第2章 第2話

文字数 2,616文字

「なんかあー、雨降りそうー、やっぱゴルフやめて海にドライブ行こうよおー」

 … 帰れ。マジ帰れ。

 なんなんだ、このクソビッチ。来るや否や、ここまで聞こえる大声で喚き散らしやがって。ウチのスタッフも皆キレかかって… いねーんだわ、残念ながら。
 そのビッチはどーやらあのチャラ男の彼女らしい。どー見てもワガママなアイドルかタレント、って感じのメチャ派手な女だ。グリーンキーパー見習いのヤスなんか、目尻垂れてるし。
 もれなくデカ男もいるわ。一緒にいる子、彼女さんかな、お人形のようにかわいい。ああ、あんな感じに生まれたかったわ…

 今日は彼らは4サムでデートラウンドってやつか。キャディー無しで回るっぽい。非力そうな女子なのでボールは無くなることはあるまい、まあ池ポチャは多々あるだろーが。
 アタシは今日は練習場の片付け、玉拾い。
 空を眺める。確かに雲の動きが早く、西の空には真っ黒な雲がこちらに向かってきてるっぽい。雷は大丈夫だろうが、結構どしゃぶるかもなー。
 ま、あんなキレイに着かざった女子には今日はサイアクの日となろう。ザマ見ろ。なぜかその一言が心に浮かび、いかんいかんと首を振ってその一言を消し去る。

 小一時間はたったかな。やはり大粒の雨が落ちてきた。
 今アイツら4番くらいかなあ。今日は土曜日なんで進行が遅い。その上この雨。次の5番は凹地になってるからフェアウエーに水がすぐ溜まるんだよなあ…
 うわ… こりゃすげー降ってきたわ… もうこの練習所にもだーれも来ないし。
「みなみちゃん、上がっていいわよ、いひ」
 クッシーからインカムが入る。いつもなら「ほーい、ラッキー」とそそくさと戻るのだけど、
「ちょっと打ってます」
「あーら熱心じゃない。風邪ひかないよーにねー いひ」

 何故だろ。今日はそんな気分になったのだ。
 言い訳としては、予選は三月、春雨が降ることは十分可能性あるし。
 それに最近雨の中でちっとも打ってなかったし。
 自分のクラブバッグをドンと置きながら、なんで自分に言い訳してんだろ、バカじゃねアタシ。ハッキリ言えばいーじゃんー
 
 この雨の中でラウンドしてる、アイツが気になるから!
 って。

 アイツのことだから、あのドールちゃんに気使って優しくクラブふいてやったり、ずっと傘さしてやってんだろーな。
 アタシと回っている時はそんな気を一秒も使わねえクセに。人が小池にハマったドラちゃんを拾ってやったのに大爆笑しやがって。
 いってー
 チョーダフった… あっちゃー、芝逝っちゃったわコレ…

 いかんいかん。集中。全集中。消す。雨を消す。アイツを消す。ドールちゃんを消…
 グオー、チョートップしたあ… あかん、あかん。こんなんでは、予選で雨が降ったら…
 トップとダフリを繰り返しているうちに、昼休憩の時間になる。タオルでクラブについた水滴をぬぐい、倉庫にしまってキャディーマスター室に行く。

「もー、サイアク、チョーサイアクー お風呂入って帰る! もうサイテー!」
 丁度アイツらがアウトから戻ってきたところだ。
「お兄は一人で先に行っちゃうしー ゆーだいくんはボール探すのに忙しくって構ってくれないしー 二人ともサイテー ねーみなみちゃん」
「ハア?」
 アタシは思わず大声を出してしまうーなんでここでアタシが出てくんだよ!
 4人がこちらを振り向く。

「あれー、みなみちゃんー、お疲れー。今日はキャディーじゃないんだあー」
 チャラ男が嬉しそうな顔でこっちに歩いてくる。
 それにしてもチャラ男カップルはそのチャラさが見事にマッチしたベストカップルと言えよう。チャラ男って、このバカビッチにピッタリだわー 二人が着てるウエアも(高そうで)チャラいわー
 デカ男とドールちゃんは…
 スゲー、似合ってる…
 なんか胸がチクってした。

「えっと、チャr‥ 小林サン、お疲れ様っす。スゲー降ってきましたね」
「そーそー、4番くらいからさあ大雨― アウト45も叩いちゃったよお」
 ふん。アマちゃんにしては上々じゃね?
「そんで、雄大のやつ。いくつ叩いたと思う? プフっ 68だってさ。ウケるー」
 へ? ハーフだよな? へ?
「雨のラウンド初めてだったんだってさ。ま、コイツの面倒見るのも大変だったけどねえ」
 といってチャラ男はチャラ子の頭をパンと叩く。まあ乱暴な彼氏だこと‥
「もー、お兄はぜんっぜん助けてくんないしー。もー二度と一緒にゴルフ行かなーい」
「えー、そんなあーまた行こ−よおー陽菜―」

 … この二人… 兄妹… うわ、そう見ると、ソックリ… チャラい、チャラ過ぎる兄妹…
 ウケるわー

 … ってことは? まさか、あの二人も?
「そーだよお。雄大の妹のみなみちゃん。あああああ! みなみちゃんとみなみちゃん、おんなじじゃん! スッゲー」
 いやいやいやいや。アタシとアンタ、何度目だよ会うの… 気付けよそれまでに…

 チャラ子は一人スタスタとロッカールームへと歩いていく。ドールちゃんがこちらに歩いてくる。
「こんにちは。兄がお世話になっています。妹のみなみです」
 人形のようにニッコリ笑いながらあいさつされてしまう。
「ちわっ えっと、研修生の日向みなみっす。雨の中、お疲れさんでしたっ」
 ずぶ濡れのデカ男が近寄ってくる。

「あの… 日向さん」
 コイツのこんな切実な顔、初めて見た。
「雨の日って、どうすればちゃんと当たるんですか… 今日さ、降り始めたら全然当たらなくなっちゃって…トップ、ダフリ、シャンク…最悪だったんだ… 雨で滑らないように強く握りしめてたのかな…」
 コイツは…
 思わず吹き出してしまう。
 マジ、ハマってるわ。ゴルフ道に。

 デカ男がムッとした顔で、
「な、なんだよ…」
「わりーわりー。てか、アンタ、レインウエアは?」
「いや… 傘があれば十分かなって…」
「ダメ。次までに用意しておく」
「ハイ」
「ゴルフ場って凸凹多いでしょ、それだけ風が色んな方向から吹くよね、だから傘なんて役にたたないよ」
「あっ 成る程」
「水吸って重くなったウエアでスイングしたら、どーなる?」
「… そ、それは…」
「それに。グローブ小まめに変えた? 乾いたヤツに?」
「いや… これで通した…」
「乾いた予備のグローブ。次までに用意。」
「ハイっ」
「そんな訳で。アンタは準備不足。スイング崩れてスコア崩壊、当然。だろ?」
「あああ…」

 アタシは真顔でデカ男の顔に人差し指を突きつけて
「ゴルフ、なめんなよ!」
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