第四章;第五話

文字数 3,620文字

「え!この子、恭也の弟だったの?」
 智に結の家に連れて行け!と言われ、僕は智と一緒に結さんの家に行った。
 結さんは僕に弟が居たことにとても驚いていた。
 一言も言っていないから知っているわけが無かった。
「結さん、いきなり連れてきてごめんな。智がどうしても連れて行けって言われて煩くって。」
 ダメだと言っても智のことだ、僕の後を付いて来るに違いなかった。
「別にいいよ。智くんって本当に可愛いね。」
 結さんにも気に入られて上機嫌の智だった。

「それにしても結さん、よく智が男の子って判ったね。
 ほとんどの人が最初は女の子って思うのに」
 ほとんどの人というより、初見で男の子だと判ったのは結さんだけだ。
 すべての人は女の子だと思うはずなのだった。
 しかし結さんだけは男の子だと気が付いた。
 これは僕にとって不思議でならなかったのだ。
「見た感じは女の子に見えるけど、すぐに男の子って気付いてたよ。
 何でか?って聞かれるとそう思ったから」
 何故?という明確な答えは得ることは出来なかった。
 しかし結さんには智が男の子だと見てすぐに気が付いたと言う。

 僕と智は居間に通された。
「ここが結の家か。すごく綺麗な家だね」
 初めて結さんの家に入った智は辺りを見渡していた。
 女性しか居ない家だからだろう。とても綺麗に片付いている。
 そしてやっぱりなんといっても空気が違う。
 男が居る家と居ない家では空気が変っている。
 女性特有の感じがとても強く出ているように思えるのだ。

 結は着替えてから居間に降りてきて僕たちにお茶を出していた。
「やっぱり結って家庭的で惚れるよな」
 よくこういうことを平気で智は言えると思う。
 ちょっと無神経な感じもするのだが、結さんをみるとちょっと顔が赤い(?)。
「智くん、私はぜんぜん家庭的じゃないよ。
 恭也ならいろいろなことを知っているから判ってると思うけど」
「結さんは智の言うとおり家庭的だと思うよ。料理も美味いしさ」
 智は僕の顔を見た。そして不機嫌そうな顔をしていた。
 まるで、結の手料理を食べただと!許せん!と言っているのが判る。
「料理はぜんぜんダメ。教えてもらっているところだし、
 お母さんやお姉ちゃんの料理に比べたらまだまだだもん」
 なぜか今日は結さんらしくない感じがする。
 いつもなら『そう?ありがとう』と言う気がする。

「智くんって中学生だったっけ。ちょっと聞いていい?」
 結さんが智になにか真剣な話をするように聞いた。
「智くんって女の子のように周りから思われているでしょ?
 男の子なのに女の子と思われていることは辛いって思ったこと無い?」

「今はぜんぜん思わないかな。でも昔はやっぱり辛かったよ。
 俺を見ると誰もが『可愛い』って言ってくるんだ。
 男なのに可愛いってなんだよって思ってた。
 背も155センチで止まるし、声も声変わりをしないし。
 周りの見る目も違うんだ。こいつ本当は女じゃねえの?って言われる。
 女の子の友達が増えるけど男の子の友人は居なくなるんだ。
 みんなはサッカーやろう。野球やろう。でも僕はのけ者にされる。
 逆に女の子からおままごと一緒にやろうって来るんだ。
 ゲームをするときもみんなと遊びたくて親に買ってもらった。
 でも一緒にやってくれないんだ。見た目が女の子って言うだけだよ。
 すごく辛くって家でよく泣いてた。

 俺が小学校五年のとき、友達からオトコオンナって馬鹿にされたんだ。
 好きでこんな身体に生まれたんじゃない。俺は男だ。
 でもやっぱり見た目なんだよな。見た目で人を評価するんだよな。
 見た目が女の子なら女の子と見られるんだよ。
 俺がいくら男だ!って言い張っていても、判ってくれないんだよね。
 この身体と声が女の子してるからさ。だから仕方が無いよね。
 それで俺はとても辛い思いしていつも泣いていた。

 そしたら、泣いている俺に恭也お兄ちゃんが言ったんだ。
『お前らしく生きればいいじゃん。
 お前がどう見られようが僕の弟の智なのだから』
 親からも男らしくならないってことでホルモン療法やれって言われて、
 自分の親からも異物のように見られている気がして辛い思いしてた。
 でもお兄ちゃんだけは違ってた。
『俺らしく生きろ』って言われたとき嬉しかった。
 そこで俺の中でなにかが吹っ切れたのかな。
『僕が女の子に見られるなら女の子になってやればいい。
 そうだ僕は周りが言っているように女の子になってやる』
 お前たちの思っている通りにしてやるぞって思うようになった。
 それで髪も伸ばし始めて着る服も可愛い服を着るようになった。
 女の子になっちゃうと周りの目が気にならないんだよね。
 はじめから俺の事を周りは女の子だって思っていたんだから。
 周りの目を声を気にして男なのに女の子って言われる。イヤだ。
 こんな身体は大嫌いだ、本当に辛い。
 そう思っていたのが嘘のように消えたんだ。
 女の子になっちゃうと周りが全く気にならなくなったんだ。
 逆に周りの言う通りに女の子になってやったぞ!って、逆に清々しい感じに思うようになった。
 他人から俺の事をどう思っているのか。そんなの関係ないじゃん。
 俺自身がどう生きていくか。俺はこう生きてやる。
 そういう気持ち次第で世の中の見方が変わるって思う」

 僕は智がそこまで考えていたことを始めて知った。
 確かに僕は泣いている智に言ったことがある。
 しかしその一言が智を大きく変えてしまったのだと思っていなかった。

「智くんって本当に偉いね。私はそこまで自分の心を決めることが出来ないよ。」

「結って女の子なのに男の子みたいなんだよな。
 でもやっぱり女の子なんだよ。そこが結の魅力じゃねえの?
 そういう結の事が俺は好きなんだよ」
 智が赤くなりながら結さんに告白した。
 結のどこが好きなのかをはっきりと自分の言葉で素直に言った。

「だから恭也お兄ちゃん、絶対に結は渡さん!」

「僕も結さんのことは大好きさ。誰よりも負けないと思っている。
 だから智、望むところだ。俺もお前には結さんを渡さんよ」
 僕は智からの挑戦を受けた。

「僕の気持ちは無視?一方的な愛情の突きつけの様な気がするんだけど。
 恭也からも智くんからも告白されて嬉しいよ。
 いつも見守ってくれる恭也の事も大好きだし、智くんの気持ちも本当にありがとうっておもう。
 でもさ本当に思うんだけど、僕の事を美化しすぎてない?
 こんな僕だよ?本当に僕のことを見てるの?
 恭也だって僕と出会ったのって今年の6月始めからでしょ?
 今10月中旬だよ。たった4ヶ月半で私の事がわかるの?」

 結さんの言いたいことはよく判る。
 でもその4ケ月半の間に僕はずっと毎日、結さんの傍に居たんだよ。
 喧嘩もした。結さんの体調のことも判ってる。
 泣いた顔、怒った顔、悲しい顔、、笑った顔、辛い顔、眠った顔。
 結さんのすべてを僕は見てきたんだ。

「結さんのことをすべて理解してるとは思って無いよ。
 すべて知る必要ってある?すべて知ることは不可能じゃない?
 こういうところは好き、でもこういうところは嫌い。
 お互いに絶対に出てくるよ。全部が好きって言うつもりも無いよ。
 僕は全部が好きって言うのは絶対にありえないって思ってる。
 それこそその人の事を美化してみていると思う。そして付き合って嫌な部分が見えてくるんだ。
 僕は結さんの好きなところ、嫌いなところが見えてると思ってるよ。
 結さんのことを美化してるとも思って居ないし、すべてを知っているとも言うつもりもないよ」

「恭也、後でしっかり話しよう」
 結さんの言葉があり、この話は終わってしまった。

「結、これだけ言わせてもらうけど、理屈で考える恋愛って嘘のように見えるよ。
 まだ中坊の餓鬼のたわ言だと思われるけどさ。
 好きに理屈は必要ないように思うんだよな。
 俺は結の事が好き。兄も結の事が好き。
 それなら結は誰が好きなんだ?それだけじゃん」

 智、こんな可愛い顔してアニメに様な可愛い声して、
 これが中学二年生の言うことか?

「恭也お兄ちゃんも結の事が好きなら、何でもっと自分をアピールせんの?」
「いろいろと事情って言うものがあるんだよ」

 僕には結さんの付添人という役目がある。
 結さんが大きな悩みを抱えていることも知っている。
 そして僕は結さんの母親やお姉さんから言われていることがある。
 ただ好きだからということで、僕は突っ走るわけに行かないんだよ。

 僕は結さんを見た。結さんも僕を見ている。
 結さんは今、何を思っているんだろうか。

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登場人物紹介

三浦大輔(みうらだいすけ);県立城北第二高校1年生。

恭也の親友。現実派。母親と姉の事が嫌い。

三浦 結(みうら ゆう);私立城北第一高校1年生。

大輔の従妹ということになっている。

勝気で短気・頑固。涙脆い。正義感が強い。

佐伯恭也(さえききょうや);県立城北第二高校1年生。

大輔の親友・小学校4年生からの幼馴染。三浦結が大好き。

三浦翔子(みうらしょうこ);私立城北女子第三高校の教師。

三浦由依・大輔・結の母親。

三浦由依(みうら ゆい);私立城北第一高校2年生。

三浦大輔・結の姉。

鈴木太一(すずきたいち);私立城北第一高校1年生。

負けず嫌い。未来の幼馴染。結のクラスメート。

四谷未来(よつや みく);私立城北女子第三高校1年生。

太一の家の隣に住んでいる。幼馴染。太一に恋心有り。夢見る乙女。

田端美耶(たばた みや);私立城北第一高校1年生。

いつも本を読んでいる。自分の伝えたい言葉を格言や台詞を使い話す。

佐伯 智(さえき とも);市立北浜中学校2年生。

佐伯恭也の弟。見た目は女の子だが完全な男の子。

結のことが大好き。

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