第2章 第1話

文字数 2,156文字

 水曜の夜。
 俺はなんとか時間を作り、みなみを練習場に連れて行く。前からファッションとして練習場での打ちっ放しには陽菜と来ていたらしく、打たせてみるとまあ真っ直ぐ飛んでいく。
 これなら週末のラウンド、なんとかなるな。ちょっと安心し、自分の打席で己磨きに入る。ふと気付くと、みなみはとっくに自分の打席から撤収し、俺の打席の後ろに座ってスマホをいじっていたようだ。

「お兄ちゃん、終わったの? 随分集中してたね」
「ああ、こんなもんかな今日は。わりーな、かなり待ったろ?」
「全然。陽菜とラインしてたからー」
 突如、何本もの視線を感じる。周りの男性客が何人か慌ててスイングし始める。
 まあそれも仕方あるまい。なにせみなみは表現するのもアホらしい位可愛いのだから。完璧なのだから。練習場に来ている美少女慣れしていない男はイチコロだろう。仕方ない。
 
 それでも視線が俺に来るとウザいので、練習を切り上げて帰宅の途につく。助手席でみなみが、
「ちょっと。ホントに土曜日、ゴルフ場でラウンドするの?」
「おお。今日くらい打てるなら全く問題ない、後は家に帰って俺のパターマットで毎日50球転がせば、余裕で回れるぞ」
「… それはちょっと。20球くらいなら…」
「よし。20球な。毎晩」
「やっぱ、10球でどお?」
 ニパッと笑う笑顔。この顔には生涯打ち勝つことは出来まい。えーい、仕方ない。
「仕方ない。10球だ。それで手を打ってやろう」

 … 何故、ここまでして? そう思われるだろう。仕方ない。
 正直に言おう。俺は彼女である陽菜よりも、実妹のみなみと一緒に出かける方が嬉しいし楽しい。それはみなみも同じ気持ち… の訳あるはずなく、もし俺の気持ちをみなみが知ったら、
「お兄ちゃん、ごめんね、キモ」
 と言い、家を出て行くであろう、俺が。

 何故ここまで… と思われるかも知れない。なら実際会っていただきたい、俺の妹に。
 ね? 神ってるでしょ? マジで有り得ないほど可愛いでしょ?
 そんな妹の兄となった気持ちを察してくださいよ。どうすればよい? この行き場のない気持ち、想い。いっそ捨ててしまえば楽になるのに? 否。この気持ちを捨て去るくらいなら俺が俺を捨ててやる。自分でも意味がわからないのだが。
 姿形、性格、ボディ。全てが完璧な妹が屁っ放り腰でパッティングマット上で球を転がしている姿を眺めていると、知らず瞼が熱くなる。

 俺の夢〜みなみとドライブ&ゴルフデート。
 もしこれが叶うなら、俺は陽菜ともっと真剣に付き合ってやっても構わない。もしもこれに温泉が付加されるなら、クリスマスに陽菜にプロポーズしても吝かでない。
 もしも。いつの日かみなみに彼氏が出来たとしよう。殺す。
 それからしばらくして、また彼氏が出来たと仮定しよう。殺す。
 幾多の苦難を乗り越え、なんとか彼氏が出来たとしよう。殺す。
 … ダメだ。仮定系ですら話が出来ない、みなみに彼氏が…有り得ない。無理である。

 このままでは俺が服役するかみなみがいつまでもおひとり様の寂しい人生となってしまう。なので俺が先に2番目の幸せを見つけ出し、それに甘んじるしかみなみを苦しみから救うことは出来ないのだ。
 だが。然しながら。けれど。その相手が小林陽菜。
 ちょっと、厳しいわ…
 父上は素晴らしい、尊敬できる紳士だ。
 実兄はギリギリセーフ、まあなんとかやっていけよう。
 だが肝心の本人と、全く上手くやっていく自信と気力が湧いてこないし、その可能性の低さに戦慄する今日この頃だ。

 そもそもなんで陽菜と付き合い始めたのか… この夏リューさんの相手をしに小林家に入り浸った結果。それまでは挨拶する程度だった俺と陽菜の距離が一気にあからさまに縮まる。
 陽菜は昔から俺のことが好きだったーそれこそ中学生くらいからずっと… と知ったのは、実はみなみの囁きだった。
「お兄ちゃんが陽菜の王子様なんだよ。私の親友と付き合ってくれない、かな…」
 俺とリューさん以上に、みなみと陽菜は双子の姉妹のように仲良しだったのだ。いや、双子が必ずしも仲が良いとは限らないが。

 その内にリューさんからも
「お前さあー、出来たら陽菜と付き合ってやってよおー」
 なんて頼まれて。そう、俺たちの付き合いは俺の意思は最も関係なく遠い位置に放置され、陽菜によって周到に計画された出来レースみたいなモノであった。
 
 初恋のお兄ちゃんと付き合う。そんなラノベみたいな展開が上手くいく筈もなく、付き合い始めたその日からトラブルの連続。例えば〜
 既読はすぐに付けて、返信はすぐにして
 連絡帳から全女子を消去して
 他の女子と話さないで(例え業務上であっても)
 いついかなる時も陽菜のことを考えていて
 … 無理。ムリ。

 それにいちいち反論すると、
「もう別れる。」
 せいせいして、翌日
「なんで連絡くれないの、酷い!」
 そろそろ精神をやられるかもしれない、もしみなみが俺に優しくしてくれなければ…
 そんな訳で、週末のゴルフには絶対にみなみが必要なのだ、でなければ俺の精神は崩壊の序曲を奏で始めるだろう。
 ん? なんか引っ掛かる。
 
 みなみ…、と言えばあの研修生も確か「みなみ」と言っていたな。何故急に思い出したのか深く考えもせず、スマホで週末の天気をチェックする。
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