第三章;第八話

文字数 5,511文字

 お姉さんが帰ってきて、そしてお母さんが帰ってきて、
 食事の支度ができるまで僕と恭也は一緒に居た。

「結ちゃん、お母さんが手伝ってって言ってる。
 恭也くんのお相手は私が交代」
 僕はお姉さんを見た。
 お姉さんなにか恭也に言うんじゃないのかと心配になってくるのだ。

「結ちゃん、大丈夫だよ恭也くんは取らないから」
「お姉ちゃん、そういうこと言わないの!」
 僕はお母さんのところに行く。
「恭也、行ってくるね。待っててね」

 お母さんのところに行くとプレートの準備がされている。
「お母さん、今日は何にするの?」
「お肉、ピーマン、糸こんにゃくといえば?」
「なにそれ?わかんない」
「すき焼きでしょ?」
「すき焼きってピーマンって入れたっけ?」
「特製すき焼き」
 たまねぎだったら判るけど、ピーマンって入れたっけ?
 僕のすき焼きの思い出にピーマンは無い。
 ピーマンを入れたすき焼きの記憶がないということは、
 一回もそのようなすき焼きを作ったことは無い。

「結ちゃん、たまねぎ買ってきた?」
「お母さんの買い物表にはにんじんはあったけど、たまねぎないよ・・・」
「あれ?忘れてた・・・。」
 ですよね・・・。
 鉄板焼きということにしておけばいいんじゃないの?
 僕の安直な意見が採用となり、鉄板焼きが決定した。

「結ちゃんポン酢は?」「今日買っておいた」
「卵ある?」「今日、安く売っていたから買っておいた」
「キャベツある?」「今日、買っておいた」
「キャベツ千切りにしておいてくれる?」
 僕は言われたとおりにキャベツの千切りを始めた。

「お母さんの知らない間に女の子としてできているんだね」
「キャベツの千切りだけで女の子してるって思われたくないよ」

「結ちゃんマヨネーズ置いておいてね」
「あ!恭也が使ってるドレッシング買ってきた。それで食べてみたい。」
 食卓のテーブルに次々と料理が並べられていく。
「お母さん、テーブルにプレート置くと邪魔にならない?」
「みんなで食べれるようにしていったほうがいいと思うんだけど。」
「恭也にいっぱい食べてねって言っても、恭也は食べにくいと思うんだよね」
 恭也は優しい。恭也の性格は僕はよく知っている。
 小学校四年生からの親友だったんだ。
 だから僕は思うんだ。いっぱい食べてねって言われても、食べてますと言う。
 僕たちは女の子だから食事は少ない。
 男の子に比べてあまり食べない。食べれない。
 だから僕たちと同じように食事を終わってしまうと思う。

「プレートをやめて一人一人お皿に盛ってあげたほうが、
 恭也も食べやすいと思う。そのほうが恭也は食べてくれるよ」

 お母さんは僕を見た。
「結ちゃんの言うとおりにしようか」
 プレートを片付けた。鉄板焼きをやめた。
 ただの野菜炒めになってしまった。
 すき焼き(?)から、ただの野菜炒め。
 料理の高級さはすごく落ちてしまったけど、高級感を出しても僕はどうだろうって思う。
 だってこんな僕なんだよ。

 お祝いってアーチェリーの県大会優勝と全国大会の事でしょ。
 こんな僕なんかのお祝いに高級感なんて要らない。
 僕の身の程の丈で十分なんだ。
 僕は恭也に酷いことをしているんだ。
 そんな僕にお祝いも駄目なんだよ。

 お祝いというのなら、僕は恭也の学年トップの事を祝いたいな。
 あとは恭也にありがとうって言う、感謝の気持ちを伝えて行きたいな。
 そのほうがとても大切なことなんだ。

 だからただの野菜炒めだけど僕は一生懸命に作る。
 恭也が食べてくれるのなら僕はそれだけで満足だ。
 それだけで僕にとって嬉しいことなんだ。
 お母さんから色々と料理を教えてもらっているけど、
 今日は恭也に食べてくれる。それだけで僕は嬉しいんだ。
 僕のお祝いはそれで十分だ。

「はい。お疲れさま ちゃんと出来てる。」
「お母さん味見して。お願い!」
 お母さんは僕の作った野菜炒めを一口食べた。
「うん、とっても美味しい。恭也君も喜んでくれるわよ」
 やっぱりお母さんにはすべて見透かされているような気がする。

「これでも結ちゃんのお母さんですから」

 やっぱりお母さんという存在はとても偉大だ。
 僕はどれだけお母さんに助けられてきたのだろう。
 お姉さんも僕にとって、とても必要な人だ。
 感謝しても感謝しつくせないとても大切な家族。
 そして新たに僕にとって、もう一人の大切な人が近くにいる。
 
「ねえお母さん、買い物に行くときに恭也が言った。『結さんのことは大好きです』って。」
「恭也くんが結ちゃんに告白したの?」
「告白って言うほどのものじゃないけど、普通な感じで言われただけ。」
「結ちゃんはどう感じたの?」
 どう感じたのか。
 とても嬉しかった。でもとても辛かった。
 何が辛いのかというと、恭也の事が好きだけど、大好きなのに、
 僕は恭也の気持ちに答えてあげれないから。

「お母さん、やっぱり僕は・・・」
 僕は続きが言えなかった。
 お母さんに抱きしめられて僕は泣いていたからだ。
 逆だったのかもしれない。
 僕が泣いてしまったから、お母さんが抱きしめてくれたのかもしれない。

「大丈夫だよ。結ちゃん。大丈夫だからね」
 お母さんに言われるけどやっぱり辛いよ。

 落ち着いてから僕は顔を洗った。
 涙目で恭也と顔を合わせることが出来ないからだ。
 落ち着いてから僕は一つ一つお皿に盛り付けをして完成した。

「結ちゃん、ご飯が出来たって伝えてこっちに来てもらいなさい」
 僕はお姉さんと恭也を呼んだ。
「恭也くんお腹空いたね」
 お姉さんは恭也と何を話していたのかな?

 ご飯を食べていると気持ちがちょっと落ち着く。
 というのは嘘だ。
 僕と恭也との間はすごく近い。
 居間のテーブルでも近いと思っていたけど、長いテーブルで二人ずつ対面に座る。
 僕と恭也は隣にいる。

 恭也って背が高いなって思ったけど、こんなに近くにいるとすごく高く感じる。
 ドキドキしてご飯の味がよく判らない。

「ねえ恭也、美味しい?」
 僕が聞いてみると「すごく美味しいよ」と笑顔で答えた。
「その野菜炒め、結ちゃんが作ったんだよ」
「味付けもちょうどよくって本当に美味しいです」
 なんか喜んでくれた。僕もとっても嬉しい。
「ありがとう。」
 一言しか言えない。

「恭也くん、夏休みも結ちゃんの事お願いします。」
 お母さんは頭を下げた。
「結ちゃんってさ。ほらこういう性格だしさ。恭也くんが必要なんだよ。
 だから私も恭也くんに。本当に結ちゃんの事お願いします」
 お姉さんが頭を下げた。
「こちらこそありがとうございます。しっかりと結さんを守っていきます」

 お母さん、お姉さん。そして恭也。本当にありがとう。
 でもね僕は辛くなってくるんだよ。
 恭也の事を思うとすごく心が痛いよ。
 お母さんもお姉さんも恭也にお願いするけど、
 恭也に僕はどれだけ酷いことをしていると思うの?
 とっても酷いことを言っているんだよ。
 とっても酷いことをしているんだよ。

「食事しよう。それから話しよう。恭也が学年一位取ったんだ。
 お祝いするんだ。だからそういう話はやめにしよう。」
 僕はそう言った。
「結さんのアーチェリー市内大会と県大会優勝と、全国大会出場もですよ」
 恭也、僕には祝ってもらうような資格なんて無いよ。
「そうだよね今日はいろいろとお祝いなんだから楽しく行こう」
 お姉さんは僕の顔をみるとそう言った。

 食事が終わってからお母さんは口を開いた。
「恭也くん、もう一つお願いしていいかな」
 僕と恭也は何を言うのか不思議に思った。
 これ以上、恭也に頼みごとをすることは嫌だったからだ。

「これは恭也くんが決めてくれていいんだけど、
 結ちゃんが学校から帰ってから私たちが帰ってくるまで一人なの。
 由依ちゃんが帰ってきたとしても女の子しかうちは居ないの。
 防犯の意味もあって恭也くんに家にいて欲しいの」

 何を言ってるんだお母さんや・・・。

「ちゃんと鍵をかけるから大丈夫だよ。」
「理由は結ちゃんにはちゃんと言うから今は黙っていてね」

「結さんのお母さん、結さんは大丈夫ですよ。
 ちゃんと一人で色々と考えていますし、結さんなら答えが出せると思います。
 結さんはしっかりしているんです。だから大丈夫です」
 恭也はお母さんをしっかり見ている。恭也はなにかを感じたのかな?
 恭也はなにか僕の事を知っているのかな?
 お姉さんが僕の事を話した?
 僕なら答えを出すって言っている。
 僕の事を気が付いているのかな。

「恭也くん、結ちゃんが悩んでいることに気が付いてる?」
 お母さんはさらに恭也に聞いている。
「はい。結さんがとても悩んでいることは知っています。
 僕には何を悩んでいるのか予想しています。
 僕が結さんの事を好きだということに、気が付いているから悩んでいると思っています」

「恭也くん、結ちゃんの悩みはもっと深いの。
 恭也くんが好いていることは誰もが知っています。
 しかし結ちゃんには恭也くんが必要です。
 必要な存在だから私もどうしようかと悩んでいます。

 これ以上結ちゃんの近くに居させるべきなのか。断るべきかです。
 本当の事を言うと、私は恭也くんに岐阜や長野に一緒に行かせるのはどうかと思っています。
 由依ちゃんに行かせるべきだと思っています。
 
 しかし結ちゃんにとって恭也くんは必要な人になっています。
 だから一緒に行かせるべきだと思いました。
 結ちゃんの悩みは恭也くんには理解できず、そしてとても難解なことなのです。
 だから結ちゃんの悩みはそっとして置いてください。
 結ちゃんの答えが見つかるまで待っていてくれませんか?
 
 身勝手な話だと思うかもしれません。
 とても苦しんでいることは判って欲しいとおもってます」

「結さんが答えを見つけるまで僕は待ちます。
 結さんがとても悩んでいることは僕も気が付いています。
 何とかしてあげたいと思っていますけど、結さんは本当に頭が良くてしっかりしている人です。
 だから僕が結さんに何もしてあげれないことはわかっています。
 結さんの必要とされる人に、もっと僕は頑張って行きたいと思っています。
 
 お母さんから依頼された二人っきりでということですけど、
 それは申し訳ありません。その件は辞退させて欲しいんです。
 理由はと言うと、僕は結さんのことが好きです。
 好きな人と二人っきりで親もお姉さんも居ないというのは、
 こんなことを言うのはなんですけど無理です。
 好きな人と二人っきりで過ごして守るのは無理です。
 今でもこんな近くに好きな人がいるんです。心臓バクバク言ってます。
 この状態で二人っきりで何もしないのは無理です。
 本気(マジ)で結さんのこと好きなんですよ。
 好きな人と一緒に居て良いって言ってくれて、
 好きな人の家族にもこんなによくしてくれて、こんなにも僕の事を信頼してくれて、
 普通ありえませんよ。アニメか!って言いたいんですよ。
 それでこんな状態になっている僕がですよ、
 大好きな結さんと二人っきりで居てくれるかって無理ですよ」

「恭也くんって本当に良い子だよね。
 お母さんが好き同士の男女を二人っきりにするわけ無いでしょ。
 恭也くんに一緒に行ってもらうんだから、私たちの大切な結ちゃんを恭也くんに預けるんだから、
 間違いが無いように釘を打ったのよ」

 お姉さんの一言で私の緊張の糸が切れた・・・。
「お姉ちゃん、どういうこと?」
「だから一緒に居ることをOKしたら付添人も辞めさせる気だったのよ」

「お母さん、恭也を試したの?」
「当たり前でしょ。とっても大切な結ちゃんを預けるんだもの。
 結ちゃんに何も無いようにするのは当然です。
 大切なうちの子を危ない男に任せるわけないでしょ?」

「それで好き同士って言っていたように思うのですけど・・・」
 恭也の言葉で僕はお姉さんを睨んだ。
 お姉さんははっきりしなさい。と言っている感じに見えた。

「僕も恭也の事が好きなんだよ。
 でも付き合うことはできないごめんね。
 僕の問題で、僕自身の問題なんだよ。
 恭也が嫌いとかそういうことじゃなくて・・・」

「いいですよ、まだそれで良いです。
 今は結さんの気持ちが知れてとても嬉しいですよ。
 僕は待っていますよ。結さんが答えを見つける。
 そのときに僕への気持ちもはっきりとするんです。
 だからいつまででも待っていますよ。
 ゆっくりと自分自身の問題を片付けてください。」

「本当に恭也くんって良い子だね。
 なんでこんな良い子が結ちゃんの事をここまで好きになるのかねえ。
 私にここまで愛してくれる子って居ないんだけど」
 お姉さんがなぜか嘆いているように思う。
「由依お姉さんの事もすごく好きですよ」
 恭也がお姉さんに言う。
「恭也くんそんなことを、そんな大それたことを、
 大好きな結ちゃんの前で言って大丈夫なのかねぇ」
 恭也は僕の顔を見てお姉さんの顔を見て、慌てているように見える。

「お姉ちゃん、いい加減にしないと僕は怒るよ・・・」

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

三浦大輔(みうらだいすけ);県立城北第二高校1年生。

恭也の親友。現実派。母親と姉の事が嫌い。

三浦 結(みうら ゆう);私立城北第一高校1年生。

大輔の従妹ということになっている。

勝気で短気・頑固。涙脆い。正義感が強い。

佐伯恭也(さえききょうや);県立城北第二高校1年生。

大輔の親友・小学校4年生からの幼馴染。三浦結が大好き。

三浦翔子(みうらしょうこ);私立城北女子第三高校の教師。

三浦由依・大輔・結の母親。

三浦由依(みうら ゆい);私立城北第一高校2年生。

三浦大輔・結の姉。

鈴木太一(すずきたいち);私立城北第一高校1年生。

負けず嫌い。未来の幼馴染。結のクラスメート。

四谷未来(よつや みく);私立城北女子第三高校1年生。

太一の家の隣に住んでいる。幼馴染。太一に恋心有り。夢見る乙女。

田端美耶(たばた みや);私立城北第一高校1年生。

いつも本を読んでいる。自分の伝えたい言葉を格言や台詞を使い話す。

佐伯 智(さえき とも);市立北浜中学校2年生。

佐伯恭也の弟。見た目は女の子だが完全な男の子。

結のことが大好き。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み