超お人好しに、超無茶ぶりをしてはいけない。本当にそれをやってしまうのだから。③
文字数 2,471文字
で。
朝。目を開けた瞬間、びびった。
目の前に、召愛の寝顔、あった。
寝ぼけた頭ではすぐに状況が理解できず、朝の光が入ってくる窓の外から、スズメがチュンチュン言ってるのを聞きつつ、十秒ほど硬直して、二つの事を理解した。
まず一つ目。
俺はなぜか、召愛にしがみ付かれた状態で寝ている。
二つ目。
昨日の夜は、あのまま風呂すら行かずに、居間の床で俺も寝ちまったんだろう。
なんて召愛は、俺にしがみつきながら寝言を言い出したよ。
何やらゴニョゴニョ喋ってるようだが、聞き取れる言葉になってない。
そんで――
――と頬ずりしてきたわけだ。
なるほど。と、そこで理解した。
こいつ、いつも羽里と一緒に居間で眠ってたからな。
しかも、羽里をぬいぐるみ的に抱っこしてだ。
たぶん、そんな夢でも見てんだろう。
が。
んな事を考えながらもだ。
密着した距離にある乙女の唇を見詰めてしまってたよ。
俺の喉が勝手に生唾ごっくんしてた。
でだ。
なんと困ったことに、自分の顔をそこに――召愛の唇に近づけたい衝動に、もっと厳密に言えば、自分の唇を触れさせたい衝動に駆られてしまった。
いや、もっと正直に言えば、キスだ。チューがしたくなってしまったのだ!
何を考えてる。
でもしょうがない、だって、全身に女の子の柔らかな感触と体温が伝わって来てて、それがなんとも言えない心地よさで、もっと体を密着させたいと感じてしまう。
これが本能、クレームがあるなら人類の製造責任者へどうぞってやつだ。
大丈夫、きっと召愛も怒らない。
言ってたじゃないか。好きにしていいと。
でも恋人でもない相手が寝てる間にキスなんて、最低すぎるんじゃないのか……?。
せめて、召愛が起きてから正々堂々と言うべきだ。
おいおい、待てよ。なんて言うんだ?
――とか言うのか?
う、うおおお!
やめろ、やめてくれ。なんかもう、その台詞を自分が言うのを想像しただけで、恥ずかしすぎて床を転げ回りたくなる。
――と、俺が片手で自分の頭を抱えてたらだ。
召愛さん、ゆっくりお目めを、お開けになられてます。
眩しそうに顔をしかめながら――
ばっちり、目が合ったよ。
召愛さんも、状況が良くわからない様子。
ねぼけた頭で、現況を必死に考えてるようだ。
寝ぼけ声で、んな事を曰いました。
ちくしょー。この状況で、斜め上の天然ボケをかましてくるのか。
なら俺だってな。
自分でも寒気のするような女声を作って言ってみたよ。
できるだけ羽里っぽい喋り方でだ。
いやいや、いくら寝起きだとしても、ここは、つっこんでくれよ!
そのまま二度寝するなよ!
俺の渾身のボケが台無しだ。
この気まずい状況をギャグにして、さらっと流そうとする努力を察してくれさい。
そう言って立ち上がり、自分の私室へ歩いていってしまった。
いやいやいや、気づいてくれよ!
明らかにおかしいだろ。男の体になったら、ブラいらねえだろうが?
で、少ししてから――
召愛さん、私室から戻ってきたわけだ。
まだボーッとしてるようだ。手には、まあ、あれだ。身だしなみに気を遣う女子らしい、それなりに可愛らしい下着を持参してきていてだな。
ほお、こいつ、こんなの付けてたのか……とかしみじみ考えてしまってたらだな。
それを俺に差し出して来たわけだ。
が。
召愛は自分がなんで俺へ向かってそんな事をしてるのか、いささか疑問そうな顔をしてたよ。
こう、祭日に慌てて飛び起きて、休日だという事に気づかず、寝ぼけ半分にそのまま学校へダッシュしてしまって、校門がなぜか閉めきられてて、そこでやっと気づく的なあれだ。
俺も小学生のころに経験がある。召愛の意識はまだ、校門にまでは到達してないようで、寝ぼけ半分に通学路をダッシュしてるところだ。『今日はやけに人通りが少ないな』と疑問に感じながら。
ええい、もう、やけくそだ。
俺はすんげえキモくモジモジしながら言ってみた!
俺は上半身の服を脱ぎ捨てたよ。
で、召愛はブラの紐を俺にかけて、カップを胸に当て、
背中へ紐を回そうとして――。
そこで全ての動きが止まった。
召愛の表情も固まった。
召愛の意識はやっと『祭日の閉め切られた校門』に辿りついたようだった。
完全にお目覚めになったのだ。
と、人生初、女子からブラを付けられるという行為をしながら、ついつい、哲学的な思考の迷路に迷い込んでしまった。
で。
脳天に振り下ろされる召愛チョップ。
スコーン!とヒットしたそれのおかげで。