第1章 第3話

文字数 1,917文字

 結局、スコアは108。またしても100切りならず。除夜の鐘、である、秋なのに。

「いやいや、雄大くんはまだゴルフ初めて二ヶ月でしょう。それでこのスコアは立派なモノですよ」
 社長が優しく慰めてくれる。
「そーそー。ゴルフ歴12年の俺よりドライバー飛ばすなんて、スゲーって。さすが元甲子園球児だけあるわな〜」
 リューさんがチャラく揶揄う。

 最終ホールからクラブハウスまでの自動運転のカートの中で俺は深く、ふかーく溜息をつく。クラブハウスは日が沈みかけた暖かい陽射しを受け、オレンジ色の微笑みを浮かべて俺たちを待っている。周りを囲む木々の緑との対比が実に美しい。
 一瞬、その美しさに無念の情が洗われかけるも、悔しさが沸々と沸き上がってやまない。

 こんな筈では無かった。だって止まってるボール打つだけなんだぜ。俺は大学まで時速150キロの球を打ったり受けてきたんだ。鋭く曲がる変化球もキッチリ受け止めてきたし、すっぽ抜けの暴投も力みすぎのショートバウンドも後ろに(あんまり)逸さずに受けてきたんだ。
 だのに。
 何で止まってるボール打つのが、こんなに難しいんだよ…
 俺の自慢の動体視力なんて1ミリも役立たねえし。

「いやいや。ティーショットのボールの行方、キャディーさん並みに追えてたじゃん、ねえ日向さーん」
 …キャディーさん、ではなく苗字で呼んでしまうこの人のメンタルは、俺にはかけらもない。
「…そっすね」
 仏頂面のキャディーがぶっきらぼうに呟く。今日、初めてこのキャディーに褒められた…
「コイツさ、俺の中高大…あ、小学校もか、の後輩でさ。高校の時は甲子園出たんだぜ〜 んでさ、大学の時は神宮で…そこそこ、なー。」
 正確には。高二の夏、控えの捕手でベンチ入り。ベスト8まで行ったが、出場は一試合で代打出場のみ。大学では二年生の時に肩を壊し、以後主務としてチームを裏から支えた訳だが。

「いやいやいや〜、でもさ〜、その代打でヒット打ったじゃん! スゲーじゃん、甲子園でヒット打つなんてよ、なあパパ、そんな奴ウチの会社に一人もいねーよなあー」
 社員約50名の、しかも女子社員が半数程の会社なのだが。
 その日向というキャディーは初めて俺に興味を持ったようで、
「何でゴルフ始めたんすか?」
「コロナ。」
「ハア?」
「だから。このコロナ禍で、密にならなくて、健康的で、屋外で出来るスポーツだから。」
「はあ。」
「俺が勧めたんだよ〜ん。だってさ、甲子園のヒーローの先生になれる訳じゃん、俺が。それってチョー気持ちいいんだわ〜」
 キャディーはあからさまに呆れ顔でリューサンを眺める。

「でも、どうだい雄大くん。ゴルフって奥が深くて楽しいモノだろ?」
 小林社長が俺らのやり取りを可笑しそうに眺めながら俺に言う。
「ええ、まあ。ただ、もっとやれるって、正直思っていました。舐めてました」
「ははは。そうだろうね。これからハマるよ。雄大くんの性格なら、間違いなく」
 色んな事情があって、学生時代から俺をよく知る小林社長が言う事ならば間違いあるまい。と言うか、既に俺はこのクソ難しいゴルフにハマりつつある。いや。ハマってしまっている。
 なので、出来ればこの後、帰宅途中で練習場で今日の反省をしたい。二時間ほど、みっちり今日の失敗を考察しながら改善してみたい。
 残念ながら今日はこの二人を広尾の家まで送らねばならないので、この反省会は明日の夜会社の帰りに持ち越そう。出来れば課題の先送りはしたくはないのだが仕方あるまい。

「ところでさ、日向さんってさ、ひょっとして研修生か練習生?」
 リューさんがチャラく声を掛ける。どう見てもナンパしているようにしか見えない。改めて日向キャディーを眺めてみる。
 身長174センチ±1センチ。体重63キロ±2キロ。右利き。推定視力2.0。
 女性にしては大柄で、だが顔はビックリする程小さい。今はマスクをしているから素顔はわからないが、切長の大きな目はなかなか綺麗な顔立ちを予感させる。が、キリッとした意志の強そうな眉毛が雰囲気を堅くしている感じがする。
 体付きは肩幅が広く、背筋はよく伸びておりしっかりとした体幹を想起させる綺麗な姿勢である。腰高で足は長く、野球やサッカーよりも陸上競技に向いている体付きである。
 腕は長く、掌は大きい。遠心力を使う競技、例えば砲丸投げやボーリングに向いているかも知れない。
 性格は陰気。後向き。内向き。強情。要は、団体競技には向いていない、友人や恋人にしたくないタイプである。但し、ゴルフのような個人競技では少しは可能性があるのかも知れない。

 ふとリューさんの言葉が気になるー
「ねえリューさん、研修生とか練習生って何?」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み