
なんて言ったらー
俺は生きる気力を速攻失い、泣きながらコロナが蔓延しているアメリカにでも留学してしまうであろう。
「わかった、わかった。じゃあ、どうすればいいんだよ」
付き合い始めて四ヶ月。マジ面倒臭い。
「お兄と一緒に、大多慶の会員になって。」
俺は持っていた雑誌を落っことす。
「はあ?」
「そんで。陽菜もゴルフに連れてってー。きゃ! ゴルフデート!」
熟考。
ゴルフクラブの会員になる。
即ち。面子を集めたりせずに、いつでも一人でゴルフ場に行ける。
帰りに好きなだけ練習できる。
コンペにも参加でき、公式なハンデを取得できる。
面倒臭い彼女の面倒も見られる。
ふむ。俺にとって利点しか、ない。
「うん、わかった。リューさんに言っとくわ」