第四章;第九話

文字数 2,459文字

 いつしか太一と智が言い争いを始めていた。
 どういうことが起きたのか判りやすく簡潔に言うと、僕と太一は真剣に話をしていた。
 そこに相変わらずの空気読み人知らずの智が入ってくる。
 真剣に話をしているのに、割り込んできた智に太一が怒る。
 それに対して智が反論し怒り出す。
 そして喧嘩にしか思えないほどの言い争いになっていった。

「智!いい加減に・・・・・・」
 僕が言い出した瞬間、結さんが居間に入ってきて、智の頭に強くチョップをした。
 グーで殴るわけでなくゲンコツでもなくビンタでもない。
 手剣というべきか、結さんは居合道をやっていることもあり、
 手を刀のように見立てて兜割りのように真っ直ぐ振り下ろした。
 智の頭蓋骨が割れたんじゃないか?と思うくらいの大きな音が部屋中に聞こえていた。
 あまりの光景に大騒ぎの喧嘩が止まった。
 太一は一瞬の出来事で何が起きたのか判らず動かずに止まっていた。
 智もいきなりの出来事で何が起きたのか判らずにいたが、
 結さんチョップ(手剣兜割り)で頭が痛くなり両手で押さえていた。

「太一、智くん何やってるの?恭也も何をボケッとしてたの?」
 結さんの言葉があり、僕たちは我に帰った。
「結!てめえいきなり殴るなよ!すごい痛いぞ」
 智は結にむかって行った。
「智くん、あのさ。何を喧嘩して騒いでいるんだよ。
 僕たちは二階で未来ちゃんと真剣に話をしてるんだよ。」
 向かってきた智に対し、怒りモードで怖さ倍増中の結さんが智に立ち向かった。

 太一も智も初めて見るであろう結さん怒りモード。
 もう雰囲気からして怖いのだ。しかも空気が変るのだ。
 このピリピリした威圧感が伝わってくる。
 マジでやばい!という空気が結さんから流れてくる。
 そして怒鳴るわけでもなく、強く言うのではない。
 ゆっくりとした口調がさらに恐怖を感じるのだ。

「いえ、何でもありません。結さん本当にごめんなさい」
 智が結さんに謝罪した。
「太一もなにをしてるの?」
「結、マジでごめんな。おとなしくしてるから」
 太一が正座をして座った。
「恭也は何をボーっとしてたの?」
「ちょっと太一くんと真剣な話をしてたんだよ。それで考えてたんだ」
 結さんと一緒に二階から降りてきたであろう未来さんが怖がっていた。
 未来さんも結さん怒りモードは初だったよな。
 すごく怯えていて居間の入り口で立ち止まって震えている。

「未来さんごめんね。ちょっと怖がらせちゃったね。
 こっちは静かにしてるから二階で結さんの相談を聞いてあげてくれるかな」
 僕が未来さんにいうと二階に上がっていった。

「智くん、僕の言うことをちゃんと聞いてくれるかな。そこでおとなしく座っていなさい!」
 智は言われたとおりに正座して座った。
 そして結さんは二階に上がっていった。

「マジで怖かった・・・・・・」
 智の目から涙が流れ出ていた。
 これはチョップされた痛みの涙か。それとも怒られたからか。
 もしくは結さんのあまりの怖さに涙をしたのかもしれない。
「おい恭也。なんだよあれ。ムチャ怖かったぞ!」
 太一も初めて見る結さん怒りモードの感想だ。
「結さんが怒るとすごい怖いんだよ。空気が一気に変わるだろ。
 さらに結さんの怒り本気モードなんてもっと怖いぞ。
 あれ見たら僕が結さんに強く出れないことも判るだろ」
 僕が太一に言うと大きくうなずいた。
「もっと強く押し倒すくらいにぶつかって行かせようと思ったけど、あの怖さは尋常じゃない。
 結を押し倒して無理やりやったら恭也は結に殺されるな。うん確実に殺される」
 すこしは僕の気持ちがわかったであろう。

「でも結は男三人相手に喧嘩して病院送りにされたんだろ。
 あの怖さがあったら逆に相手が逃げることは無かったのか?」
「あの時は結さんから最初に男の一人を殴ったんだ、
 だから男三人の怒りを買い殴られ蹴られ大怪我を負って入院したんだ」
 事実は少し違っているが簡単にいうとそういうことになる。

「苛められていたのがイヤだったって言っていたな。
 未来に出会っていて本当に良かったと思うわ。
 未来に出会わずに結と出会っていたら惚れていたかも知れん。
 自分の気持ちに真っ直ぐで、そして素直で、本当に良い子だよ」
 僕も太一がライバルじゃなくて良かったと思うよ。
 今の僕のライバルというと、僕の横で大粒の涙を出している智か。
「智、ほれティッシュ。涙を拭け。そしてまずは落ち着け」
 近くにあったボックスティッシュを智に渡した。
 智はティッシュを取り出し、そして涙を拭いた。

「お兄ちゃんは知っていたの?結の怒りモード」
 初めて見た智は本当に恐怖だったであろう。
 しかも頭に手刀兜割りをされ、さらに怒られたわけだから。
「もちろん知っていたよ。怒ったときにどうなるのかよく知ってる。
 結さんの怒った顔も、泣いた顔も、喜んだ顔も、悲しい顔も知ってる。
 でも結さんの根本にある苦しい顔はめったに見せない。
 辛い顔は見せてくれるんだけどね。人に弱いところは見せないんだよ」
 僕は今まで見せてくれた結さんの顔を思い出していた。
『うん、僕が弱いところは見せたくない』
 そして結さんの言葉が僕の脳裏に響いた。

 女の子なのに男の子のようで、でもとても女の子で。
 強がっているけど本当はすごく弱くて、でもすごく怖くて。
 辛くて苦しくても絶対に人には見せなくて。
 泣き顔も人には見せようとしない。
 そんな結さんのことが僕は大好きで。でも守りたいけど守れなくて。
 力になってあげたいのに何も出来なくて。
 近づいていくと離れて行き、離れていくと近づいてくる。

「本当にうまくいかないものだね」
 手に入れたくても手に入らない、うまくすり抜けていってしまう感覚。
 一番近くに居るのに、一番遠くにいる距離に僕がいるのだ。

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登場人物紹介

三浦大輔(みうらだいすけ);県立城北第二高校1年生。

恭也の親友。現実派。母親と姉の事が嫌い。

三浦 結(みうら ゆう);私立城北第一高校1年生。

大輔の従妹ということになっている。

勝気で短気・頑固。涙脆い。正義感が強い。

佐伯恭也(さえききょうや);県立城北第二高校1年生。

大輔の親友・小学校4年生からの幼馴染。三浦結が大好き。

三浦翔子(みうらしょうこ);私立城北女子第三高校の教師。

三浦由依・大輔・結の母親。

三浦由依(みうら ゆい);私立城北第一高校2年生。

三浦大輔・結の姉。

鈴木太一(すずきたいち);私立城北第一高校1年生。

負けず嫌い。未来の幼馴染。結のクラスメート。

四谷未来(よつや みく);私立城北女子第三高校1年生。

太一の家の隣に住んでいる。幼馴染。太一に恋心有り。夢見る乙女。

田端美耶(たばた みや);私立城北第一高校1年生。

いつも本を読んでいる。自分の伝えたい言葉を格言や台詞を使い話す。

佐伯 智(さえき とも);市立北浜中学校2年生。

佐伯恭也の弟。見た目は女の子だが完全な男の子。

結のことが大好き。

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