第7章 第4話

文字数 2,725文字

「ままさかそんなはずないだろおっさんおばかにするなよな!」

 … さっきから、俺…

 イケナイ事ばかりが頭に浮かび、頭が真桃状態なのだ…
 自信は、ある。この子を傷付けるような事をしない。それはみなみに誓える。のだが。
 俺はどちらかと言えば、華奢な体付きが好みだ、例えば楠坂のちなみちゃん、例えば陽菜、理想体はみなみである。
 なのでみなみちゃんの筋肉質のガッチリガテン系の体つきに全く興味ないし興奮もしない。筈なのだが…

 おかしい。さっきからみなみちゃんの筋肉モリモリの立派なヒップ、そしてそこから流れるように垂れ下がる意外に細い足、もっと言えば太そうで意外に細い太腿から目が離せんくなってしまっている。
 3月初旬なのに寝巻きの?ハーフパンツ姿なのだ。上はトレーナーなのだが、妙に艶かしく感じてしまう俺は、東京と群馬を一往腹(復!)半して頭がおかしくなったのかも知れぬ。
 いかんいかんいかん。ちょっと3時間ほど、仮眠するだけだ! 雑魚寝するだけだ! 別にベッドで一緒に寝る訳じゃねえ!

「いやいやいや。こんな固いとこで寝たら疲れ取れないって。ちょ、狭いけど、一緒に寝よ」
 … この子。本当に彼氏歴ゼロか? なんでこんなに落ち着いていられるの? 流石、大多慶小町、いや大多慶美魔女の娘だ。天然でこれなら、相当ヤバい。
 時計を見ると、2時。スマホの目覚ましを15時半にセットする。兎に角、目を瞑ろう。そして寝たふりをしよう。
「へへへ。ちょっと狭いかも。なんか〜ドキドキだね〜」
 な、なんだこの余裕は! 恐るべし、美魔女の娘。俺はカクカク頷き、失礼します、と呟きながらみなみちゃんが横たわるシングルベッドにそっと横になる。

 絶対、寝れない。
 寝れるはずが、ない。
 だって、今この世で一番一緒にいたい女子と一緒に、寝ているのだから。
「えへへ〜 ねーねー、ちょこっとだけさあ、腕枕って、してくれない〜?」
「いいけど」
 スッと左腕を伸ばすとみなみちゃんはちょこんと頭を載せ、
「うおおおおお〜〜、人生初腕枕ゲットおー」
 と大喜びしている。

 ぷっと吹き出すとともに、かつてない愛おしさが込み上げてくる。可愛い、可愛すぎる。見た目は正直ゴツいのだが、やる事なすこと言うこと、一々可愛い。全て俺のドストライクである。
 これでは益々、寝れそうにない。みなみちゃんがエヘヘと言いながら俺の胸に頬を載せる。安っぽいシャンプーの匂いが鼻と胸を満たす。左手でみなみちゃんをそっと抱く。
 更に大きく息を吸い込む。最早みなみちゃんの匂いで胸が、肺胞がいっぱいである。
 心臓が激しくたかな… らない。あれ?
 代わりに、激しい睡魔が俺を襲ってくる。まだ、もうちょっとこのまま、という微かな願いは却下され、意識がうっすらと遠くなっていく…

 気が付くと、ここはどこだっけ。
 ああそうだ、海ほたるグランドホテルの最上階のスイートだ。窓の外は真っ暗で遠く東京や横浜の夜景がキラキラしている。大型ジェット機が目の前を通り過ぎ、羽田空港に着陸するのだろう。
「ゆーだいさん、これじゃだめなんだっけ?」
 全裸のみなみちゃんが胸を両手で頑張って寄せている。
「そうじゃないよ。お尻と脚がいいんだ」
 みなみちゃんは頷き、
「そっか。お尻と脚はこれでいいんだね」
 俺は頷き、みなみちゃんに近づく。
「アタシはゆーだいさんの全部いいと思うんだけど」
 俺は声を立てて笑い、
「俺もみなみちゃんなら全部良いや」
 みなみちゃんはムッとした顔で、
「それじゃあ陽菜はどうなるの?」
 俺はちょっと考えて、
「陽菜も悪くはないんだ。うん。」
 みなみちゃんは深く頷き、
「そうでしょ。むしろ良いんじゃないの」
「そうだね。良いんだ。でも、みなみちゃんはもっと良いよ」
「そんな優しさ、要らねーーーーーーーーーーー!」
 みなみちゃんが俺の左胸を平手打ちする。

 痛っ
 あれ… ここ、何処だっけ…
 暫くぼんやりと何処かも意識できない天井を眺める。そして左胸に見える短い黒髪を穏やかに眺める。
 誰だろ。何処だろ。今、何時だろ。

 サイドテーブルの上の赤いデジタルの文字が09:37と見える。
 部屋を見回し、ああここはみなみちゃんの宿泊しているホテルと分かる。
 首を傾け、あどけない寝顔をみなみちゃんと認識する。
 うわあ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 真っ先に思い浮かんだのは5時半にセットした目覚ましが何故鳴らなかったのか、だった。慌ててサイドテーブルに置いたスマホをひったくり、目覚ましを見るとー15時30分!
「みなみちゃん! 起きろ! ヤバい、マズい! もう八時半だ!」
 この数年間で、こんなにテンパった事はない。
 みなみちゃんはパッと上体を起こし、俺を見下ろす。
「…あれ、ゆーだいさん? 何で…?」
「今日! 練習ラウンド! スタート何時だったっけ?」
「ええと。どーしてゆーだいさん?」
「それ、いいから! 何時だった?」
「……ここ、どこ?」

 みなみちゃんスイッチがオンになるまで更に2、3分かかる。
「や、やば…」
 人間、本当に慌てると何をしていいかわからなくなり、グルグル回り出す、と聞いた時は何の冗談かと聞き流していたのだが…
 今、俺とみなみちゃんは、さながらちびくろサンボの虎の如く、二人で狭い部屋の中をグルグル回っている。このままでは二人してバターになってしまう!

「ま、まずは。電話だ、コースに電話。事情話して、空いている所に入れてもらうんだ」
「わ、わかった!」
 人間本当にあえっている時にはスマホよりもガラケーの方が良い、と初めて知る。みなみちゃんは何度もタップミスを繰り返し、真面に安中C Cに電話出来たのは5分後だった。
「はい、はいっ、ああ、そーですか、ああ、いえ、仕方ないっす… あー、全然。ハーフで大丈夫っす、はい」
 どうやら、午後からハーフだけ回れそうだ。

「ま、いっか。コースの事は、ここに全部詰め込んできたからさっ」
 と言って、懐かしのジャポニカ学習帳の自由帳を差し出す。渡されてパラパラ眺めてみるとー
あら凄いじゃない。字も絵もヘッタクソながら、1番から18番まで、びっしり書き込んでいる。流石、プロ候補生!
「なんで、これから安中に送ってくれね?」
「勿論。お安い御用だ」
「で。ゆーだいさんの方は?」
「…会社に連絡、半休取るわ。午後はどうしても外せないリモート会議があるんだわ」
 本当は午前もリモートがあったのだが、まあ何とかなるだろう。
「あのさ、シャワー浴びたら? 昨日も浴びてないじゃん?」
 お言葉に甘え、さっとシャワーを浴び、ホテルを出たのは九時半だった。
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