第四章;第八話

文字数 3,412文字

 結さんが着替え終わり二階の自室から降りてくる音が聞こえた。
 そして智が結さんをみると動かなくなっていた。
「智、どうした?」
 僕は智のことが心配になり声をかけた。
「結がメガネをかけてる。」
 僕は結さんが入院していたときにはいつもメガネをかけていたし、
 長野合宿に行ったときもメガネをかけていたので知っていた。
 太一くんも同じクラスでメガネをかける姿を見ているようで、
 何を驚いているのか判らない様子だったが、未来さんは違っていた。
 智の言葉を聞き、振り返り結さんの姿を見た。
「結さんってメガネっ子でもあったんですね。しかもすごく似合ってる。
 可愛いし、知的だし、優しいし、お料理も出来て、しっかりしてて。
 スポーツも出来て、勉強も出来て、本当に同い年なのかな。
 もう本当に私は結さんに勝てるところが一つも無い気がする。」
 未来さんの言葉に結が答える。
「未来ちゃんのほうが絶対に可愛いよ。それでね未来ちゃんちょっと相談事していい?」
 結さんが未来さんを呼んでいた。
 未来さんは立ち上がり結さんといっしょに二階に上がっていった。

「結のやつどうしたんだ?」
 太一くんが不思議に思っていた。
「女の子同士の会話があるんじゃないか?男子禁制の会話っていうやつ。
 そして智は行こうとするんじゃない。ちゃんと座ってろよ」
 ゆっくりと結の後に続いて行こうとする智を僕は止めた。
「お兄ちゃんいいだろ?結の相談事ってなにか気になるじゃんかよ」
 本当にこいつは考える前に行動しようとする。

「恭也。結とその後はどうなんだ?」
 太一が僕たちの心配を始めた。
「相変わらずだよ。何も聞かない。話さない。」
 僕は結さんが待ってくれるように言われている。
 だから僕は待つそれだけだ。

「恭也、もうちょっと積極的に行くべきじゃね?
 結は付き合ったことは無いと思うぞ、男性経験も無いと思う。
 下手したら一回も恋愛経験も無いように感じる。
 恭也が初めて好きになった男なんじゃないのか?
 そして頑固で頭が固い。柔軟性にも欠ける子だ。
 しかも全部理屈で考えようとしている。

 教科書に書かれている勉強はあいつはすごく得意だよ。
 でも恋愛というものは教科書が無い。全部、経験なんだよ。
 好きと言われたらこう言いましょうなんてものは無いんだよ。
 キスの仕方とかセックスの仕方というものは、今の情報社会ならいくらででも知ることは出来るけど、
 実際に自分が経験することとはぜんぜん違うんだよ。
 それが結のやつには判って無い様に思う。

 人に沢山聞いても、実際には結自身が経験していかないといけない。
 恭也、おまえが結を引っ張っていかないといけないんだ。
 お前が結をリードしてやらないといけないと思うんだよ。
 恭也があの頭でっかちに判らせてあげていかないといけないんだ。
 それをいつまででも待つっていうのはダメだと思うぞ。
 結のハンマーを使っても壊れない頑丈な殻を、恭也がガンガン叩いて壊さないといけないんだよ」

 太一の言っていることは自分でも判っているんだ。
 でも結さんの悩みというものはもっと深いものに思う。
 だから結さんは誰にも言えないと思っている。

「そういえばさ、俺の友達で美耶っていう子が居るんだよ。
 恭也も会ったことがあるだろ。夏休みのときバーベキューで。
 メガネをかけたちょっと表情に乏しい感じの女の子。
 あの子が結のことで言った言葉があるんだよ。

『結さんの悩みは、私たちの悩みと次元が違う。
 そして絶対に解決することが出来ない。
 だから結さんは常に苦しんでいる。
 そしていつも家族が支えている。
 二高の男子でさえ、結さんの悩みに触れられない。
 気持ち的に肉体的にも、両方の悩みを背負っている。
 だから他人に如何こうされて解決できないと思う』

 美耶ってマジな話すごいやつでさ。
 人の行動とか、思っていることとか見てきたように話すんだよ。
 その美耶が言うんだよ『絶対に解決することは出来ない。』って。
 だから結は絶対に解決できないことを悩んでいて苦しんでいるんだ。
 絶対に答えの無くて解決できないことだから、いつまで待っていても結は答えを見つけられない。
 結はいつまで経っても答えの無い問題を解いているんだ。
 いつまで経っても結は恋愛が出来ないんだよ。それを恭也は止めてあげなくてはいけないんだ。
 いつまででも解いているんじゃない!ってさ、恭也は結に気づかせないといけないと思う。」

 絶対に解決が出来ない問題をずっと考え続けている。
 でも僕はその問題を知りたいと思っている。
 結さんに解決できないことを僕が入ったところで解決できるとは思わない。
 でも大好きな人だから大切な人だから僕は結さんの問題を知りたい。
 結さんが苦しんでいる悩みを僕は知りたいと思っている。

 僕たち全員を家に呼んだ理由。なんとなく僕は判る気がする。
 太一くんと未来さんがお付き合いをしセックスを経験した。
 本人から聞いたわけじゃないが今までの二人の態度から判る。
 だから未来さんに相談しようと家に呼びたかった。
 しかし未来さん一人だけを呼ぶわけにはいかない。
 みんなが居るあの状況で結さんは出来なかったんだ。
 だからその場に居た太一や僕たちまで家に呼んだんだ。
 そして未来さんに相談するために部屋に未来さんだけ呼んだ。

 そうすると悩みっていうのは恋愛経験の事なのか?
 教科書に無いことだからどうしたらいいのか判らないのか?
 でもそういうことなら一人で悩まずに二人で経験をしていけばいいことだ。
 簡単に解決方法は見つかることだろう。
 少なくとも結さんのお母さんに聞くことも出来る。
 お母さんは由衣お姉さんと大輔を産んで育てた経験者だ。
 現在進行形で恋愛をして初体験しようとしている僕たちとは天と地ほどの経験の違いがある。
 結さんのことだ。お母さんにもお姉さんにも相談しているだろう。
 それでも解決できないから家族で支えあっているんだろうと思う。

 そういえば由衣お姉さんから言われていることがあった。
 結さんを冷静にさせる言葉。
 それを言えば確実に冷静になるが確実に僕は嫌われる。
 何故、あの言葉を言うと冷静になるんだ?
 だめだやっぱり判らない。

 僕自身も今よりももっと結さんに近づきたい。
 付き合って行きたい。でも付き合うってなんだ?
 今、僕は誰よりも結さんの近くに居る。
 家にも呼ばれているし結さんの家族にも良くしてもらっている。
 結さんと一緒に居ることを許されている。
 一番結さんの近くに居ると思うのに、それでも結さんにもっと近づきたいという気持ち。
 これ以上近づくって一体なんだ?
 それこそセックスするしかなくなるんじゃないか?
 しかしそこまでの道のりがはるかに遠くにある気がする。
 なにがそんなに遠くにある気がしているんだ?
 僕はもっと近づきたいが結さんが離れていく気がしているんだ。
 常に一定の距離をずっと保っている。

「恭也さ、でもさすがにキスぐらいはやっているだろ?」
 太一も無茶なことを言うものだ。
 キスぐらいと太一は簡単に言うかもしれないが、結さんにキスが出来たら僕は苦労はしない。
「おまえら、マジかよ。長野にも一緒に行ったんだろ?」
「合宿中は二人の時間はあったけど監視の目が厳しかった。」

「一緒に登下校してるだろ?」
「登下校中はちょっと距離を置いて歩いてるし無理だった」

「二人っきりで家に居るときもあっただろ?」
「なんかうまくいかなかった。ドキドキしてるしさ進めないんだよ。
 太一は未来さんとキスするときはどうだった?」
 どうだったという質問はちょっと変かもしれないが、自分も奥手だということを知っている。
 いい雰囲気になったことはあるが、うまく活かす事が出来ない。

「どうって、未来とは見つめ合ってそのままキスするだけだぞ?」
「なんでそんなに簡単に出来るんだよ」
 見つめ合うと心臓がドキドキして熱くてむりじゃん。

「恭也、お前にも問題がありそうな気がするな」
 たしかに太一の言う通りかもしれない。

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登場人物紹介

三浦大輔(みうらだいすけ);県立城北第二高校1年生。

恭也の親友。現実派。母親と姉の事が嫌い。

三浦 結(みうら ゆう);私立城北第一高校1年生。

大輔の従妹ということになっている。

勝気で短気・頑固。涙脆い。正義感が強い。

佐伯恭也(さえききょうや);県立城北第二高校1年生。

大輔の親友・小学校4年生からの幼馴染。三浦結が大好き。

三浦翔子(みうらしょうこ);私立城北女子第三高校の教師。

三浦由依・大輔・結の母親。

三浦由依(みうら ゆい);私立城北第一高校2年生。

三浦大輔・結の姉。

鈴木太一(すずきたいち);私立城北第一高校1年生。

負けず嫌い。未来の幼馴染。結のクラスメート。

四谷未来(よつや みく);私立城北女子第三高校1年生。

太一の家の隣に住んでいる。幼馴染。太一に恋心有り。夢見る乙女。

田端美耶(たばた みや);私立城北第一高校1年生。

いつも本を読んでいる。自分の伝えたい言葉を格言や台詞を使い話す。

佐伯 智(さえき とも);市立北浜中学校2年生。

佐伯恭也の弟。見た目は女の子だが完全な男の子。

結のことが大好き。

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