最終章;第十話

文字数 4,560文字

 夜の間も私は恭也の手を握り続けていた。
 そしてウトウトとすると看護師さんが私に毛布を掛けてくれた。
「すいません。またウトウトとしちゃいました」
「あまり無理しないでくださいね。この子は結さんの彼氏?」
 看護師さんが私に話しかけてくれた。
「はい。私にとって一番大切な人です」
「入院していたときお花を持ってきてくれた子はこの子よ」
「素敵なお花で気分が落ち込んでいたときに元気を貰ってました」
 看護師さんは私に優しい笑顔をくれた。
「無理しないで身体を休めてね」
「はい。ありがとうございます」
 看護師さんが病室から出て行った。
 私は恭也の顔を見る。
「恭也、早く目覚めてね。恭也の笑顔がすごく見たいよ」
 私は恭也の寝ているベッドにそのまま頭を落とし、
 そして深い眠りに入ってしまった。

 次の日の朝、私が目覚めても恭也は起きていなかった。
 恭也は検査のため看護師さんたちに運ばれていった。
 私はその間に購買に行き、ノートを買い込んできた。
 真奈ちゃんに借りた授業ノートを私は買ってきたノートに書き写し
 勉強を始めていた。かなり授業スピードが上がっているのを感じた。
 真奈ちゃんノートを全部書き写したころ、恭也が病室に戻ってきた。
 ベッドに移されるのだがまだ意識が戻っていなかった。
 私はまた恭也の左手を握り目覚めることを祈った。
 そしてまたウトウトと眠りに着いてしまった。

「結ちゃん」
 私を呼ぶ声がして目が覚めた。お姉ちゃんが来てくれた。
「はい今日の着替え。恭也くんは見てるからシャワー浴びてきなさい」
 私はお姉ちゃんの言われたとおりにシャワーを浴びに行った。
 そして頭と身体を洗った。
 身体を拭き着替えてから袋の中に着替えたものを入れた。
「はい、お弁当。ちゃんと食べるのよ」
 お姉ちゃんからお弁当を貰って今日の食事を食べた。
「結ちゃん、ちゃんと食事を食べてないでしょ。
 一日一食とかやっていたら身体を壊しちゃうよ。
 購買に行ってお弁当でもおにぎりでもいいからちゃんと食べなさい」
 お姉ちゃんから言われるのだけど食べたくない。
「昨日、未来ちゃんからバランス栄養食を貰った」
「それで今日はそれを食べたの?」
「まだ一個も食べてない」
「結ちゃん、本当にいい加減にしなさい!
 みんな結ちゃんのことを心配してるんだよ。
 ちゃんと食べなさい。わかった?」
「うん…」
 そのうちに智くんや太一が来る。
「結、これがお兄ちゃんの教科書とノートだよ」
「智くんありがとう」
「結、佐武から今日の授業のノートと学校で配布されたプリントだ」
「太一ありがとう」
「それで真奈ちゃんに昨日のノート返しておいてくれないかな」
 私は太一にノートを渡した。
「未来からこれを渡してくれって言われた」
 見てみると袋の中には沢山のバランス栄誉食が入っていた。
「未来ちゃんにありがとうって伝えてくれる?」
「しっかり伝えておくよ」
「うん、ありがとう」
「無理するなよ。必要なものがあったら連絡してくれよ」
 そしてお姉ちゃんと太一と智くんが帰って行った。

 私は恭也の使っている教科書を開いた。
 僕はこの教科書を知っている。
 僕が大輔だったときに使っていた教科書だ。
 だいぶ授業が進んでいるんだな。もうほとんど終わっている。
 それもそうか、もう12月で二学期ももうすぐ終わるんだから。
 私は恭也のノートを見た。
 はじめの方はちゃんとノートをとっていない感じだった。
 そして私の名前が書かれている。

『今何を悩んでいるんだろう…教えてほしいけど聞けない』
『彼氏X あんな子がなぜ?』
『大輔 結 一体なにがあったんだ?』

 所々に書き込みがある。
 恭也はずっと私のことで悩み続けていたんだ。
 そしてある日を境にすごく綺麗にノートが書かれていた。
 この日は夏の合宿前のテスト前期間のとき、
 恭也と私がお母さんに勉強を教えてもらっていた日だ。
 この時のテストで恭也は学年トップになったんだっけ。
 なんかすごく懐かしいな。
 恭也の字はしっかりとしていて筆圧も強い、
 とても読みやすくてはっきりとした字を書いている。
 優しい恭也がこんなきっちりした字を書くとは思っても居なかった。
 私は買ったばかりの新しいノートを使って勉強を始めた。
 勉強もひと段落着いて給湯室に行きお湯を急須に入れた。
 御茶葉も入れていたので美味しい緑茶を飲むことが出来た。
 そして私は毛布を掛けてまた恭也の手を握り眠りについた。

 次の朝は学校がお休みということもあり、
 午後2時ころの面会時間から恭也の友人という人が来た。
 なんかこの子を私は見たことがある。誰だっけ?
「一度お会いしたいと思ってました。あの時助けてくれてありがとう」
 聞いてみるとあの苛められていた男の子だった。
「もう苛められてない?大丈夫?」
「女の子に助けられてるんじゃないって恭也くんに怒られました。
 だから苛められそうになっても自分で対応できるようになりました」
 その男の子は笑って答えていた。
「恭也くんの学校生活ってどういう感じなの?」
「二高って勉強魔みたいな人が居ないんですけど、
 なんか結さんに出会ってから恭也くんは勉強魔になりましたね。
 お付き合いされているんですよね。恭也くんがとても喜んでました」
「色々と話をする仲なの?」
「前は良く話をする親友が居たみたいなんですけど、
 なんだか良く判らないけど引越ししたと言ってました。
 それですごく落ち込んでいて話をするようになったんです。
 第一高校にすごい子が入ったって二高でも騒がれてから
 僕を助けてくれた人がその人だとは知らなくて、
 恭也くんに女の子に助けられているんじゃねえと怒られて
 すごい優しいんですよね。恭也くんは」
恭也の優しさは一番私が知っている。
ずっと私と恭也は一緒に居たんだから。

「学校の授業ってどこまで進んでいるのかな?」
「僕がノートを持って来てます。参考にしてください」
 その男の子にノートを借りた。
「ありがとう。お借りします」
「結さん、恭也くんのことよろしくお願いします。
 恭也くんは本当に結さんのことが好きなんです。
 恭也くんは本当にすごくいい人なんです。」
「はい。しっかりと任されました。私も恭也のことが大好きです」
 その男の子は帰っていった。
 帰るときに「ありがとう」と一言、私に言った。

 そして智くんが病室に来た。
「結、俺さ、ホルモン治療を受けようと思ってる」
 智くんからそう言われたときはとても驚いた。
「智くんが納得しているのならいいと思うよ。
 でも自分が納得していないのならもっと考えるべきだと思う」
「すぐにやる必要は無いんだけどやっぱり考えるんだよ。
 今のままの自分でいいのかなって思うんだよ。
 俺が自分らしく生きるために必要なことならやっていこうと思う。
 今の俺の姿って見た目女の子だろ声も女の子だしさ。
 自分らしく生きているのかなって思うんだよ」
 智くんは智くんだと私は思っている。
 私の大切な友人の智くんだ。
 私の困ったときに助けてくれた智くんだ。
「自分らしくって本当にそういう意味なのかな?
 今の智くんの姿も智くん自身じゃないかな?
 恭也が言っていたんだよね。『お前らしく生きろ』って。
 それって智くんがホルモンをやれって言う意味で言ったのかな?
 私はそういう意味で言ったんじゃないと思ってるの。
 私は恭也に聞いたことがあるの。
 もし智くんが男性ホルモンじゃなくて、
 女性ホルモンをやりたいといったらどうするの?と聞いたの。
 そしたら『智の言う通りにさせる』って言ったの。
 智くんの今の女の子のような姿も智くん自身であって、
 ありのままの自分で居てほしいと思っていたんじゃないかな?
 だから私は智くんにしっかりと考えてほしいと思ってるの」
「お兄ちゃん……」
 智くんが涙を流していた。
 私は智くんを抱きしめてあげた。
「結の言う通りにしっかりと考えて結論を出すね。ありがとう」

 しばらくすると太一と未来ちゃんが来た。
「ほれ結。お昼ごはんだ。食べないと許さんからな」
 お弁当と牛乳を持ってきてくれた。
「太一、ご飯に牛乳の組み合わせ?」
「ただのお弁当じゃないぞ。未来が結のために作ったお弁当だ」
 お弁当を開けるとご飯の上にそぼろが乗っている。
 色彩豊かとは行かないけど美味しそうに出来ている。
「これを未来ちゃんが作ったの?」
「うん、お弁当一つでもやっとできたっていう感じかな。
 私がもっと料理が出来たらいいけどごめんね」
「未来ちゃん、その誰かのために作るという気持ちが大切だと思うよ。
 その人のことを想って一生懸命に作るの。
 その気持ちって通じるものだから私は本当にうれしいよ。ありがとう」
 私はそのお弁当を食べた。
 ちょっと塩気が少ない感じがするけど塩分控えめは良いことだと思う。
 ちゃんと健康を考えたお弁当だと私は思った。
「そういえばもうすぐお姉さんが来ると思うぞ。下で逢った」
「お姉ちゃんは何をしているの?すぐにこればいいのに」
「恭也の両親と話をしてた」
「恭也の両親は何で来ないの?」
「知らんけどいろいろあるんじゃないのかな?」
そういえば恭也の両親って何をしている人なんだろう。
聞こうと思って聞いていないことに気がついた。
「智くん、両親は何をしてる人なの?」
「うちの親?病院の先生だよ」
「先生っていろいろとあるけど医科は何?」
「父親は外科の先生で母親は看護師をやってるよ。」
「どこの病院なの?」
「ここの病院だよ。松浜聖霊病院。
 両親は松浜医科大学病院で知り合ったって聞いてる」
「あの医科大学病院って看護科ってあったっけ?」
 さすがに医師を目指そうとしているだけのことがある。
 未来ちゃんがすばやく聞いた。
「母親は婦人科医で、その後看護学校に行って看護を始めたらしいよ」
「未来ちゃん、この病院って松浜医科大の先生って採用するの?
 特に十全記念病院の方が強いんじゃない?」
「医局のことは良く判らないけど採用されることはあると思うよ。
 確か実際に松浜医科大の先生がいるから」
 この病院で働いているのなら恭也に逢いにこればいいのに。
 やっぱり腑に落ちないことだらけだった。
「食べ終わったら私達が恭也くんを見てるから、結ちゃんは寝て」
 私をソファーに連れて行こうとした。
「でも恭也が起きたらすぐに逢いたいから」
「結ちゃんすごい寝不足の顔をしてる。だからしっかりと寝てほしい」
「未来の言うことを聞け。本気で俺達は心配してるんだぞ。
 一時間でもいいから仮眠をとってほしい。」
私は未来ちゃんや太一の言われたとおりにソファーで横になった。
「結、毛布。掛けるよ」
 智くんが毛布を掛けてくれた。
「ありがとう」
 私は横になると急に睡魔に襲われてしまい深い眠りに入ってしまった。


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登場人物紹介

三浦大輔(みうらだいすけ);県立城北第二高校1年生。

恭也の親友。現実派。母親と姉の事が嫌い。

三浦 結(みうら ゆう);私立城北第一高校1年生。

大輔の従妹ということになっている。

勝気で短気・頑固。涙脆い。正義感が強い。

佐伯恭也(さえききょうや);県立城北第二高校1年生。

大輔の親友・小学校4年生からの幼馴染。三浦結が大好き。

三浦翔子(みうらしょうこ);私立城北女子第三高校の教師。

三浦由依・大輔・結の母親。

三浦由依(みうら ゆい);私立城北第一高校2年生。

三浦大輔・結の姉。

鈴木太一(すずきたいち);私立城北第一高校1年生。

負けず嫌い。未来の幼馴染。結のクラスメート。

四谷未来(よつや みく);私立城北女子第三高校1年生。

太一の家の隣に住んでいる。幼馴染。太一に恋心有り。夢見る乙女。

田端美耶(たばた みや);私立城北第一高校1年生。

いつも本を読んでいる。自分の伝えたい言葉を格言や台詞を使い話す。

佐伯 智(さえき とも);市立北浜中学校2年生。

佐伯恭也の弟。見た目は女の子だが完全な男の子。

結のことが大好き。

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