第二章;第十一話

文字数 3,084文字

「あのさ、私の目の前で唸らないでよ」
 夏期講習も終わり、
 図書室で美耶の前で考え事をしている。

「もう!太一くん、何があったの?聞いてあげる」
 美耶は読んでいる本を閉じた。
「恭也と話したんだよ」
 恭也?あの二高の男の子?
 美耶はその言葉だけで納得した様子だった。

「それで未来さんの事について悩んでいるわけね」
 なぜ恭也の名前を言っただけで、
 僕が未来のことを悩んでいることに気が付いたのか?
「恭也に言われたんだよ、何故未来が、
 看護士になりたいのか医者になりたいのか考えてって」

「未来さんに聞いてみたらいいんじゃないの?」
「夢だって言っていたんだよ」
「ならそこには夢以上のものがあるんじゃないの?」
 美耶の言いたい事がわからない。
 未来は医者になりたいと決めた。
 それ以上のなにかってなんだ?

「太一くんはどういう職業に就きたいの?」
「人工衛星やロケットを自分で作ってみたいんだ」
 僕は迷わず自分が就きたい職業を言った。
「IHIとかMHIとか航空宇宙システム製作所かな。
 太一君は地元から離れる覚悟なのね」
 僕は地元での就職はしない。工業系の大学に行き、
 そして美耶の言う航空宇宙システム製作所の希望なのだ。

「それで話は判ったわ。」
 僕は美耶にどういうことかを聞いたのだが、
「未来さんのことについて私は言うことは無い、
 太一君が自分で答えを見つけて欲しいって思う」
 そして席を立ち帰っていくのである。

 俺の就職に未来が何で関係あるんだよ。

 それ以来、夏期講習の後には
 図書室で美耶は来ることはなかった。

          ☆彡

 夏休みも終わり、新学期が始まった。
 8月に行われたアーチェリーの大会で、
 三浦結が優勝したと言うことを聞かされる。
 始業式で全校生徒の前で紹介される。

 クラスに戻っても三浦結の話一つだった。

「太一くん、後で話があるから放課後あいてる?」
 三浦結からそのように言われたときは、
 三浦結が僕に何を言われるのかと思うと、
 気が気ではなかったのだ。
 自分でも放課後までどのように過ごしたのか判らない。
 そして放課後になると三浦結の言われた場所、
 一年のいる一号館の屋上に行くのである。

「太一くん、恭也から何か言われた?」

 女と言うものはなぜここまで鋭いのか。
 なにか女子専用の情報ネットワークと言うものが、
 この世の中には構築されているのだろうか?

「未来の事でちょっと言われた」
「なるほどね」
 僕の一言ですべてを知った様子だった。

「お前はどうなんだよ。恭也のこと」
「恭也のことか。どうなるのかな。わかんない」
 三浦結らしくない。
 三浦結は元気が無くなにか思いつめている様子だった。
 そして屋上から見える景色を見つめていた。

「太一くんは女の子ってどう思う?」
「女じゃないから知らね。それはお前の方が詳しいだろ」
 僕がそう言うと「だよね」と悲しそうな目をしていた。

「お前がそこまで悩むことってあるんだな」
「女の子だからね。女の子としてやっぱりあるんだよ」
 三浦結が答えた。
 何を悩むことがあるんだろうか?
 すべて自分の思ったとおりに行っているように思えるのだ。
 成績優秀で、とても明るくみんなの人気者で、
 素敵な家族が居て、愛してくれる(ひと)が居るのだ。

「恭也と話してみてどう思った?」
 恭也はとてもいいやつだ。
 本当に三浦結のことを想っている。
 ずっと守っていくと言っていた。
 あのように三浦結の事を心から想い、男気に溢れたやつなら、
 幸せに出来るとおもうのだ。
「お前の事を本当に想ってくれているんだなと思ったよ。
 恭也の事でなにを悩むことがあるのか不思議なくらいだ」

「やっぱりそうだよね」
 三浦結は悩んでいた。
 僕の知らない性癖の持ち主だったのか?
 人当たりの良い恭也だけを僕は見ているのか?
「違うよ、太一君の言う通り恭也は優しくて良い人だよ」

 それなら何を悩む必要があるんだ。
 三浦結なら誰でも付き合いたいと思うはずだ。
 三浦結から好きですと言われたらどんな男でも喜ぶはずだ。
 なのに何故ここまで悩む必要があるんだ?
 恭也のことが嫌いなのか?

「恭也の事は好きだと思う。好きだからこそ僕は悩むんだよ。」
 三浦結ほどの女の子が、
 大好きな彼のことでここまで悩むものなのだろうか。
 この三浦結がここまで萎縮してしまうほど、
 恋愛と言うものはとても大きなことなんだろうか?

「やっぱり男の方が楽だと思う。
    好きなら好きって素直に言えることが出来るから」

 それは違うぞ、三浦結。
 男だって特に好きな女の子には、
 とても簡単に『好きです』とは言えないものだ。
 ドキドキして手足が震えながら告白するものだと思う。
 僕と付き合わない。いいよ。なんて軽く言えるものかよ。
 本当に好きだからこそ簡単に言えるものではない。

「あのさ、三浦結」
「結でいいよ。みんなそう呼んでくれてる」
「わかった、結。男だって好きな人には緊張するものだ。
 そして嫌われたくないと思うものだ。
 好きな人に嫌われたくなくて、
 かっこいいところを見せたがるものだよ」

「そういうものなのかな。
 男の子って好きな女の子の嫌われるようなことしない?」
 小学生のクラスで好きな子に対して、
 ちょっかい出して苛めたがることを言っているのか。

「あれはだな。どういえばいいのか。
 好きだからこそ苛めてしまって、
 それで嫌われてしまうもので・・・。」
「さっきと言っていることが違う」
 結が意地悪っぽく言い、そして笑う。

「やっぱり太一くんは優しいね。」
『優しいね』か・・・。
 お前ほど優しくないよ。そしてそこまで無邪気になれない。
 結、お前は何を悩んでいるんだ。
 手に入れようと思えば何でも手が届くところに居るのに、
 何も手に入れようとしない。
 自分の手に転がり込んでくる幸運だけで
 おまえは満足しているのか?

 恭也の事にしてもそうだ。
 結、お前は恭也が好きだと言うことを知っている。
 お前が一歩だけ歩み寄るだけじゃないのか。
 なにを躊躇(ためら)う必要があるんだよ。
 恭也の心を知っていながら、
 そしてお前も恭也の事が好きなのなら、
 勇気を出してそのまま飛び込むだけじゃないのかよ。

「女の子ってさ、何も考えてないようで
 頭の中はいつもいろいろなことを考えているんだよ。

 電話のように一対一で向き合うのではなくて、
 テレビのように一方通行の情報ではなくって、
 常に大勢の人たちと会議をしている感じなんだ。

 一つの情報だけ流れていくのじゃなくて、
 いろいろなところから次々と意見が出されていて
 いつも頭の中は乱戦状態になっているんだ。
 
 だから僕の毎日は忙しい。
 僕の頭のなかで様々な討論会が開かれていて、
 すでに自分の答えが見つかっているのに、
 自分でどうすればいいのか判っているのに、
 本当にこれでいいのかを聞きたくなるんだ」

「俺でよかったら、いつでも相談事を聞くよ。
 でも結なら、もっと他に適任者がいるだろ」

「お母さんは優しいし、お姉ちゃんも相談を聞いてくれるよ。
 でも、男の子の友達に聞いて欲しいと思うときがあるんだ」

「わかった。」

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

三浦大輔(みうらだいすけ);県立城北第二高校1年生。

恭也の親友。現実派。母親と姉の事が嫌い。

三浦 結(みうら ゆう);私立城北第一高校1年生。

大輔の従妹ということになっている。

勝気で短気・頑固。涙脆い。正義感が強い。

佐伯恭也(さえききょうや);県立城北第二高校1年生。

大輔の親友・小学校4年生からの幼馴染。三浦結が大好き。

三浦翔子(みうらしょうこ);私立城北女子第三高校の教師。

三浦由依・大輔・結の母親。

三浦由依(みうら ゆい);私立城北第一高校2年生。

三浦大輔・結の姉。

鈴木太一(すずきたいち);私立城北第一高校1年生。

負けず嫌い。未来の幼馴染。結のクラスメート。

四谷未来(よつや みく);私立城北女子第三高校1年生。

太一の家の隣に住んでいる。幼馴染。太一に恋心有り。夢見る乙女。

田端美耶(たばた みや);私立城北第一高校1年生。

いつも本を読んでいる。自分の伝えたい言葉を格言や台詞を使い話す。

佐伯 智(さえき とも);市立北浜中学校2年生。

佐伯恭也の弟。見た目は女の子だが完全な男の子。

結のことが大好き。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み