第6章 第4話

文字数 3,246文字

 じーちゃんとのラウンド。何年ぶりだろ。また一緒に回れる日が来るとは先月まで考えもしなかった。

 その日は久しぶりの快晴だ。弱い風が吹いていて、花粉症の人には辛い一日となるだろう。幸いアタシは花粉症でないので、全く問題のない最高の1日になりそーである。
 大多慶G Cのクラブハウスに続々と人が押しかけてくる。皆、じーちゃんの復活を祝うために来てくれてるよーだ。
 何故か幹事をやってるゆーだいさんは早朝からてんてこまいの忙しさ。でもそつなくこなしてる様子である。

「まあ、アイツに任せとけばラクショーっしょ〜」
 チャラ男が目を細めながら言う。
「我が社の期待のホープですから。」
 紳士じーさんが嬉しそうに言う。
「それに。秋には息子になりますし」
 秋、なんだ。ゆーだいさんがチャラ子と結婚すんの…

 知らんかった…

 アタシはそっと人混みを離れ、クラブハウスの外に出る。雲一つない青空を見上げ、大きく深呼吸する。いつもの緑色の大多慶の匂いで胸が一杯になり、涙がひとしずくこぼれ落ちる。
 ゴシゴシとその涙をウエアの裾でふき、うその笑顔を窓に映してみる。うん。上手く笑えてる。これなら大丈夫。鼻水をズズッと吸う。そうだ今日一日は、花粉症のフリをすればいい。自分にそう言い聞かせて、クラブハウスに戻る。

 最終組はじーちゃん、アタシ、良太さん、そしてゆーだいさん。支配人以下のクラブの従業員が総出でアタシらのティーショットを眺めている。
 中には今日はゴルフをせずに、ずっとじーちゃんについて回ると宣言してるメンバーの人たちも何人かいるし。
 どんだけじーちゃん、ここで愛されてるんだろう。

「そりゃあ、ここの生きた伝説の人だから。この俺も研修生でここに来て、源さんに一杯色々教わったくらいだからなあ」
「そうなんですか! 市木さんのお師匠さんなんですね?」
「うん、そう。宮崎さんも今日から弟子入りしたら? ねえ源さん、色々教えてあげなよ」
 じーちゃんはゆーだいさんをジロリと見て、
「コイツの師匠は、アイツだ」
 とアタシを指さす。ちょっと照れる。
「ハハ、その通りですよ市木さん。俺の師匠はみなみちゃん。な?」
 コクコク首を振る。

 前の組が空いたので、良太さんがオナーでラウンド開始だ!
 良太さんは買ったばかりの430L S Tでフェアウェーど真ん中、300ヤード!
「コレにして良かったわー 今年、何戦か出てみようかなあ」
「うん、そうしなよ! アタシ担いであげるから!」
 嬉しそうに良太さんがアタシを眺める。

 ゆーだいさんは相変わらずの豪快なショットだが、いつもの様に左の林の中に。
「ハア、コレじゃクラチャンなんて、無理だわ…」
「まだまだ。始めたばっかじゃん、気にしない。今は気持ちよく振り抜く。それでいい」
 なんて偉そーに言ってみると、ゆーだいさんの顔がパッとほころぶ。
 アタシのティーショットは良太さんのすぐ後ろ、285ヤード地点。
 じーちゃんは口をパカっと開けて、
「オメエ… いつの間に…」
 と驚いた顔でアタシを見る。ふふふ。いつまでも昔のみなみじゃねーんだよ、じーちゃん。

 そんなじーちゃんは気持ち良さげに二、三度素振りをして、昔と同じように何の力みも無くティーショットを打つ。球は右の林に向かうも、林の上空で急激に左に曲がり、フェアウェー左に転がり転がり、240ヤード地点でようやく止まる。
 見ていた人たちの拍手の嵐を背に、アタシ達はゆっくりと二打目地点に歩き始める。

「しかしお前は力任せのゴルフがすっかり無くなったな。」
 じーちゃんがボソッとアタシに呟く。
「でしょ。力入れなくても飛ぶんだよ、このクラブ」
 5番パー4の二打目待ちで、先に打ったじーちゃんがアタシの横で軽くうなずく。
「まあ、クラブも良いんだろうが。スイングも力みが抜けて、音も良くなった。フィニッシュも見違えるように良くなった」
 ど、どーしたじーちゃん… ゴルフでこんなに褒められたことねーぞ… ま、まさかじーちゃん、もうすぐ死んじゃうんじゃ…
「アホか! これから死ぬまでゴルフすんだからよう。すぐに死んでたまるかってえの」
「みなみちゃん、なんてこと言う…」
 ゆーだいさんがやや青ざめながらマジ顔で言うから、
「冗談だって、冗談。アタシが全米オープン取るとこ見といてもらわんと。」

 これはかなりマジで言い放ったのだが、良太さんとじーちゃんが凍りつく。あんぐりと口を開いて、
「お、お前… なんの冗談だ?」
 アタシは胸を張り、
「ジョーダンじゃねえや。マジで、取るから。なんなら、全英も取るし。そうだ、全豪も取って、あと…」
 良太さんも呆れ顔で、
「ま、まずその前に…な、みなみちゃん…」
「わかってらい。来月の予選会だろ? 任せとけって!」
 二人は呆れ顔で首を振る。でもその横でゆーだいさんは力強く頷いてくれる。
「ま。見てなって、お二人さん」

 アタシは空いたグリーンに二打目を放つ。
 ボールはドロー回転でグリーン手前で落ち、グリーンを転がる。転がる。転がり、カップの手前2メートルで止まる。
「ま、見てなって。お二人さん」

 二人はカクカク首を縦に振ったもんだ。

「ケッコン、秋なんだってね?」
 12番パー4のティーショット待ちの時に、ゆーだいさんにそっとささやく。ゆーだいさんはビクッと体を震わせ、アタシを真っ直ぐに見ながら
「うん。」
 とだけ呟く。
「そっか。その頃にはアタシは… プロになってっかなあ」
「絶対なってるよ。てか。絶対、なれ!」
 そう強く言いながらゆーだいさんのティーショットの順番になる。

 アタシは賭けをする。
 もし。このゆーだいさんのティーショットがフェアウェーに乗るなら、アタシはプロになっているー
 もし。フェアウェーキープ出来ないなら、アタシはプロテストに落ち今のままの研修生。
 更に…アタシは禁断の賭けに出るー
 もし。フェアウェーなら、二人は無事に結婚する。
 もし。林やラフなら、二人は破局でゆーだいさんはフリーになる。

 アタシにとって究極の賭け。ゴルフを得るか、男を得るか。アタシの今年一年の生き様を、このゆーだいさんのショットに賭けてやる!
 ゆーだいさんがゆったりとしたアドレスに入る。アタシはかつてないキンチョー感に手汗が出始める。
 アタシはゴルフに生きる。
 アタシは男に生きる。
 さあ、どっちなの?

 何も知らないゆーだいさんは気持ち良さげにテークバックの捻転動作に入る。そして勢いよく振り下ろされた425はアタシの行く先をどちらに示すのだろう、カシャーンという425特有の打球音を響かせ、ボールは真っ直ぐに飛んで行く。
 飛んで行く。真っ直ぐに。
 このままならフェアウェーど真ん中
 だが、ボールは(いつものように)急激に行き先を変え、左の林に突っ込んで行く。
 アタシは握っていた430を思わず落っことしてしまう
 そうか、それがアタシの人生なの?
 この人と生きて行くのが、アタシの…
 プロゴルファーでなく、この人の…

 ボールがもう迷うことなく林に入って行くのを眺めながら、これ迄の自分のゴルフ人生が走馬党(燈)のように頭をよぎる。
 初めてじーちゃんにゴルフを教わった日。初めて良太さんとパター合戦をした日。初めて三人でラウンドした日。初めてジュニアの大会に出て優勝した日。大多慶商業に入部した日。大会の代表に選ばれたのにダメ出しされた日。高校を出て大多慶G Cに研修生として初めて出社した日。良太さんとレッスンラウンドを重ねた日々。そして…

 ゆーだいさんと出会った日。
 ゆーだいさんと回った日。
 ゆーだいさんの車の助手席に座った日。
 ゆーだいさんとキレイな夜景を見た日。
 ボールは林に入る。
 ゆーだいさんの腕を握った日。
 ゆーだいさんにしがみついた日。
 ゆーだいさんと、手を握り合った日…

 カーン

 甲高い音が耳に届き、同時にボールがフェアウェーに戻り転がる。そしてボールはなんとフェアウェーど真ん中で止まる。

 クッシー、コレって…???
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