第一章;第六話

文字数 3,462文字

 お昼ごはんでお弁当を一つ食べたが、さすがにお弁当二つも食べることが出来なかった。
 食事も男のときに比べて食べれなくなったように思う。

 高校の学食でいつも思うことがあるのだけど、
 女の子って小さいお弁当箱やパン一個とかで食事を終わらすけど、
 僕はダイエットをしているから少ない食事なんだと思っていた。
 実際に男性より食事が出来なくなっている。
 その代わりお菓子とか中華まんとかご飯は少ないけど、
 なにかしら食べているように思う。

 コンビニに行って僕は普段買わないお菓子を買った。
 お菓子とか飴ちゃんとか買いたくなる。
 お菓子を買うし、バランス栄養食なんて初めて買ったぞ。
 (小腹が空いたときに食べようかな)って思い、
 自分では気が付かないうちに買い物カゴに入れていた。
 そこで僕は判ったような気がする。
 女の子の三度の食事が少ない理由が・・・。 

 もう一つ女になって気が付いたことがある。
 男のときだったら世間の目というものはあまり気にしなかったが、
 なぜか世間の目を気にするようになった。

 人と会うと自分も相手の細かいところに目が行く。
 自分が相手の細かなところに目が行くと言うことは、
 相手から自分のことを同じように見られていると言うことだ。

 特に近所の人たちの目がとても気になる。
 ご近所さんというものは、本当にうまく付き合っていかないと怖いと感じる。
 毎日会っている人たち、自分の身近な他人だからこそ気になる。
 そして上手に付き合っていかないといけないと感じる。

 こういう感情や思いや考えと言うのは今の僕がそう思っているわけで、
 もちろんすべての女性がそのように感じているわけではないし、
 すべての女性がそうなっているわけではないと思う。
 でも明らかに男性と女性は考え方も思っていることも全く違うと思う。

          ☆彡

「お母さん、また電話をくれないかな・・・。」

 普段の男のときは絶対に口にしない言葉だった。
 今の僕はとても心細くてすごく寂しい。
 そして周りに誰一人として女性の僕を知る人がいなくて友人というものは皆無だった。
 そういうときに母の言葉がとても待ち遠しくなっていることを感じた。

(男に戻れなかったら、僕は一体どうしたらいいのかな。)
 また不安と恐怖で僕の心はいっぱいになった。
 そして電話が鳴り響いた。僕はその電話に喜んで出た。
「大輔。何か変わりない?」
 このちょうど良いタイミングってなぜだろう。
 僕が一番不安になって、とても辛いときに母が電話をくれる。
 やさしい母の声がすごく心地よく感じた。

「お母さん、お弁当を買いに行ったらね、近所のおばちゃんたちに捕まっちゃったよ」
「もう大輔はなにやってるの?その身体で見つかったらやばいじゃん」
 普段の僕なら「わかったよ」「なにもないよ」「判ったって言ってるじゃん」「うっせーな」
 そうやって母の言葉をうるさく感じていたのに、
 ずっと母と話していたいって思ったのは、僕にははじめての事だった。

「それでね、おばちゃんたちに名前を聞かれちゃってね。
 本当にどうしようって悩んでたらね。
 お姉さんの由依の『い』の次の『う』が浮かんで、
 僕の名前が(ゆう)っていう名前になっちゃった」
 母の笑い声が聞こえる。
 お母さんってこんなに可愛い声で笑うんだ。

「お母さん、今までごめんなさい。そして本当にありがとう。」
 僕は心の奥から母に謝罪と感謝の言葉が言えた。
「仕事が終わったら早く帰るから待ってるんだよ。
 由依も今日は早く帰るって言ったからね」
「うん。本当にありがとう。おかあさん」

 母親の力は本当に偉大だ。
 お姉さんが僕に言っていた。
「大輔。もうちょっとお母さんには優しくしてあげなよ。」と言う言葉。
 今の僕なら心から言える。
 本当にお母さんの事を優しくしてあげないといけなかった。
 そして本当に大切にしてあげないといけなかった。

 ドラマや小説に良く出てくる言葉で、
『失ってからその人が本当に大切だった事を知る』
 口やかましい家族には特にその思いが強く感じるものだ。
 いつも自分の傍に居て、僕の事を口やかましくいろいろと言って来る。
 はっきり言うとイライラしてムカついてくる。
 勉強しろ。成績悪い。家にばかり居るな。いつまで遊んでるのか。
 特に勉強、勉強、うるさくてマジでムカつく。
 でも今はお母さんの小言が聞きたい。お姉さんの話もすごく聞きたい。
 父親が居ないからこそ、お母さんと、そしてお姉さんと話がしたい。
 本当にごめんね、お母さん。
 いつもありがとう、お姉さん。

(これって感情もなにもかも女性化しちゃったって事なのかなぁ・・・)
 僕の肉体が変っているからこのように家族を求めるようになったのか。
 それともこういう身体になったから心が弱くなって家族を求めたのか。
 昨日まで男の子だった僕にはわからないことだった。

 女性と男性はすべて違っていて、
 男性には女性のことが判らない。女性も男性のことが判らない。
 そして右脳と左脳を繋ぐ脳幹の太さが違うという。
 右脳と左脳の情報伝達が男性と女性は違っているために、
 女性は何時間でも井戸端会議が出来るという。
 外でおばちゃんが集まると何時間でも話しているのがそれだ。
 逆に男性同士ではあのような光景が見られないのも同様のことらしい。
 今の僕の脳は一体どうなっているのか検査して欲しい気がする。

 それにしても本当にトイレに行きたくなる。
 女子が休憩時間の度にトイレに行くのはこういうことなのか?
 そういえば家族と旅行に行ったときのことだ。
 駅に着くたびにお母さんが僕とお姉さんに言う、
 『トイレに行かなくて大丈夫?』って聞いていた。
『次の駅まで一時間以上電車に乗るからトイレに行っておきなさい』
 一時間くらいでトイレに行っていたら、
 一日に24回もトイレに行く気か?と子供ながら思った。

 あのときはそれからどうだったっけ・・・。
 お姉ちゃんが電車でトイレに行きたくなってずっと我慢してて、
 駅に着いたらすぐにトイレ探してダッシュしてトイレに入ったっけ。
 僕は一応トイレに行っておこうって思って普通に入った。
 どこに行くときだったかな・・・。
 小さいころの事でもうあまり覚えてないや・・・。

 う!やばい。トイレ行こう。

          ☆彡

 また家の電話が鳴る。僕はすぐに電話に出た。
「委員会があったからもうちょっと待っててくれる?本当にごめんね」
 お姉さんからの電話だ。
「うん。大丈夫。なんか1人でいるといろいろなことを考えちゃって。」
 僕はいつもお姉さんと比べられていて、
 僕はお姉さんのこと大嫌いで、いつも僕はお姉さんの事を避けてた。
 それなのにお姉さんは僕の事をこんなにもすごく心配してくれている。
 どうしてなんだろう。何でこんな僕の事・・・。

「お母さんから聞いたよ。結ちゃんになったんだって?」
「そうだよぉ・・・。おばちゃん達に名前を聞かれて、
 とっさに『ゆう』って言っちゃったよ・・・。」
「私の名前の由依から思いついたって聞いた。ありがとう。ゆう」
 お姉さんが僕にありがとうと言った。
 僕は、このとき何故お姉さんがありがとうと言ったのか判らない。
 こんなにお姉さんを嫌っていたのに。
 お姉さんはこんな僕にありがとうと言ってくれた。
「僕の方こそ心配かけてごめんなさい。そしてお姉さん本当にありがとう。」
 僕は自分の気持ちを素直にお姉さんに言うことが出来た。
「もうすぐ委員会だからごめんね、ゆう。
 終わったらダッシュで家に帰るからね」
「事故しないでゆっくりと帰ってきてね。
 僕のために急いで帰ろうとして
 事故したっていうのは洒落にもならないから」
 お姉さんの通話が切れた。

 なんだろうこの気持ち。
 お母さんにもお姉さんにもあれほどウザくて嫌いだった気持ちが、今では嘘のように消えていった。
 自分の身体が変わったときの不安感やこれからの事を考えると怖さしかなかった。
 誰にも打ち明けれないという恐怖も感じていた。
 今はお母さんが居てくれてよかった。お姉さんが居てくれてよかったと心から思う。

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登場人物紹介

三浦大輔(みうらだいすけ);県立城北第二高校1年生。

恭也の親友。現実派。母親と姉の事が嫌い。

三浦 結(みうら ゆう);私立城北第一高校1年生。

大輔の従妹ということになっている。

勝気で短気・頑固。涙脆い。正義感が強い。

佐伯恭也(さえききょうや);県立城北第二高校1年生。

大輔の親友・小学校4年生からの幼馴染。三浦結が大好き。

三浦翔子(みうらしょうこ);私立城北女子第三高校の教師。

三浦由依・大輔・結の母親。

三浦由依(みうら ゆい);私立城北第一高校2年生。

三浦大輔・結の姉。

鈴木太一(すずきたいち);私立城北第一高校1年生。

負けず嫌い。未来の幼馴染。結のクラスメート。

四谷未来(よつや みく);私立城北女子第三高校1年生。

太一の家の隣に住んでいる。幼馴染。太一に恋心有り。夢見る乙女。

田端美耶(たばた みや);私立城北第一高校1年生。

いつも本を読んでいる。自分の伝えたい言葉を格言や台詞を使い話す。

佐伯 智(さえき とも);市立北浜中学校2年生。

佐伯恭也の弟。見た目は女の子だが完全な男の子。

結のことが大好き。

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