第二章;第五話

文字数 3,867文字

「太一、転校生を見たか?すっげー可愛いよな」
 ひろがいつに無く落ち着きが無い。
 前言を撤回する。
 いつも落ち着きの無いひろなのだが、
 今日はいつも以上に落ち着きが無い。

「転校生?この時期にか?」
「おまえさ。自分のクラスの出来事を、
 もうちょっと見たほうがいいんじゃね?」
 教室を見渡してみると一箇所に生徒が集まっている。
 その中心に転校生が笑って話をしていた。

「教育係は佐武か。」
「お前はそっちのほうに目が行くのな。
 名前は三浦結、あの三浦由依先輩の従妹らしい」
 三浦由依先輩の事は僕もよく知っている。
 一つ上の先輩でとても成績が良く、運動神経もとても良い。
 バレーボールとハンドボールの選手で、
 第一高校を初めて県大会にまで引っ張っていった。
 二年の中間テストで特進科を抜き成績トップだったと聞いた。
 しかも特進科への打診があったものの断ったと聞いている。
 特進科を断った理由が何であるのかよくわかっていないが、
 家族の事が理由で断ったと言われている。

 その三浦由依先輩の従妹が一年に編入学してきた。
 三浦由依先輩が特進科を断った理由が、
 この三浦結という女の子に関係があるのではないか?
 学校内ではそういう噂で絶えることがなかった。

「もしかしたら一年の歴史に新たな風が吹いてくるかもな」
 僕は中間テストの結果第22位という散々な結果だった。
 特進科に負けてしまったことはここは一歩譲るとする。
 普通科だけでさえ田端美耶にリードをされてしまったのだ。
 ここで三浦由依先輩の従妹である三浦結という転校生にも
 負けるわけには行かないのである。

「世の中にはサラブレッドのような血統の良い人がいるんだよなぁ」
 ひろが三浦結を見て嘆いていた。
 血統が良いとはよく言ったものだ。
 血統で言ってしまったらこの第一高や第三女子に通っている人は
 すべて血統書付きのようにみえてしまう。
 名のある学校に居るというだけで違って見えてしまうのだ。

 会社でも同じように思える。
 たとえば有名な一流企業に就職しているというだけで、
 その人の社会的な信用度は上がっていく。
 名前も知らない会社に入っているのとは、
 違いというものを見せ付けられてしまう。

 聞いたことの無い会社の名前を出すと、
「どういうお仕事をやってるの?」
「その会社ってどこにあるの?」
「従業員数は何人くらい居るの?」
「会社の規模は?」などと質問されて
 その人の値踏みをされるのだ。
 そして会社の規模が小さいと思われると、
 この人はこのくらいなんだ。という、
 その人の価値が勝手に決められていく。

 一流企業に勤めていると、会社の名前を出すだけで良い。
「すごい会社で働いているんですね」と羨望の眼差しで見る。
 たとえ仕事内容が(あり)のように、歯車のように、
 ただ同じことを繰り返すだけの単純な仕事でさえも、
 会社の名前が一流企業であれば、
 その人の価値が上がっていく世の中なのだ。

 学校も同じである。
 履歴書に一流の学校の名前を書いてあるだけで良い。
 学校の名前だけで、その人の価値は上がる。
 この地元でいえば城北第一高校普通科卒業と書いてあれば、
 城北女子第三高校普通科卒業と書いてあるだけで、
 ギリギリ卒業したというとても悪い成績でも、
 その人の価値というものが上がるのである。
 育ちがよく、頭も良い。礼儀正しくしっかりしていて品行方正。
 そのような履歴書がそのまま血統書のようになっていくのだ。

 その血統書が姉妹のみならず従妹という親戚にまであるということは、
 サラブレッド中のサラブレッドということになってしまう。

「三浦由依先輩の母親は第三女子の卒業生で、
 現在は第三女子の教師をしているって言うんだから
 世の中は本当に不公平だよな」
 ひろの嘆きたい気持ちはわからないわけではない。

 僕も親は地元の公立工業高校卒業で
 工業系の大学に行き無事に卒業して名のある会社に入った。
 一流電機メーカーの会社で給与はかなり良い額をもらっている。

 父は頑張る人であった。努力家であり苦労人でもあった。
 無能と呼ばれていた少年時代を過ごし、
 独学で一生懸命に勉強をしていった。
 父の少年時代はとても貧しかったと聞いている。
 塾に通うようなお金もない。
 高校でアルバイトをして、
 そのお金で参考書を買っていた。
 苦労をして自分の稼いだお金で勉強をしていったのだ。
 だから僕には夢を見させようとはしなかった。

 父親が一生懸命になって歩んできた道。
 努力に努力を重ねて進んできた道に夢というものは無かった。
 あるのは一歩一歩、自分の足で歩いていくことだけであった。

 それが親も親戚も血統書付きに何が判るんだ。
 だからはっきりと言う。
 三浦結、おまえには絶対に俺は負けない。

          ☆彡

「太一のクラスに編入生が入ったんだって?」

 美耶が僕にそう言ってきたのはとても驚いた。
 まず美耶から僕に話しかけることがあったのが驚いたことと、
 美耶が編入生の事を気にしているとは思いもよらなかったからだ。

「美耶が編入生のことを気にするとは思って無かったよ」
 僕が美耶に言うと、美耶は当たり前じゃないと言った。
「従妹とはいえ、あの三浦由依先輩の親戚なのよ。
 それだけでもすごいことだと思わないの?」

 確かに由依先輩はまさに文武両道というべき人だ。
 しかしそれは三浦由依先輩がすごい人だということであって、
 そこまで三浦結が注目されるようには思えないのだ。

「美耶や俺以上の学力を持っているとは思わないがな。
 もしあの三浦結がそれほどの力があるのなら、
 普通科ではなく、いきなり特進科に行くようになるだろうよ。
 特進科ではなく普通科に入れたということはそれだけの事だ」

 美耶は僕の言葉について考えているように思えた。
 そして一言、僕に言った。

「見るべき場所を見ないから、
 それで大切なものを全て見落とすのさ。」
「シャーロックホームズ、ボヘミアの醜聞」
「不正解。花婿失踪事件」

「美耶、君ほどの学力がありながら、
 何故そこまで三浦結のことを気にするのさ?」

「凡庸な人間は自分の水準以上のものには理解をもたないが、
 才能ある人物はひと目で天才を見抜いてしまう」
「これは簡単だ。シャーロックホームズ、恐怖の谷」
「正解」

 あの三浦結が天才だというのか?
 美耶がそこまで気にするほどの人物なのか?

「天より賦与(ふよ)された才能を持つことを天才というなら、
 あの二人のライバルが天才ならば
 私は努力に秀でた才能を持てばいい。
 そう秀才になればいいんだってな」

 僕は美耶と同じ様に台詞を言ってみた。
 すると美耶が僕の顔を見て笑顔で答えた。
「ARIA、晃・E・フェラーリ」
 僕は美耶の笑顔に答えるように、
 僕も笑顔で言った。
「正解」

          ☆彡

 僕が帰ろうとすると校門の前で未来が待っていた。
「未来、今日は帰りが遅くなるかもしれないから、
 先に帰っていろってメールしてなかったか?」
「帰ろうと思っていたんだけど気になることがあって・・・」
 未来に聞いてみると第三女子の間でも
 三浦結の事で話が持ち切りになっていた。
 一体あいつは何なんだよ。

「第一にするか第三女子のどちらかにするかって聞いてるの。
 全国で言っても第一高や第三女子ってかなり高いほうだと思う
 編入学でどっちに入ろうか選ぶって普通じゃ考えられないわ。」

 何を未来が考えているのかわからないが、
 今話題の時の人と言ったら、
 まず間違いなく三浦結が選ばれることだろう。

「普通では考えられないことが三浦結にとって普通じゃないの?」
 そこまで話題にされるような子じゃないように思えるのだが、
 未来も美耶もどうしたのだろうか?

「そういえばさっきも三浦結の事で美耶も気にしていたな」
「美耶?誰なの?」
 僕は今回の中間テストの結果を未来に言うことになる。
 そして田端美耶のことを未来に話した。

「美耶って言うから私の知っている美耶ちゃんのことだと思ってた」
 小学校一年のときに僕と未来と同じクラスになったことがあるという。
 よく三人で遊んだという話を未来から聞くが僕は全く覚えていない。

 小学校の一年生の思い出というと全くと言っていいほど覚えていない。
 唯一覚えていることは未来と一緒にご飯を食べていたときの事だ。
 未来が同時進行で物事が出来なかったことを覚えている。
 ご飯を食べるときにテレビを付けているとテレビに夢中になり、
 ご飯を食べる手が止まる。
 それを見た未来のお母さんがテレビを消す。
 ご飯を食べ終わるまでテレビ禁止にさせられるのだ。
 そして泣きながらご飯を一生懸命食べる未来の姿を思い出す。

「小学校に美耶って言う子なんて居たっけ?」
「後藤美耶さんだったかな。たった一年だけ小学校に来ただけで、
 二年のときにはまたお父さんの転勤で転校して行っちゃったんだよ。」
 こういう記憶力と言うのは未来の方が上だ。
 細かいところまで過去の事を覚えているのだった。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

三浦大輔(みうらだいすけ);県立城北第二高校1年生。

恭也の親友。現実派。母親と姉の事が嫌い。

三浦 結(みうら ゆう);私立城北第一高校1年生。

大輔の従妹ということになっている。

勝気で短気・頑固。涙脆い。正義感が強い。

佐伯恭也(さえききょうや);県立城北第二高校1年生。

大輔の親友・小学校4年生からの幼馴染。三浦結が大好き。

三浦翔子(みうらしょうこ);私立城北女子第三高校の教師。

三浦由依・大輔・結の母親。

三浦由依(みうら ゆい);私立城北第一高校2年生。

三浦大輔・結の姉。

鈴木太一(すずきたいち);私立城北第一高校1年生。

負けず嫌い。未来の幼馴染。結のクラスメート。

四谷未来(よつや みく);私立城北女子第三高校1年生。

太一の家の隣に住んでいる。幼馴染。太一に恋心有り。夢見る乙女。

田端美耶(たばた みや);私立城北第一高校1年生。

いつも本を読んでいる。自分の伝えたい言葉を格言や台詞を使い話す。

佐伯 智(さえき とも);市立北浜中学校2年生。

佐伯恭也の弟。見た目は女の子だが完全な男の子。

結のことが大好き。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み