第2章 第3話

文字数 2,129文字

 俺は愕然とするー

 舐めていた。完全に舐め切っていた。

 自分の準備もそこそこにみなみ、そして陽菜のケアに走りまくっていた。自分が濡れるのをよそに二人が如何に濡れないか苦心した。陽菜が違うクラブ持ってこいと言うので走って持ってきてやった。
 結果―
 自分は身も心もクタクタ。頭から足の先までずぶ濡れ。濡れすぎて途中からグローブ外してやっていた程だ。

 これでは、自分のゴルフなんて程遠いわ… あの子が呆れ果ててしまうのも当然だ。
 俺はゴルフが上達したい。早く100を切りたい。90を切りたい。クラチャン目指したい。なのに、妹や彼女を連れてチャラチャラと…
 あの子の目が怒りで鈍く光っていた気がする。そんな男が上達する訳ねーだろ、と。
 雨音が強くなる。横殴りの雨でクラブハウス前の芝に水溜りが出来始める。途中で切り上げたのか、カートが次々に到着している。戻ってきたメンバーは口々に雨を呪い風を祟っている。
 俺は黒い雨雲を見上げる。雲の流れは早く、案外早く雨は上がるかも知れない。
 俺たちはハーフで上がることに決めていた、だが、俺は今一度この雨の中でラウンドしたいという欲求が込み上げてくるのを抑えることができなかった。恨めしげにもう一度空を見上げ、俺は決意する。
 90を切るまでは愛する妹や、彼女を連れてラウンドしないと。
 己のゴルフ道に邁進していこうと。
 もう誰にも邪魔はさせない。

 ハーフで68も叩いた今日、俺は生き方を変えていく決心をする。そしてこの雨雲に誓う。俺は二度と甘ったれたゴルフはしない、と。
「ちょっと、日向さん!」
 怒り肩を揺らしながらキャディーマスター室へ向かう彼女の腕を取る。
「は? え? なに?」
 ギョッとした顔で彼女が振り向く。
「これから毎週末、ここに来る。だから、」
 俺は頭を膝のところまで下げる。
「一緒に回ってもらえませんか? ゴルフを教えてもらえませんかあ!」
 彼女は凍り付く。

「いや…アタシ、自分のことで背えいっぱい(精一杯?)で…」
 俺はしつこい。自分でも笑えるくらい、しつこい。
「ちゃんとバイト代払います! 1ラウンド5000円。如何ですか?」
 彼女は再度凍り付く。
「ごせん、えん?」
 俺はハッとし首を振る。
「すまん。間違えた。それは失礼だった。」
 そして、キッと目を彼女の目に合わせ、渾身の力を込め、
「1ラウンド、1万円。お願いしますっ!」
 彼女は目の動きさえ凍り付く。
「い、いち、いちマンえん…」
 俺はハッとし、首を縦に振りながら、
「それプラス。毎回、焼肉付きで。如何でし…」
「やりましょう! 」
 彼女は聞いたことのない大声で即返してくれた! よし!

「… えっと、… あの… ああ。宮崎… 牛、さん?」
「… なんで牛を付ける?」
「いや、いつか食いてーなーって…」
「てか… 今ガチで俺の名前、出てこなかったよね…?」
 彼女はギョッとした顔で、
「なぜわかる?」
 俺が深く溜息を吐く横でみなみが大爆笑している。

「お、お兄ちゃん… 面白過ぎ… どうしたの、こんなお兄ちゃん久し振りに見たよ」
 みなみが腹を抱えながら、
「日向さん、でしたよね、兄は夢中になると見境つかなくなっちゃうんです、昔から。なので、どうかよろしくお願いしますね。」
「いやーこちらこそ。もらった金と食わしてもらう焼肉分はキッチリ教えますんで」
「あら。それ以上、教えてもらわないと」
「うわ… 大人しそうな顔して、実は結構しっかりしてんなあ、いもーとさん」
「あなたが兄にしっかり教えて、私が兄からしっかり教わる。私、今日陽菜に10打差で負けたんだよね、ハーフで」
 みなみの目が据わってくる… 怖い…
「陽菜とは小学校からの親友だし大好きだけど… 勝負で負ける訳、いかないんだよね…」
 彼女はゴクリと唾を飲み込む。
「だから。兄にキッチリ教えてね。頼むね、みなみ、ちゃん?」
「わ、わかった… みなみ、さん…」
 俺の愛するみなみは、微笑みながらロッカールームへ歩いて行く。

 連絡先を交換しー 彼女はスマホを持っていなかった、ので今後は今は殆ど使わないメールでのやり取りとなる。
 一応会社の名刺を渡す。
「へー。営業、さんなんだ」
「まあね。まだまだ下っ端だけど」
「それよりさ、まあゴルフ教えんのはいーけど。サラリーマンってそんなヒマなの?」
「んー、このコロナ禍で在宅ワークも増えて、地方の出張とか一切なくなってね、去年よりも全然ヒマになったかな」
「まあ、それはわかったけど、ゴルフばっかしてて大丈夫なん? 彼女さんとかに叱られんじゃね?」
 俺は、今日何度目なのだろう、深――い溜息を吐きながら、
「それな。それなんだよ、一番の問題は。でも俺はさ、ゴルフ上手くなりたいんだよ。このクラブのクラチャン狙えるくらいにさ」
 彼女が吹き出す。ふん。笑うなら笑えよ。
「なのにさ。陽菜は私のことをかまえってうるさいんだよ。で、ゴルフ連れてきたら、あの態度だろ? ホント参ってるんだわ… こないだもさ、」
「ハイハイ、わーったわーった。でも少しは大事にしなきゃだめj… ハアーーーーー?」
「え? なに?」
「連れて、来たって… アンタの彼女って…?」
「あー。うん。リューさんの妹」
「あの、チャラ子!?」
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